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重茂漁協、高橋徳治商店、丸壽阿部商店のいま

三陸沿岸の提携生産者にも大きな被害をもたらした東日本大震災。
生活クラブ連合会が発行する月刊紙「生活と自治」3月号では重茂漁協、高橋徳治商店、丸壽阿部商店の1年を追いました。
ホームページではその一部を抜粋して掲載します。
(撮影/田嶋雅己)

若い人が漁業を続けたいと思える地域を─重茂漁協

今年収穫された養殖ワカメ 「震災前と同じ日程で、早採りワカメ『春いちばん』が出荷できました。水揚げ量が多いか少ないかは別にして、例年通りに漁ができることが何よりうれしいです」
 岩手県宮古市の重茂漁協の組合長伊藤隆一さんが満面の笑みを浮かべた。「春いちばん」は重茂漁協の登録商標。毎年1月に間引きする養殖ワカメを商品化したもので、2001年から販売してきた。
 今年の出荷式は1月17日、震災後初めてとなる養殖ワカメの収穫がスタートした。間引きのための「春いちばん」の収穫は2月下旬で終了し、3月からは本格的な養殖ワカメ漁が開始される。
 重茂漁協の組合員582人のうち、津波で家族を亡くし、家や船を失ったことを理由に養殖の廃業を決める者は50人を超えていた。この流れを止めるには船の確保を急ぎつつ、定置網漁を復活させ、養殖施設の復旧を進める必要があった。重茂漁協では津波で被災した定置網用の船を修復し、昨年6月から漁を再開。夏にはウニ漁と天然コンブ漁、11月にはアワビ漁を解禁した。

壊れたままの音部港の岸壁 「どの漁でも船は共同利用とし、収益は出漁した組合員の数で割って公平に分けました。アワビ漁では2億8000万の収益があり、これを漁に参加した340世帯で公平に分配することに決めました。同じ世帯から何人が漁に出ようと、採ったアワビの数に違いがあろうと、受け取る金額は同一にしたのです」
 1月末現在、ワカメとコンブの養殖施設の半数が復旧し、300隻の漁船が手に入った。漁協の加工施設の建設も進められ、津波で壊滅的な被害を受けた音部港(宮古市)に3月にはワカメのボイル塩蔵施設が完成する。しかし、肝心な漁港の復旧は進まない。音部港では岩手県が倒壊した防波堤の撤去を続けているが、今も船を係留する場所がなく、海が荒れるたびに陸に揚げて安全な場所まで運ばなければならない。重茂港の岸壁も崩れたままで、船からの水揚げができるスペースは限られる。
 あれから1年、伊藤さんは今後の計画をこう語る。
 「2012年度にはワカメとコンブの養殖施設を震災前の8割まで回復させ、13年度には完全復旧させたいですね。流されたコンブの種苗施設も12年度中に再建しようと思っています。これは組合員と約束したことですから、確実にやり遂げなければいけない。今後も漁業で暮らせる地域、若い人たちが残って漁業を続けたいと思える地域をつくるために復旧、復興に努めていきたいです」

何より命を大切にする事業を─高橋徳治商店

新工場用地に立つ高橋徳治商店の高橋英雄社長 東日本大震災で最大の犠牲者を出した宮城県石巻市。高橋徳治商店も沿岸部にあった第2工場がほぼ全壊、かろうじて流出を免れた本社工場も、1階はヘドロに埋め尽くされた。被災直後に本社工場に立ち入ったときのことを高橋英雄社長は「何も考えられずに、もう立ち上がれないと思いました」と振り返る。
 それから約7ヵ月後の昨年10月1日、復旧の第一歩として「おとうふ揚げ」の製造ラインの火入れ式が本社工場で行われ、年末から今年にかけては「お好みさつま揚げ」「海老しんじょ(すり身)」の生産が再開された。
 生産再開にあたり、大震災直後に全員を解雇せざるを得なかった従業員75人のうち、22人を再雇用した。だが、作業マニュアルなどを津波で失ったこともあり、体で会得した“経験”だけが頼りともいえる再稼動となった。たとえベテランの従業員でも7ヵ月近い時間の空白を埋めることはできなかったという。
 「指導的立場だった従業員でさえ、機械洗浄で危うく負傷しかける事故を起こすような状態でした。体で覚えたものは時間の経過とともに忘れてしまうこともあると痛感しました。水産加工の熟練の職人が不足していることも、新工場稼動に向けての課題です」

「おとうふ揚げ」の製造ライン 今年3月に着工、9月上旬に完成予定の新工場の建設用地は、石巻市に隣接する同県東松島市の高台の工業団地にある。敷地は約4000坪。1億円を超える用地取得費や整地費、道路整備費は自己資金で賄わなければならない。補助金は受けられるが、建物の建設費用にもばく大な資金が必要だ。
 国内第3位の水揚げを誇っていた石巻市の石巻漁港の再建問題もある。震災により地盤沈下した漁港は満潮時に海面下に沈む状態が続き、完全復旧の予定は2015年3月とされている。「石巻漁港に揚がる前浜の魚を使う」ことをモットーとしていた高橋徳治商店だが、「これだけは自分たちの力ではどうすることもできない課題です」。
 それでも高橋さんは一歩ずつ、しかし、確実に前に進もうとしている。新工場稼動に向けた機械メーカーとの交渉はもちろんのこと、つてを求めていくつかの産地からの原料確保に奔走。新工場と道1本挟んだところにある仮設住宅の自治会と手を携え、新たなコミュニティーづくりの可能性も模索している。
 また、東松島市の新工場では原発などで発電した電気を買って製品をつくるだけという過去と決別し、自家発電を含め、自然エネルギーヘシフトすることを目指している。「何を差し置いても命を大事にするという心のありようを教えられました」と話す高橋さん。
 この大震災から学んだ貴重な教訓を生かすための歩みは続く。

今日と明日を生き抜くことから─丸壽阿部商店

広島産のカキを手にする丸壽阿部商店の阿部寿一専務 「被災地はがれきの撤去こそ進んだものの、まだ3・11の翌日の3・12という感じで、復旧という意味では足踏み状態が続いたままです。カキの出荷量も今年は大震災前の1割、来年は2割と見込まれています。完全に復活するには4、5年はかかるのではないでしょうか」と丸壽阿部商店専務の阿部寿一さん。
 大津波で甚大な被害を受けた宮城県南三陸町。阿部さんの自宅は津波に流されたが、幸い、高台にあった加工場は被災を免れ、昨年5月にはワカメやコンブの加工を再開した。
 しかし、カキについては、全国第2位の生産量を誇る宮城県の養殖施設が壊滅状態に陥ってしまったため、今シーズンの出荷をあきらめかけていたが、昨年7月に供給再開を表明した。阿部さんに救いの手をさしのべたのが、旧知の広島県の養殖業者。これにより昨年12月から広島県産カキを原料とする生活クラブの消費材の生産が可能となった。
 阿部さんはこの間、宮城県のカキ養殖業者の動向をつぶさに見てきた、高齢化などで廃業を選択した人がいる一方、がれきの中から立ち上がり、今シーズンの出荷にこぎ着けた人も。その間にいるのが、復活をあきらめてはいないものの、そのスタートを切れない人たちだ。
 カキ養殖再開の第一歩は、養殖施設をつくることにあるが、その資金繰りは困難を極め、二重ローンの問題も抱えざるを得ない。また、同じ地域で暮らしていても漁業者間の被害の程度には差があり、これが養殖再開に向けてまとまって動くことの“足かせ”にもなっているという。
 それでも産地は、前に進もうとしている。南三陸の沿岸には漁船や、ワカメの養殖いかだの姿が戻ってきているからだ。阿部さんはこう断言する。
 「三陸の浜の人たちは大震災前に戻そうと復興に向けて動き始めています。今はまだ将来を展望することは難しいですが、今日、明日をどうするかを優先させ、問題が出てきたら解決していくしかありません」

■3生産者の消費材の利用実績


「生活と自治」2012年3月号より抜粋。
重茂漁協や高橋徳治商店、丸壽阿部商店の1年について、くわしくは同紙をお読みください。

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