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2009年10月08日:農業協同組合新聞

消費者との連携による農業の復権を

私たちはしばしば自らを取り巻く環境を「激動の時代」と評してきたが、今大会のスローガンは「大転換期」と時代を提起した。大会決議に盛り込まれた具体的な目標は「農業の復権」、「地域の再生」、「JA経営の変革」。農業復権と地域再生は農業者と地域社会の切実な願いであり、JA経営の変革はその願いを受け止めるためのJAグループの待ったなしの課題である。これらの実現のために大転換期をどう捉えどう立ち向かうべきか。生活クラブ生協連合会の加藤会長に提言してもらった。

消費者との連携による農業の復権を


「月刊JA」の8月号に、第25回JA全国大会にむけて、「協同組合人としての使命」と題する拙稿を載せていただいた。そこでも勝手な物言いをさせていただいたのだが、あらためてこの場をお借りして、思うところを述べさせていただきたいと思う。

「水田フル活用」の推進に本腰を
月刊「農業と経済」(昭和堂)の9月別冊号は、「農業白書を読む」が特集で、そのなかに「農業白書を語る」という座談会が冒頭にある。滋賀県立大学名言教授の小池恒男先生が司会をされているが、そこに私も出席させていただいた。
私のような門外漢が、このような場に参加できたのは、生活クラブ生協が5年前から取り組んできた飼料用米生産の実績があったからだ。今年もJA庄内みどり管内の田んぼを中心に、豚用の飼料用米を700haほど植え付けた。
「新たな協同の創造と農と共生の時代づくりをめざして」というとき、特に「消費者との連携による農業の復権」が課題となるなら、この飼料用米生産を含めた「水田フル活用」はまさにその具体的かつ明快な実践事例であり、「日本農業の大いなる希望」だと私は考えている。
生活クラブで最大のコメの提携先は、山形県庄内地方にある遊佐町である。1972年からのお付き合いで、現在は10万俵のコメや青果物の産直提携をしている。いまこの遊佐町は生活クラブの飼料用米の主力産地でもある。
飼料用米生産を始めた5年前、この遊佐町のりーダー格の生産者が、「自分の田んぼに初めてコメだけを植えた。やっぱり田んぼにはコメを植えたい」、と気持ちよさそうにつぶやいた。この生産者のつぶやきが私の背中を後押しした。
「よし本腰を入れて飼料用米生産に取り組もう」、そう決意した。こうしてその輪が広がり、いまでは遊佐町全体に元気があふれている。うれしいことである。
このように、生活クラブが関わる飼料用米生産では、JAグループの皆さんが尽力してくれていて、心から感謝申し上げる次第である。しかし率直に言わせていただくと、JAグループはまだ全体としては「水田フル活用」、特に飼料用米生産への意気込みがいま一つ伝わってこない。

主食用米生産の安定が前提
この取り組みを、片手間ではなく水田作の本作にしていくためには、生産現場の努力だけでは困難である。前提として主食用米生産での経営安定がまず必要で、その上で息の長い政策・制度(財政的支援)に裏づけられる必要がある。
同時に、特にJAグループの皆さんにお願いしたいのは、流通・保管施設の整備など、JAグループのもつ基本的なインフラ整備とそのコスト削減等も極めて重要な課題になる。こういうところにJAグループの努力を集中してほしい。
先の総選挙により政権が交代した。時代はまさしく「大転換期」の様相をさらに深めたが、農政はこの「大転換期」にあって迷走している。ここにブレのない屋台骨を打ち立てる必要がある。「水田フル活用」はまさにその屋台骨たりうる有力な対案であって、ぜひとも第25回JA全国大会では、その姿勢と決意を明確にしていただきたいと思う。

「大転換期における新たな協同の創造」への期待
先の座談会では、河北新報社編集委員兼論説委員の長谷川武裕さんが同席され、名刺交換をさせていただいた。後日、同社がこの8月に出版した『田園漂流─東北・兼業農家のあした─』という本が、長谷川さんから贈られてきた。本の帯には「日本人の主食を、誰が作っているのか?」「米価の低迷で苦境に立たされる兼業農家、その怒りと希望」とある。昨今、主業農家偏重の論が横行していて、大いに違和感を覚えていたところであり、早速読んでみた。
本書の冒頭で東京大大学院教授の鈴水宣弘教授はこう書いている。かつて「兼業農家は豊かな兼業収入によってサラリーマン世帯よりも所得が多く、支援の必要のない対象とみられがちであった」と。確かにそのようにいえる一時期もあったかもしれない。しかしいま農村部の農外収入は「それほど安定的でない」。状況は一変しているのだ。
誘致工場の撤退、公共事業の大幅削減、非正規雇用の定着などによって、地方にはいま仕事がほとんどない。しかも1995年の食糧管理制度(食管)の撤廃以来、米価は下がりつづけ、採算ラインを割り込んでいる。もはやこの穴埋めは年金頼み。これがいまの農村と兼業農家の実態だという。
日本が100人の村だとする。この日本村の一次産業従事者はたったの3人だ。村民が食べている、この村で作られたコメや野菜は、この3人が作っている。これが日本の食料自給力の実態だ。
問題はこの3人のうちの2人までが65歳以上になってしまっているという現実。まさに日本農業は危機的である。同時に日本農業を考える上で重要な事実認識が、ここでいう兼業農家の問題だ。日本の農業従事者のうち、8割以上がこの兼業農家である現実。これらの兼業農家が崖っぶちにある日本の食科自給力を支えている。
いわゆる「担い手」の要件として、国が示した「4ha」という数字が物議をかもしたが、本書によればいまでは6haの水田があっても、とてもコメでは暮らせない時代になったという。
しかも、「2006年に民間企業に勤める人が受け取った平均年収(国税庁の民間給与実態統計)は434万9000円。この金額をコメ作りで得るのに必要な水田面積は16.6ヘクタール、東京ドーム(4万6800平方メートル)3個分という結果となった」ともいう。
規模の問題が必要な議論であることは理解できる。
しかし兼業農家の否定は、日本の食料自給力の否定につながるだろう。そしてこの兼業農家の多くは農協の組合員である。とすれば、「大転換期における新たな協同の創造」や、「JAの総合性発揮による地域の再生」とは、この事実から出発する他はなく、それこそが農協の本来的な使命のはずだ。

農協の本来的な使命
『田園漂流』を読んで感激した事例報告があった。介護事業をとても大切にしている農協のレポートなのだが、その農協のある女性組合員の、「ヘルパーさんが来てくれなかったら、とても安心して田んぼ仕事ができない」という言葉に目がとまった。
この農協の役員の一人はこう語る。「女性は農業の大きな担い手。その女性が介護の中心でもあるので、介護問題は農業の生産性低下にも直結する」。「組合員の大半を占める兼業農家を支援するのは、農協本来の役割ではないか」。「事業を通して、『みんなで支え合う』という米作りの伝統が、新しい形で地域に根付いてくれれば」。この役員の言葉は、本来的な農協の使命感から発せられていて、いずれも胸を打つ。
『田園漂流』の紹介で終始しているが、民族研究家の結城登美雄さんの、本書の座談会での発言もぜひとも紹介したい。
「農家は生産をする存在だけではないという当たり前のところを、国は見ていない。家族がいるし、介護や育児の問題もある。農村が生活の場だということを考えずに、その中の一部である農業生産だけに焦点を当ててきたことに問題がある。だから、兼業農家にしっかりしたまなざしを向けられない」。「農協の立ち位置は国の方に寄ってしまった。しかし、組合員の大半が兼業農家だという事実にもっと目を向けた方がいい」。
至言である。この結城さんの発言に大いに共感したい。生協とて他人事ではないが、農協においても組合員を主体に、地域重視、現場主義を前提とする事業と組織運営への転換・強化を心から望む。
要望をさらに重ねれば、農協においても、もっともっと女性が登場する場面があった方がよいと思う。
「新たな協同」という意味合いは、地域住民や消費者との連携強化という提案だと日本農業新聞の論説で目にしたが、そうであるならそれはなおさらである。

地域の個性をいかす
その上で、JAグループ全体としては、先の飼料用米生産に関連して述べたように、息の長いプレない農政をつくりあげる努力と、全国一律減反というような、「適地適作」の考え方に反するような施策の転換に努力してほしい。
国による上からの押しつけによる政策・制度のあり方を改めて、これを主体的なものにしていくこと。地域の個性が活かされ、現場で柔軟な対応ができるように、JAの皆さんが系統外の生産者にも聞かれた形で調整力と指導力を発揮しつつ、日本農業全体の未来を切り開いていただきたいと願う。
このような議論が噴出して明日の希望が見えてくる。
「大転換期」にあって、第25回JA全国大会がそのような大会になることを、心からお祈り申し上げる。