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【あれから4年】第2回「肉厚わかめを食べることが復興に」

 
 

生活クラブでは東日本大震災の復興支援をするために4次にわたる組合員カンパを行ない、それをもとにさまざまな支援活動を続けています。また、食べることを通じて復興を後押ししようと、被災した生産者がつくる消費材の利用を進めています。
「3.11」から4 年が経とうとしています。連載2回目は、肉厚わかめなどの生産者である重茂漁協協同組合(岩手県宮古市)のいまを紹介します。(2015年3月2日掲載)

順調に育つ重茂の肉厚わかめ

収穫したわかめを手にする生産者 東日本大震災で観測史上最大といわれる40.5mもの津波に襲われた岩手県宮古市の重茂地区。約1800人が暮らしていましたが50名の方が死亡・行方不明になるとともに、重茂漁協の組合員403世帯のうち88世帯の家屋が流されてしまいました。漁船も814隻中、798隻が流失。「このままでは重茂がなくなってしまう」と危機感をもった重茂漁協の伊藤隆一組合長は、すぐさま船を買い付けるために若い漁師などを県外へ派遣し、手当できた船を漁家全員で共同利用することで震災から2ヵ月で漁の再開に漕ぎつけました。
 生活クラブは震災直後から緊急物資を届ける一方、組合員カンパをもとに定置網船3隻を寄贈。伊藤組合長は昨年9月に重茂で行なわれた産地交流会で「おかげさまで、どこよりも早く定置網漁を再開することができました。漁協がやるべきことは、ほぼ終えることができました」と振り返ります。
 3月からは肉厚わかめの収穫がいよいよ始まります。重茂漁協の後川良二さんはわかめの生育について「当初は遅れぎみでしたが、今は順調に育っています」と話します。

食べることでつながる・乗り越える

厳寒のなかで海からわかめを引き上げます 重茂漁協のわかめは、暖流と寒流が交わる沖合で養殖されています。波が非常に高く、厳寒のなかで行なわれる収穫は重労働です。また肉厚なわかめをつくるため、1月から2月にかけて重茂漁協では間引きを実施します。同じ三陸でも地域によっては間引きを行いません。その手間をかけること、荒波にもまれることで歯応えのある良質なわかめがとれるのです。時代に先駆けて1960年代に“獲る漁業”から“つくり育てる漁業”に転換した重茂漁協では、わかめは基幹的な産物となっています。
 震災から4年が経とうとしています。しかし、いまでも津波の影響が残っているのも事実です。高齢の漁家を中心に3割ほどの方が廃業したため、わかめの収穫量は3割ほど落ちています。全壊したアワビの種苗センターも再建こそしたものの、収穫までにはあと数年かかります。そして暮らしていくためのインフラ整備は遅れている状況です。
 「流失した方の住宅については、高台の用地整備が今年度中に完成する予定ですが、家をつくり始めるのはそれ以降になります。市内の町につながる復興道路も昨年末にやっと決まったばかりで、完成は5年後の見込みです。それでも私たちは自立に向けて、消費材の開発などに前向きに取り組んでいきますので、これからもよろしくお願いします」と後川さんは話します。
 わかめをはじめとした重茂の産物を食べることこそが、復興につながっていきます。生活クラブは共同購入を通じ重茂漁協との提携をさらに深めていきます。