生活クラブ活動情報

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今年も組合員がトマトの苗を植えました!加工用トマトの生産を支える「労働参画」

生活クラブでは、長野県での加工用トマトの生産に組合員が参加する活動を1995年より続けています。今年も5月中旬、長野県飯綱町の生産者の畑に首都圏各地と長野県内の組合員が集まり、加工用トマトの苗の定植作業が行なわれました。

国産加工用トマトの生産を支える「労働参画」

生活クラブのL's(エルズ)選定消費材「信州トマトジュース」は、長野県産の加工用トマトを完熟期に収穫し、そのまま搾って製造されます。収穫時期以外には作ることのできない「シーズンパック」品です。

「トマトの栽培に適した土地とは、陽当たりがよく昼夜の気温差が大きいこと。だから飯綱町のような信州の高原が一番向いているのです」と、JA ながの飯綱トマト前部会長の杉山昭和さんは説明します。国内でトマト生産が飛躍的に伸びた時代の1963年以降、長野県は全国のシェア40%を支える加工用トマトの一大産地でしたが、1972 年にトマトペースト・トマトピューレの輸入が自由化され、生産量が激減してしまいました。

加工用トマトの栽培は、春の植え付けと夏の収穫作業が短期間に集中するため、生産者にとっては作業にあたる人手の確保が大きな負担となります。さらに産地での高齢化と若い担い手の不足から、生産農家は年々減り、加工用トマトの国内生産は危機的状況となりました。そこで 生活クラブは1995 年より、生協組合員が加工用トマトの収穫作業などに参加する活動を続けてきました。一時の「お手伝い」ではなく、消費者自身が国産農産物の生産を支える力になることをめざす取り組みなので、労働に対する賃金がきちんと支払われる「労働参画」として行なわれ、その経費はトマト原料の原価に含まれます。これまでに1,500人以上の生活クラブ組合員が参加し、「みなさんの『労働』は何ものにも替えがたいものになっています」と生産者の励みとなっています。

組合員が生産者とともに働いてつくられたストレート果汁100%の「信州トマトジュース」。濃縮して輸入される外国産原料も使って作られる製品とは、ひと味もふた味もちがいます。「消費」する側の生協組合員と「生産」する側の飯綱の農家のみなさんたちが、ともに汗を流して創りつづけてきたおいしさの価値を、ぜひおおぜいのみなさんに味わっていただきたいものです。

今回、初めて苗の植え付け作業に参加した、生活クラブ連合会の担当スタッフ・曽谷千重子さんのレポートを紹介します。



トマトジュース用トマトの定植作業に参加しました(2016年5月14~15日)

真新しい北陸新幹線に乗り長野に到着。そこからマイクロバスに乗り換えます。新幹線では、それぞれ期待を膨らませていたのか、無言でしたが、バスに乗ると距離感が縮まったのか「どちらからですか?」と、皆さん気さくに声をかけてくださいます。はじめて参加する身にとって「馴染めるかしら」と、ちょっと不安だったけど一安心。同じ食材を使って生活しているからか、あっという間に、小さなコミュニティが出来上がっています。東京は若葉の影が濃くなるころでしたが、バスからの景色は滴るばかりの新緑が柔らかく目を染めていきます。約1時間で宿舎に着きました。早速お昼をいただき、作業工程の説明を受け、帽子に長袖、長靴姿(農家の姉さんスタイルですね)で、いざ畑に向かいます。

 

今回、私たちが定植作業を行なう畑は、トマト部会長の杉山さん、滝沢さん、前田さん、上野さん、の4軒の農家です。同じトマト苗の定植でも、畑の立地も違い(標高差、風、土質など)「みんなそれぞれやり方やこだわりがあるからね」とのことで、私たちに割りふられた作業内容も、4人の師匠(と、心の中で呼ばせていただく)によってまちまちです。作物を作るのは天・地との戦いだということが、なんとなくわかるのでした。

基本は、畑のマルチ(畝に黒いシートを張ったところ)に等間隔に穴をあけ、苗を植え、土をかけ水をやる、の繰り返しです。ただこの定植数がはんぱない。みなさん4千~5千株をこの期間に植えるのです。畑も斜面やごろ土の所など、歩くのもおぼつかないうえ、畑によっては風や霜よけのため、定植後パオパオという白いマルチを張らなくてはなりません。正直、これ終わるのかなぁと、しばし畑をながめてしまいました。

4人の師匠の指導のもと、それぞれメンバーで役割を決めて定植作業を進めます。最初はおっかなびっくり行なっていた作業も、夕方ごろにはチームワークもよくなり、また、師匠のちょっとしたことでもほめてくれる「ほめ殺し」にあったためか、みんなどんどん楽しくなってきたのでした。

どうにか半日の作業が終わると、夜は3人の師匠+奥様と交流会兼夕食です。皆さんご指導いただいた師匠から、植えたトマトがこれからどうなるのかから、ほかの作物の作り方、農が中心の暮らし方などなど、話がどんどん広がり盛り上がります。サラリーマン生活や子育てからちょっと一呼吸とりたい、今までの生活を少し落ち着いて考えたい、何かの役に立ちたいなど、参加の理由は様々ですが、昨日までごみごみした街を歩いていた人たちが、なぜ、今こんな場所でこんなことをしているのか。長い歴史があるトマト生産への「労働参画」だからこその非日常の旨みを感じます。

翌日、朝から姉さんスタイルでの作業に励み、何とかほぼ定植作業も終了しました。終わったものの、植えたトマトが元気に根づいてくれるのか、たくさん実がなって美味しいジュースになってくれるのかなどなど、まるで子供の将来をあれこれ考えてしまう親になった気分です。残念ながら今回はこれまで。「また来たいです」「また来ましょう」「みなさんお元気で!」と長野駅でお別れです。お別れ早々「また夏にもどってきたい!」と思っているのでした(たぶん皆さんも)。

【2016年6月17日掲載】