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<災害対策・第52報>東日本大震災の生産者への影響

 東日本大震災発生で被災された生産者のうち、重茂漁業協同組合・(株)高橋徳治商店・(株)丸壽阿部商店については何度かこのコーナーで取り上げてきました。今回は三陸地方の他の生産者について報告します。(株)マルハニチロ食品・ぜんぎょれん八戸食品(株)・宮古水産加工協同組合の三社です。


 

 

余震による二次災害が心配

 

 東日本大震災では岩手県、宮城県、福島県を中心に甚大な被害が発生しました。その影響は各種の産業、特に水産加工業をはじめとする食品関連メーカーにも及んでいます。

 春巻や焼売、その他冷凍食品などの提携生産者である(株)マルハニチロ食品でも、宮城県石巻市にある石巻工場(冷凍食品工場)、仙台市の仙台工場(冷凍春巻、ちくわ工場)をはじめ、グループ会社を含めて8ヵ所の工場・事業所で被害が起きました。同社の広報によれば、被災状況が大きかったのは石巻市内にある(株)マルハニチロ食品石巻工場など2ヵ所。3月28日現在、石巻工場の従業員394人のうち残念ながら6人の死亡情報を確認、2人の安否は未確認となっています。ただ、その他事業所の従業員については幸い、全員の無事が確認されています。

 生産ラインへの影響ですが、石巻工場は「建物、機械設備ともに被害甚大」と同社は発表しています。また、生活クラブの「春巻」を製造していた仙台工場は「被害甚大」ではなかったものの、建物の壁や天井が落下、このほか機械の故障や一部損壊の影響で製造ラインは止まったままです。

壁の一部が崩落した仙台工場 仙台工場は、JR仙台駅から車で10分ほどの仙台市宮城野区苦竹にあります。地元の人によれば、かつては水田が一面に広がっていた地域で、そこにいくつかの工場が立地されました。ちなみに、1978年に多数の被害者を出した宮城県沖地震では液状化現象が起き、「比較的地盤が弱い土地」として地元では知られていたといいます。今回の大震災では仙台市内でも海に近い地域では津波による被害が発生しましたが、内陸部に位置する仙台工場がある宮城野区苦竹まで、津波は押し寄せませんでした。ただ、その前の強い揺れで前述のように建物や機械設備が被災、また、隣接する倉庫も損壊してしまいした。

 損壊した倉庫・運送業のグループ会社である(株)東北サービスは3月28日までに部分的に営業を再開しましたが、4月7日に起きた震度6強の余震の影響で再び出荷ができない状況に陥ったといいます。仙台工場の業務再開について、同社・生活クラブ担当者の小曾川正さんはこう話しています。「余震による二次災害の心配があるために建物の中には入れない状況が続いています。したがって、復旧、復興について全体状況を把握して立て直すのか、それとも補強していくのかといった目処がまったく立たない状況です」

 

仮スタートを切った「ぜんぎょれん八戸食品(株)」

 

 岩手、宮城、福島ほどではなかったものの、青森県も八戸漁港を中心に水産業界が甚大な被害が発生、県内だけで400隻以上の漁船が傷つき、港も水産工場も痛手を被りました。大震災当日、押し寄せる津波で大型漁船が港に打ち上げられ、引き波で横倒しになった八戸港の姿を記憶している人も多いのではないでしょうか。現在、漁港内に沈んでいる漁船などの引き揚げが進んでいますが、4月上旬の段階でまだ、船の往来に支障をきたす障害物が多数あることが報じられています。

 全国漁業協同組合連合会の八戸工場(ぜんぎょれん八戸食品(株))は、その漁港近くに二つの工場があります。港の近くにある本社工場では一階の事務所と原料を保管する冷蔵倉庫が水没したほか、シャッターが損壊。一方の食品工場でも一階部分への浸水はありましたが、被害は比較的軽微で済みました。現在、本社工場はすぐ使える状況にないため、別の冷蔵施設を利用して仮スタートを切っています。同漁連の生活クラブへの供給品目はいかの一夜干やサバの文化干などですが、原料は幸いにも被災を免れたことから、今後の供給に支障はないといいます。

 

大きく損壊した宮古水産加工協の二工場

 

 大震災とそれに続く大津波で壊滅的な打撃を受けた岩手県の三陸海岸沿い。なかでも、人的にも物的にも甚大な被害が生じた宮古市には、重茂漁業協同組合のほか、北部に冷凍さんまで提携する宮古水産加工業協同組合があります。同加工協の従業員の安否は確認されましたが、3つある工場のうちミール工場と冷凍工場は大津波で大きく損壊、組合員の荷を保管している冷凍倉庫も一部が損傷を受けました。

 工場が立地しているのは宮古市の田老地区。旧田老町では多数の死傷者が出た明治29年の明治三陸大津波、昭和9年の昭和三陸地震と二度にわたる大津波を教訓に、昭和9年から防潮堤の工事が始まりました。工事は三段階に分けて進められ同53年に完成。海側と陸側の二重構造で高さ10メートル、総延長2.4キロメートル「日本一の防潮堤」と言われていました。今回の大津波はそれを越える規模だったことになります。

 現在、宮古水産加工協のミール工場と冷凍工場では、施設に溜まった泥の吐き出しなど後片付けしかできず、復旧・復興を見通せない状況だといいます。

以上

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