生産者リレーエッセイ

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vol.15

安田 大三さん提携先米澤製油(株)

提携品目 Sマーク国産ブレンドなたね油

菜の花を愛して下さい。命は短くとも、油となって人々の心に細く長く、明かりを灯し続ける存在です。

安田 大三さん


 
 


国産ブレンドなたね油

一粒のナタネから

私の手のひらに一粒のナタネがあります。

春を告げる菜の花の種。黄色の花が風に吹かれて、咲き乱れている風景は、我が国のあちらこちらで見られたものです。菜の花はナタネの花で、アブラナとも呼ばれています。この一粒のナタネから、油が搾られ、江戸時代には行燈(あんどん)の燃料として人々の暮らしには欠かせないものだったのです。しかし、時代とともにナタネ油は「燃料」から「食用油」として食卓に上るようになり、広く利用されてきました。それに伴い、外国からの安い原料が輸入され、サラダのドレッシングにもなるほど精製技術が発達し、いまの食生活を築き上げてきたわけです。


きっかけは「カネミ油症」事件

1968年、「米ぬか油」の製造中、特有のにおいを取り除く脱臭工程で、熱媒体として使用したPCB(ポリ塩化ビフェニール)が油の中に混入して起こった中毒事件で、多くの被害者が今でも苦しんでいます。PCBは高温で熱することで、猛毒のダイオキシンに変化したのです。カネミ被害は、へその緒を通して子どもにも広がっただけでなく、孫の世代まで影響が及んでいます。効率を重視するあまりの工業的な食品生産に警鐘を鳴らし、いかに安全な食べ物を作ることが大事か、を示唆する事件となりました。


本当の食の安全とは

カネミ油症事件をきっかけに、安心で安全な油を作りたい――。そんな思いがわたしの中にわきあがってきました。ついにそれは、1975年、米澤製油の手によって結実しました。油を抽出するために、一般的には「ノルマルヘキサン」という石油製品を使うのですが、米澤製油ではこれを使うことを拒否。圧搾法にこだわりました。しかも、一番搾りの原油は、一切の化学合成された食品添加物(リン酸、シュウ酸、苛性ソーダなど)を使いません。脱色のために使う活性白土も使いません。国内で初めて当社が開発した、湯で油を何度も洗う「湯洗い洗浄方法」を編み出したのです。

精製後、油の中にわずかに残る薄緑色は、ナタネの葉緑素です。まさに一粒のナタネの命をも無駄にしない、素性確かなナタネ油が誕生しました。自ら問題意識を持ち、自ら実行し、実現させた材です。ただ、材には絶対に「完成」はなく、今の製品は到達点にしかすぎません。


生活クラブとの出会い

こだわり抜いた安全な油をぜひ、食べる側にも理解していただきたい。そう思ったわたしは、手当たり次第、いくつもの生協を訪ね歩きました。しかし、興味は引くものの、結局は価格面で折り合いがつかず、まったく相手にしてもらえませんでした。「絶対、どこかに自分たちの油を理解してくれるところはあるはずだ」。希望だけは失いませんでした。

1975年、肌寒い日でした。思い立って生活クラブ生協東京に電話をかけました。「話しだけでもいいんです、聞いていただけないでしょうか」と口火を切りました。すると電話の向こうから「わかりました」との返事。丁寧な言葉づかい、誠実に対応していただいたことを昨日のことのように覚えています。

前へ進みだしました。原料問題、製造法、市場構造などの対話が始まりました。1976年6月には、組合員の現地見学、油を湯で洗う製法を見て「水と油とはよくいったものだ」との感想をいただきました。そして同年9月からは、原料名を明らかにした「食用なたね油」として、生活クラブ消費材の仲間入りを果たしました。その時、生活クラブ側から言われた言葉をわたしは忘れません。「安田さん、対等互恵ですよ」


登場した遺伝子組み換え食品

1997年から日本の食卓に遺伝子組み換えされた食品(GM食品)が上り始め、食を海外に依存する日本の脆弱さをあらわにしました。ナタネをはじめ、大豆、コーン、綿実のGM原料から搾られた油が、なんの表示もないまま食べ続けられています。わたしたちは「安全が確認できないものは使わない」ことを信念に持ち、生活クラブだけではなくすべての原料について、遺伝子組み換えではない原料ナタネを分別し、輸入しています。

菜の花畑


なたね油

国産への挑戦

生活クラブとの提携から15年たった1991年のこと。当初の課題として掲げていた原料ナタネの国産化に、多くの人たちの努力によって「灯」がつきました。心臓疾患につながるエルシン酸含量の低いナタネ品種ができ、産地の農協も協力し、国産ナタネ100%の油を製品化することができました。国産のナタネを通して農業の復興を目指し、栽培地は青森、北海道、千葉、長野、富山、山形の各地に広がってきました。油脂全体の流通量からするとまだ点にしかすぎませんが、作り手と食べる側が手を携えることで、国内自給を増やし、食の安全を守ることにつながると考えています。課題はたくさんありますが、明るく挑戦していきます。


終わりに

菜の花を愛して下さい。3月の節句に、なぜ桃の花と菜の花を飾るのか、知っていますか。桃の花は、女の子の健やかな成長を願うため。菜の花は、はかなく消えていった小さな命を思いやるためといわれています。しかし、菜の花の命は短くとも、油となって人々の心に細く長く、明かりを灯し続ける、ナタネはそんな存在だとわたしは思っています。


【次回生産者】

せんべい類の生産者、(有)小島米菓の柳楽昌三さんの予定です。お楽しみに。

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