生活クラブ活動情報

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被災の苦難から新しい社会の創造を

 
 

生活クラブ連合会が他団体とともに東日本大震災の被災者支援のために立ち上げた(公益財団法人)共生地域創造財団の設立2周年報告会が6月8日に開催されました。生活クラブからの参加者30人を含む150人が出席し、今後も被災された方とともに新たな地域社会をつくっていこうと決意を新たにしました。(2013年7月19日掲載)

被災された方に寄り添う支援

共生地域創造財団・代表理事の奥田知志さん 「私たちはこれまで分からなかったこと、あるいは分かっていてもやってこなかったことがありました。しかし、2011年3月11日に発生した東日本大震災によって決断を迫られました。そして、やれることはやっていこうと活動を始めたのです」
 6月8日、宮城県仙台市で開催された(公益財団法人)共生地域創造財団(以下、財団)の2周年報告会で、代表理事の奥田知志さんはこのように報告を始めました。
 財団は東日本大震災での被災者支援のために、生活クラブ連合会とグリーンコープ連合、NPO法人ホームレス支援全国ネットワークの3者が2011年6月に設立した団体です。
「第1に被災された個人の方に徹底的に寄り添った支援を行なっています。公平公正な支援は行政などが実施しています。しかし、その枠組みでは支援が届かない方がいます。『助けて』と声があげられない方もいます。私たちは岩手県や宮城県、福島県で出逢った方に寄り添って、苦しみを共有しながら支援への道を一緒に歩んでいます。第2は個人の方に寄り添うなかで見えてきた社会が抱えている問題に対して、新たな地域社会をつくることを目標としています」

被災当時のビデオを観る参加者 財団はこの2年間、おもに行政などからの支援が届かない方々への支援を行なってきました。具体的には最初は物資支援、漁業や農業などへボランティアを派遣する人的支援、そして漁業の復興、農業の復興、地域の手仕事や就労への支援などです。
 大災害が起こっても人は生き、人と出会い、なにかをつくり出そうとします。財団も同様で、きっかけはたいへん不幸な出来事でしたが、ある意味では社会資源として生み出されたという事実があります。現在の政府は大震災からはじまり、重大事故を引き起こした東京電力・福島第1原発事故の収束も見えない状況にもかかわらず、原発の再稼働や輸出の動きを見せています。多くの人の傷が癒えないなかで、もう一度、日本を経済大国にしようとしています。
 「株高が人を本当に幸せにするのでしょうか。私たちは今回の大震災から何を見出すのでしょうか。新たな社会づくりの力は、困難に立ち向かう地域から生み出されると考えます」と、奥田さんは語ります。

意思あるひとりの活動が地域に広がる

共生地域創造財団・事務局長の蓜島一匡さん 財団事務局長の蓜島一匡(はいじまかずまさ)さんは、被災された個人に寄り添う活動から地域が動き出した事例を次のように報告しました。
 「宮城県石巻市に折浜と蛤浜という20戸以下の小さな漁村があります。行政の計画では復興から見放された漁港でした。営みにしていたカキの養殖は壊滅的な被害を受けていました。それでもカキを再開したいと思う方がいて、財団はがれき撤去やカキの種入れなど復旧に向けた取組みをはじめました。やがて再開したい人が5人となり、ついには殻つきのカキの出荷にこぎつけました。この実績が評価されて、行政も漁港を復旧させるよう計画変更をしたのです。
 また亘理町でイチゴのハウス栽培を津波ですべて流失された方が、再建の意思を示されました。同調されたもうひとりの方とともに、財団も支援しながらハウスを再建。当初は地域の人たちから冷ややかに見られていたようですが、今ではほかの人もハウスを建ててイチゴ栽培を始めるなど、地域が前向きに動きだしています」
 1日にしてすべてを失った被災者は当初は茫然としています。「誰かがなんとかしてくれるだろう」と考えたりもします。でも、だれも手を貸してくれません。自分の力で歩み始めることを決心するのはたいへんなことですが、財団のように傍らに寄り添って歩んでくれる人がいたらどんなに勇気づけられることでしょう。
被災された方が「ひとりではない」と思えることは大きな力になり、その復旧に向けた意思は、確実に地域に広がっていくのです。
福島県新地町の仮設住宅で暮らす組合員や住民と懇談 報告会の翌日は、被災された生活クラブふくしまの組合員が暮らす福島県新地町の仮設住宅で交流会を行なうとともに、生活クラブが財団を通じて支援した宮城県のイチゴ農家や手仕事による地域事業・コミュニティづくりをする団体などを視察しました。
 交流では生活クラブの支援に対する謝辞が述べられましたが、訪れた組合員からはこれまで被災地を訪問することができなかったことや、首都圏の電力のためにふくしまの方々が置かれている状況へのお詫びの言葉がありました。被災された方、訪問した組合員の双方が涙する場面もあり、状況は違えどもお互いが新しい地域づくりに歩みだすことを誓いあう光景でした。
 生活クラブは今後も共生地域創造財団を通じて被災した地域の復旧・復興活動をすすめていきます。