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<災害情報・第15報>「生活クラブふくしま」からの現地報告(2)

大津波と原発事故の災禍のなかで...

組合員が住んでいた町並みです

今回の震災で生活クラブの組合員が直接の被災者になられた相馬市・新地町の組合員について17日付の第4報でお伝えしました。3月23日に消費材の配達と救援物資の搬入のために再び現地を訪れた土山雄司・生活クラブふくしま専務理事より、続報が寄せられましたのでご報告します。

生活クラブふくしま専務理事・土山雄司

皆様からの支援や激励に心より感謝いたします。
地震後初めて消費材や支援物資を届けてから一週間、前回よく分からなかった組合員の安否を気遣いながら配達に出かけました。
相馬市と新地町は福島県太平洋沿岸の北端に位置する地域で、相馬市25世帯・新地町45世帯の組合員がいます。先週から今週にかけて班内の組合員同士で連絡をとってもらい、今回各班ごとに聞き取った結果、この地域の組織の安否状況を概ね把握することができました。(改めて「班」の強みを再認識した次第です)。
現在の状況は、行方不明者1名、避難所生活8名、県外・県内他地域への避難12名で、住宅被害は全壊10戸、半壊が2戸でした。各班のようすは以下のとおりです。

見えてきた各班の状況

組合員が住んでいた町並みです

■「加藤医院班」
班長さんからは、1名の家が全壊し行方不明者となっていると聞かされました。班長さんご自身のお宅は無事で家族が寄り添って生活をされていました。2歳と1歳未満くらいの可愛いお孫さんがいらっしゃり、この子たちのためにも消費材の配達を続けなければと決意を新たにしました。

■「相馬4班」
震災の二日後にご主人を病気で亡くされた組合員がおられました。この状況下ではお葬式もあげられなかったとのこと。「でも主人を荼毘に臥すことができたのが唯一の救いでした」と気丈にもお話になっていた姿が忘れられません。この地域では身元の確認ができない遺体は荼毘に臥すことができず、身元が判明した時点で日にちを決めて一斉に火葬にしているとのことでした。

■「相馬2班」
この班には理事がおられます。理事より組合員の安否確認と避難状況のリストをいただきました。理事の息子さんは消防団員で行方不明者の捜索を行っていますが、放射能が怖くて業者の重機が相馬市に来てくれず、手作業による捜索で遅々として進まないということです。行方不明者のご家族たちは、亡骸であっても一日も早く発見されることを望んでおり、行方不明のままだと気持ちに整理がつかず前に進めないと話されていました。

西村理事と班の組合員 

■ 「相馬1班」
動物病院を営んでおられた組合員は宇都宮市に一時避難されたそうです。ご主人が対応してくださいました。病院なのでレントゲンがあり放射能測定器を持っているとのこと。毎日、放射能を自分で測っているが、相馬市の数値は1マイクロシーベルトくらいなので県内の他の地域と比べて高くはないとおっしゃっていました。

■ 「新知町2A班」
龍昌寺というお寺の班です。新地町への救援物資搬入の窓口となってくれました。震災で亡くなられた方の遺骨を納めるお寺になっているそうで、毎日遺骨が運ばれてくるそうです。

■「新地町4班」
りんご農家の班です。新地町でも高台にある集落で大津波の被害は免れました。今後は福島県農産物に対する放射能の風評被害があることを心配されていました。

■ 「新地1班」
大戸浜・釣師という集落にある班ですが、班があった町全体が津波で無くなってしまいました。それにともない多くの方が避難所か県外へ避難している状況です。千葉県の娘さんのところに避難した組合員からは、生活クラブの消費材が欲しいので柏市で組合員になりたいと連絡があり、柏センターの電話番号を教えました。近くの避難所にも行ってみましたが、感染症予防のため部外者は立ち入ることが出来ず、中にいる組合員とは何とか建物のエントランスでお会いすることができました。先週の新地町への救援物資は大変感謝されたとおっしゃっていただきました。それまでは野菜のカレーしか作れなかったけれど、生活クラブからいただいたお肉でカレーが作れて、とっても美味しく本当に嬉しかったとのこと。じつは先週の配達では、震災の被害で配りきれなかった班の配達品があり、すべて新地町に提供したのです。また東京と茨城の組合員から一時避難場所の提供の申し入れがあった旨を伝え、避難所にいる組合員みんなで話し合ってもらうことをお願いしました。

新地町役場で支援について話し合う

龍昌寺班の組合員:皆さんマスクを着けているのは放射能対策

配達を終えて新地町役場の担当者の方と支援物資などについて話し合いました。担当者のお話では、食品などの救援物資は概ね充足してきたそうです。現状の生活の質が変わり、命を繋ぐ食料からいま求められているのは歯ブラシ・はみがき・シャンプー・リンス・ハンドクリーム・化粧水等の生活必需品に変わってきているそうです。車で走って見ても、確かに先週来たときよりは物資は豊富になっている様子でした。
ただし、行政を通じて避難所には物資は届くようになりましたが、自宅にいる人たちへの物資の配給が滞っているとも聞かされました。ボランティアスタッフについては、現在は町民自身が担っているそうですが、町外からのボランティアを受け入れる態勢がまだ整っておらず課題だとも。
私の報告を読んでなかには「居ても立ってもいられない」と感じる皆さんもおられるかもしれませんが、生活クラブが人的支援を行う場合は町との事前調整が必要な段階なのです。ご了解ください。

新しい命の誕生に希望を見出す

避難所のエントランスまで来てくれた組合員

70世帯の組合員も含め多くの方々が住み慣れた家を離れ県外に出ていかなければならない状況です。町そのものが無くなってしまうのではないかと思われるほど酷い災禍。共にこの土地で暮らしてきた方々の人生が、自然の脅威だけではなく人間の傲慢さ・愚かさの象徴である原発事故によって踏み躙られる姿には、憤りしか感じません。
このような相馬市・新地町の現状でも、人々は茫然自失の状態から生活再建に、また、人として「生」と「死」を見つめられる状態になってきたようにも思われます。ただ、放射能の問題で多くの事柄が立ち止まらなければならない状況にある事も事実です。ふくしま単協としては、限られた力の中で、連合会と共に相馬市・新地町への支援を続けます。
こんな日常のなか、大震災で東京に避難した組合員が、3月21日(水)朝7時2,922gの女の子を出産したとの知らせを受けました。相馬市・新地町の組合員にとっては、一縷の希望となっています。そして、この子が、自分の故郷で健やかに育つ事ができる町を再建する事が、私たちの最大の責務だと思えてなりません。

 

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