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<災害対策・第51報>相馬市・新地町状況報告No.5

生活クラブふくしま  土山雄司専務理事

2011年5月6日掲載

 被災地への救援物資の提供と生活クラブふくしまへのご支援、誠にありがとうございます。

 さて、被災地では日々復興に向けた活動が始まっています。4月29日には、新地町で第一次の仮設住宅の入居が始まりました。相馬市や新地町は、段々と落ち着いてはきましたが、浜・中通りの福島原発事故の放射能問題は長期化が避けられない状況です。私が住んでいる郡山市では、放射線量が比較的強いのは学校の校庭と公園です。そこで、学校の校庭では表土を削って、放射線量を減らす対策をとっています。しかし、削った表土を運ぶ場所がなく、校庭の一箇所に集めているのが現状です。

 子供たちが学び・遊ぶ場所が放射能で汚染され、一時の放射線量だけではく年間の累積で放射線を浴び続ける事によって、子供たちの将来の発症が懸念されます。

 都市が豊かになるために、貧しい地域にお金で迷惑施設を持ってくれば事が足りるという発想はもうやめましょう。誰もが健康で安全に暮らしたいと思っていますし、豊かに暮らしたいとも願っています。豊かな都市生活を享受するために、貧しい地域に住む人たちの健康や尊厳を奪ってまで、豊かな都市生活が成り立つはずがありません。どこかで過度の豊かさへのしっぺ返しを受けることになります。先ずは、福島原発を廃炉にするために、一緒にプラグを抜いて頂けませんか。

 

相馬市原釜幼稚園

 原釜幼稚園は、お母さんたちが集まって給食を作っています。現在、お肉や卵、加工肉が手に入りにくいため、お肉なしの料理が多くなっていると聞き、幼稚園にお肉とウィンナーの救援物資を搬入しました。久しぶりにお肉入りのコロッケと豚汁でしたので、園児や先生から大変喜ばれました。当日は、園長先生の好意で園児と一緒に給食を食べる事ができました。狭い椅子で窮屈でしたが、屈託のない子供たちの笑顔を見て嬉しかったです。ただ、一人の子供が僕の家が流されたという話を聞いて、他の子供にも家の状況を聞いたところ、同じテーブルに座った5人のうち3人の子供が家を流さていました。津波によって子供たちの家庭の生活基盤が失われ、子供の心にも傷が残っているかもしれません。笑って給食を食べている子供たちの顔を見て、せめて給食だけでも「美味しく」とか「楽しく」食べてもらいたいと願いました。

 

【今日の給食献立】 園児のお母さんに生活クラブを知ってもらうため、さりげなくトマトケチャップを置いてもらっています。

【子供たちと一緒に給食を食べる林さん--林さんは支援のため駆けつけた生活クラブ東京の職員です】

 

 

被災地への支援活動を、救援物資の搬入から生活支援に移行していきます。

 

 新地町では、4月29日から第一次仮設住宅の入居が始まりました。被災した組合員も仮設住宅に入居が決まりました。津波で家が無くなり、班の共同購入が出来なくなっていましたが、第19週より仮設住宅で共同購入が始まります。

 仮設住宅は、プレハブで狭いながらも6家電(テレビ・冷蔵庫・洗濯機・炊飯器・レンジ・ポット)と人数分の生活用品がそろっています。しかし、行政で用意した生活用品以外にも必要な物があります。そこで、組合員の家庭内でしまっていて、使っていない食器類や鍋類・家庭雑貨を集めて、組合員のボランティアで被災者向けに各物資を仕分けし届ける準備を進めています。

【共同購入が始まる仮設住宅】 新地町では、6月までに被災者の仮設住宅への入居が決まっています。そこで、今までの行政への救援物資の搬入については、5月末で終了したいと考えています。6月からは、仮設住宅がスーパーのある町から離れていて、買い物には大変不便になる事を踏まえ(老人宅も多いので)、仮設住宅の居住者のために有料の移動販売などを検討しています。

 また、新地町の組合員には、りんご農園の方もいます。そこで、風評被害でりんごの出荷ができなくなる事を考慮し、単協独自で新地町のりんごの取組を進めています。

 生活クラブふくしまとしては、人と人との絆である「協同する力」で、地域に住む人たちの生活を少しでも支え、生活基盤を築く一助になれるよう努めていきます。子どもたちが健やかに育つことができる町が再生できると信じて。

 

福島の復興支援、前のお知らせ

<<第28報>> 相馬町、新地町状況報告NO.4(4/13)

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