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2016年07月08日:朝日新聞

海を取り戻す てんでんこ

海を取り戻す てんでんこ≪共同体≫
漁協主導の共有船方式。「金持ってる者だけ生き残るなんて、許されねえ」

重茂漁協の組合員に船の共同利用を提案する伊藤組合長(左) 岩手県の浜では、漁協が復興の先頭に立った。背景には知事、達増拓也(たつそたくや・52)の「人間の復興が第一」という思想がある。
 達増は衆院議員のころ、小泉純一郎政権の構造改革路線に疑問を抱いていた。
 「農水産、建設、小売り。効率が悪いとされる産業を、雇用の受け皿もなく壊せぱ、地方経済は廃れる。大災害の時は(危機的状況こそ真の改革チャンスと見る)ショックドクトリンの手法は採らず、すでにある組織を生かすのが早道なんです」。宮城県の水産特区を意識した物言いにも聞こえる。
 「リーダーシップと仲間意識が底力を引き出す、と重茂(おもえ)の挑戦に教えられた。答えは現場にある」。達増が触れたのは宮古市の重茂漁協だ。なけなしの船を共有し、水揚げを分け合い、震災後の危機を乗り切った。
 今春の漁協総代会。組合長の伊藤隆一(いとうりゅういち・77)は、震災で抱えた7億9千万円の特損が今年度中に消える、と胸を張った。
 売上高は震災前の8割だが、1人あたりの生産額では以前の水準を上回る。組合員は平均57歳、県平均より8歳若い。『岩手の漁協で一番元気、とされるゆえんだ。
 組合員403世帯のうち88の家が流れされ、漁協所属の船814隻は98%が消えた。
 震災直後、伊藤は漁師ほぼ全員を漁協の大会議室に集めた。床にあぐらの約400人に漁続行を宣言。船の共同利用を提案する。
 「金は何とかするから、秋田や山形で中古船を集めてくれ。それを皆で使おう」
 ワカメも、ウニやアワビも、各自が船を持ち、個の才覚で水揚げを競うのが漁師。数人で1隻、収穫は等分なんて誰もが初めてだ。
蓄えで新船を造れる仲間もいたが、組合長は抜け駆けを認めなかった。
 「金を持ってる者だけが生き残るなど許されねえ。ここで暮らすか、出ていくか」。思い定めた伊藤の迫力に、異論は出なかった。
 天然ワカメ漁が始まる5月までに、70隻の船を確保した。水産庁の造船支援も始まり、11月のアワビ漁では2人に1隻に。ワカメもアワビも、震災前のようにとれた。震災から2年で船が行き渡り、それぞれの水揚げを収入とする本来の姿に戻った。
 取引先にも救われた。環境保護で心を通わせてきた東京の生協は、ワカメを切らしても他産地に浮気しなかった。

海を取り戻す てんでんこ≪青い津波≫
ともに守ってきた海。東京の生協からの友情支援に、海の男たちは奮い立つ。

音部漁港を襲う大津波 その津波は、どこまでも青かったという。
岩手県宮古市にある重茂(おもえ)漁協の職員、伊藤克浩(いとうかつひろ・52)は近くの音部(おとべ)漁港にいた。ワカメ加工湯で働く人を山側に逃がすためだ。海底が見えたかと思うと、瞬く間に水の山が堤防を越えてくる。坂を上りながら見たその色に驚いた。「きれいだ。これが津波か」
 同じ高台に逃げた漁師の山﨑仁志(やまざきひとし・50)が言う。「確かに濁りのない大波だった。それがえげつねえことやってんだよ。ぐるんぐるん港の船をひっくり返すしさあ」
 その津波をとらえた写真がある。近くの建設現場で監督をしていた佐々木富雄(ささきとみお・52)が、仕事用のカメラで捉えたものだ。
 佐々木のショットはいま、大判のパネルになって重茂漁協の壁を飾る。白い波しぶきを先頭に堤防に迫る水の塊は、なるほど、透き通るような薄いブルーである。
 傍らには比較のため、西に約5キロの宮古湾を襲う津波の写真がある。防潮堤を越えるそれはヘドロを含み、車や船を巻き込んで黒くうねる。もちろん、外洋に面した重茂との違いはあろう。漁協幹部は言葉を選びながら、合成洗剤を排して守ってきた「きれいな海」を来訪者に説明している。
 重茂のワカメを仕入れていた生活クラブ生協連合会(東京)の常務理事、渡部孝之(わたなべたかゆき・60)も、その写真に驚いた一人だ。
  「海を大切にしてきた結果なのだろうが、美しく、それだけに悲しい」
 生協と漁協の縁は40年前にさかのぼる。お互い自然保護に熱心で、合成洗剤追放の運動を繰り広げていた。当時の社会党幹部が間に入り、ワカメなどの商いが始まった。
 絆は震災でさらに強まる。生協内部では他産地に乗り換える動きもあったが、渡部は重茂との縁にこだわった。丸4ヵ月、生活クラブのカタログと店頭からワカメが消える。
 震災時、漁協の大型冷蔵庫には塩蔵ワカメが山積みされていた。漁民は出荷どころではない。渡部は5人のチームを1週間交代で送り、小袋に詰めて商品化した。カタログには「重茂支援」と記し、50円の寄付を上乗せして35万人の組合員に協力を訴えた。
 成果は一般募金を合わせ約6億円。その一部が定置網船3隻に姿を変え、重茂に届く。
海の男たちは奮い立った。

海を取り戻す てんでんこ≪せっけん≫
ワカメ加工場で生産性向上。独創と効率で目ざすは「水産のトヨタ」

「合成洗剤追放」の古い看板 宮古市街から山を越え、重茂(おもえ)地区に入る道路脇に、横2メートルほどの古い看板がある。36年前に重茂漁協が設けた、合成洗剤の「追放宣言」だ。津波にさらわれた集落内の看板は、2年前に40万円で絵入りに替えた。
 重茂漁協は今も、動植物の油脂で作るせっけんを組合員に推奨し、住民の7割が洗濯にせっけんを使っているそうだ。
 漁師中道秀男(なかみちひでお・56)の家も、全漁連が売るせっけん「わかしおシリーズ」。妻セイ(53)によると、しつこい台所汚れには合成洗剤も使うが、基本はせっけん。地区の香典返しもこの商品が定番だ。中道が言う。
  「仕事場を守らないでどうするのさ」
 合成洗剤の海への流入は重茂でも下水道の普及で減り、業界団体は「今の商品はせっけんより環境にいいくらい」という。それでも漁協幹部は震災時の透明な青い津波に自信を深め、環境活動は正しかったと胸を張る。
 重茂は有数のアワビ産地で、昨年の水揚げは37トン。震災5年の節目、漁協はアワビが丸ごと入ったカレー缶詰を5千個作った。中国向けに出せば一つ1万円にもなる高級食材だが、復興支援への恩返しにと3千円で売る。
担当の後川良二(うしろかわりょうじ・57)は「うまい物は笑顔を作る。だから非常食にもいいです」と。
 アワビカレーには、重茂を全国に売り込む狙いがある。漁師は震災で3割減り、団塊世代がどーんと引退していく。記憶に残る商品で重茂の名が広がれば、この浜で漁師をやろうかという若者も出るだろう。
 主力のワカメ加工場は3年前から、トヨタ自動車東日本(宮城県大衡村)の指導を受けて、工程別の手順表や、作業員ごとの習熟度グラフを採り入れた。機械化もあいまって、生産性は実に5割増しになった。
 今年初め、未明に採ったワカメを東京の生協に運んだところシャキシャキ感が受けて飛ぶように売れた。生ワカメの賞味期限は通常5日間だが、酸素を満たすなど輸送法を工夫すれば数日延び、西日本が射程に入る。
 水屋加工にも独創と効率、スピードが欠かせない。「重茂を水産界のトヨタにしたい」と後川。真顔である。 

(加藤裕則)

(2016年6月30日、7月1日、7月4日朝日新聞掲載 承諾書番号A16-0806)

てんでんこ おのおの、めいめいという意味。津波避難の心構えとして 「津波てんでんこ」が提唱された。

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