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支えあう、もう一つの強い農業 JA上伊那 ■提携先  ■提携品目 

文/元木知子  撮影/丸橋ユキ  生活と自治2017年8月号掲載

長野県南部にある信州伊那谷。西に中央アルプス、東に南アルプスを望み、雪解け水が田畑を潤しながら天竜川に流れ込む。JA上伊那はこの豊かな水と地形を生かして、環境保全型の農業経営を進めてきた。
 

※写真:伊那市東春近地区の圃場(ほじょう)。カエル、トンボなど多くの生き物をはぐくむ圃場、この時期はさまざまな花に彩られる
 1  天竜川の支流・三峰川上流。伊那市東春近地区の圃場の水源となる
 2  圃場に水を引き込む水路が各所にはりめぐらされている

顔の見える関係から

農水省が定めるガイドラインによれば、使用される農薬成分が「慣行レベル」の半分以下で栽培されたコメを「特別栽培米」と表示できる。この慣行レベルが地域によって異なることは消費者にはあまり知られていない。


2016年1月にJA上伊那が行なった調査では、全国平均17成分に対して長野県平均は12成分。JA上伊那ではそれよりもさらに低いレベルを目指し、90%以上のエリアで農薬を12成分以下に抑えてコメを栽培している。


同JAでは土壌や気候など環境に適した農作物の生産を奨励する。管内は、昼夜の寒暖差が大きい内陸性気候で、食味に定評があり日本の代表的品種であるコシヒカリの生産に最も適した地域の一つだ。


生活クラブ連合会は、その中でも伊那市東春近地区と宮田村の二つのエリアを指定、農薬成分を9成分以下に抑えて栽培したコシヒカリを共同購入している。愛称は「上伊那アルプス米」。生活クラブ組合員が名付け親だ。


生活クラブとJA上伊那の前身である伊南農協とは、1982年から野菜や果物を通して提携してきたが、コメの提携が具体化したのは「平成の米騒動」といわれた93年のコメ不足の後だ。産地が1ヵ所に集中すると冷害などによるコメの不足に対応できない。そうしたリスクの分散と、ササニシキとは異なる食味のコメを確保しようという生活クラブの目的にJA上伊那が応え、96年から提携が始まった。消費者が産地に来て直接生産者と話し合うことがまだ珍しかった当時を、東春近地区の生産者、細田進さんはこう振り返る。

「この人たちはいったい何がしたいんだ?とはじめは思ったよ。食の安全へのこだわりにとにかく驚いた。話し合っていくうち、使わなくてもいい肥料もあるんじゃないか、農薬をもうちょっと減らしても作れるんじゃないかと考えるようになっていったんだ」
食べる人の顔が見えたことが、食の問題を真剣に考え農法を見直すきっかけになったという。


2002年、減農薬栽培米の実験をJA上伊那、生活クラブ双方が合意。翌年、東春近地区の6人の生産者がチャレンジして220俵からの取り組みがスタートした。同時に生活クラブ組合員による、草取りなどの交流も活発になる。


毎年同じ場所同じ時期に生息する生き物を観察し、環境や気候の変化を調べる「生き物環境調査」が始まったのもこの頃だ。「減農薬で栽培してみたら、巡り巡って自分たちの健康にも環境にも良いことがわかった」と細田さんは語る。
その後、毎年減農薬栽培に挑む作り手は増え、それに応じて食べ手も広がり生産面積は拡大していった。昨年度の上伊那アルプス米の生産者は441人。2万3,500俵が出荷されるまでになっている。


※左上写真:細田進さん

水は地域の財産

※写真:伊東隆見さん
 

信州伊那谷は、天竜川に沿った河岸段丘に特徴がある。特に東春近地区は、天竜川の支流、三峰川(みぶがわ)に沿って緩やかに弧を描き広大なテラスのように台地が張り出している。風が吹き抜け年間の日照時間も長い。代々農業を営む伊東隆見さんは、JA上伊那では少数派の専業農家。耕作面積も比較的大きいが、「ここはコメづくりに向いているから、田植えが終わってしまえば後は楽なもの」と気負った様子はない。とはいえ、5月はじめからの2ヵ月間は水の管理が欠かせない。この時期伊東さんは1日4回、圃場(ほじょう)を見て回り、水の出し入れをする。早朝4時起きで水を入れ、朝食後、事務作業を終えると今度は水を止めに行く。午後と夕方にも同様に圃場を回る。水の入れ方に違いはあっても、どの農家も同じような手間をかけているという。水の管理一つとっても楽なはずはないが、「せっかく受け継いだ農地があるからうまいコメをつくって生きる」と伊東さんは明るく話す。


もう一つ受け継がれてきた重要な財産は、管内に張り巡らされた水路だ。三峰川上流に向かって車を走らせると、道路脇には太い幹線水路があり、下流に向けて勢いよく水が流れ落ちている。所々に水門があり水の流れを調整する。


水利権は圃場にひも付けられていて、圃場に引き込む水は地域ごとに管理されるという。水を入れる水路と出す水路が分けられ、低い位置にある地域への配慮がある。


地形を生かし水をコントロールする人々の知恵と労力の積み重ねが、この合理的な管理体系を形成した。

「朝日が中央アルプスの頂上に当たると残雪が輝いてそれはきれいなものです。夕日に照らされた南アルプスもいい」と伊東さん。
伊那谷の圃場から眺める朝夕の太陽に染まった両アルプス。これもまた次世代の担い手に受け継がれるべき景色だろう。

大きいことが強いのか

上伊那地方は全国有数の水稲地城だが、一枚ずつの圃場の面積は決して大きくない。小規模かつ兼業の農家が多く、農業機械や施設の協同利用、農作業の協業化など、個人を超えた集落単位の営農をすすめてきた経過がある。


村全体を一つの農場と見なし協同で運営していく「一村一農場」という壮大な構想のもと、宮田村方式と呼ばれる独自の集落営農に早くから取り組んだ地域だ。農地は先祖から受け継いだ個人の財産であると同時に、地域の共通資源と捉える風土が醸成されてきた。


JA上伊那営農部調査役の堀内実さんは、コメを中心とした土地利用型農業の歴史をこうひも解く。


「昭和40年代に行政と県の研究機関、農協の職員が協力し、組織の枠組みを越えて新たな農業を目指したのが発端です。昭和50年代には農地の利用調整機能を持つ委員会をつくり、所有者との話し合いを繰り返して、点在する農地を同じ作物ごとに集約し、転作や園芸作物の振興をすすめました。一方で、集団耕作組合をつくり、機械の協同利用と労働力の組織化にも取り組みました。その結果、宮田村ではそれまで農家一軒ごとに行っていたコメの生産調整を、集落単位で引き受け、転作面積を配分するようになったのです」


このところ、世間からの風当たりが強い農協だが、地域特性を生かした農業経営に向けて農協の果たす役割は大きい。
農水省主導によるコメの生産調整は今年度で終わり、18年度産からは産地主体の需給調整に転換する。収入は減るのか、米価は上がるのか、先行きに漠然とした不安を覚えているのは農家も消費者も同じだ。国内の利用動向が大きく変化したとはいえ、コメが重要な主食であることに変わりはない。


JA上伊那の水田は昨年度、野菜、そば、小麦、果樹などに転作された。生産者は消費者が何を食べたいかを考え、消費者は農地や生産者の持続可能性を考えて、コメ以外の農産物も含めその土地で採れるものをまるごと食べることが水田の保全につながる。
「つくり手と食べ手の顔の見える関係をこれまで以上に強めていきたい」と堀内さんが語った。


※右上写真:もみ状態で保存される上伊那アルプス米


◆懐かしく新しいご飯のチカラ

撮影/丸橋ユキ 文/元木知子

料理研究家の土井善晴氏が近著「一汁一菜でよいという提案」(グラフィック社刊)で、よく食べることは良く生きることという考えに基づき、家庭料理の本来の意味を取り戻そうと説いている。夕飯の献立に悩む現代人に向けて、ご飯とみそ汁、香の物さえあれば十分ではないか。余裕があってもう一品つくれたなら幸せなことだと、家庭料理の「初期化」を提案する。

圃場からの帰り、JA上伊那営農部の堀内実さんに好きなご飯の友は何かと水を向けると、似たような答えが返ってきた。
「採った野菜の浅漬けがあればいい。今はおかずで満腹になって、ご飯をたくさん食べられない人が多い。もっとご飯そのもののおいしさを味わってほしい」
「上伊那アルプス米」は適度な粘り気とつやがあり、炊きたてはもちろん、冷めてもおいしい。一般にコメは、含まれるタンパク質が少ないものがおいしいとされる。肥料を抑えればタンパク質は少なくなるが、収量も上がらないので結果として高価なコメとなる。上伊那アルプス米は土壌に合ったオリジナルの肥料を使うので、食味の良さと収量のバランスが取れている。高価格にならず大勢で食べられるコメだ。

おいしさのもう一つの理由は、保管状態の良さ。
管内に8基あるカントリーエレベーターではすべての上伊那アルプス米が、もみ殼をつけたまま15度以下の最適な温度で保管されている。注文に応じてもみ殼を除き(もみすり)、精米して出荷する「今すり米」だ。もみすりして玄米の状態で保管すると、コメに含まれる微量の脂肪酸が徐々に増加し劣化してしまう。今すり米であれば、脂肪酸の変化を抑え、品質と食味の低下を防げるわけだ。

減農薬栽培にチャレンジしても、途中で病気や虫が発生し、合計9成分以上の農薬を使用してしまえば上伊那アルプス米とは名乗れない。どの農薬をいつ使うか、使わずに済ませるか、状況に応じた見極めが減農薬栽培のポイントだ。
小規模の圃場が多いこの地域は、隣り合う農家同士が互いに目を配り、会話する機会も多いという。前年度の成功例や失敗例など、日常会話の中から重要な情報を交換することで、できるだけ農薬を使わず環境に負荷を与えない米づくりを地域ぐるみで実現している。

そもそも、種子の消毒にも農薬は使わない。60度の湯に種もみを10分浸した後、冷水で冷やす「温湯消毒」という方法を、上伊那アルプス米では全量、JA上伊那全体でも90%以上が採用している。

ご飯を炊くという行為を、暮らしのどこかに位置づけ、そこを中心に生活のリズムをつくってはどうだろうか。ご飯を炊いたら、あとはあり合わせの食料でみそ汁をつくるだけ。食器が少ない分、食卓を整えることにちょっぴり気を配れば、居心地がよい。毎日は難しくても、自分なりのサイクルで取り入れてみればいい。忙しい人、栄養バランスを心がける人、食べる量が減った人にこそおすすめしたい。

 

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