生産者リレーエッセイ

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vol.20

大城 健志さん提携先(株)青い海

提携品目 Sマーク真塩、海水塩、Sマーク素精糖

「おいしい塩を生み出す沖縄の青い海を守ろう!」が当社の原点。「素精糖」は組合員の思いの詰まった“共同開発消費材”です。

大城 健志さん


 
 

真塩

戦後、沖縄は米国の統治下にありましたが、1972年5月15日、日本に復帰しました。復帰に伴い日本の法律「塩専売法」の規制により、沖縄の塩田で作られる塩「シママース」の製造は禁止され、専売公社が販売する塩化ナトリウム純度の高い塩だけしか売られないことになりました。

このことで、沖縄の食文化への弊害が至るところで起きました。そうした中、「伝統ある沖縄の塩作りを復活させよう、おいしい塩を生み出す沖縄の青い海を守ろう!」という有志が集い、「青い海」を設立したのが当社の原点となっています。

設立当時、関係機関と折衝を重ねましたが、沖縄の入浜式塩田の復活、すなわち100%沖縄の海水を原料とした塩の製造販売は認めらません。当時の法律の枠内で、復帰前の塩に近い塩は作れないものかと協議を重ねた結果、専売公社から輸入された天日塩を購入して加工するという形で製造許可を申請し、1974年7月に日本専売公社沖縄事業局より沖縄の塩の製造工場「沖縄第一号」として許可され、「沖縄の塩シママース」が誕生しました。

当初の「沖縄の海水を原料に使った塩」という目的は達成できませんでしたが、海水に含まれる塩化ナトリウム以外の成分、カルシウム・カリウム・マグネシウム等の微量ミネラルが含まれ、本来の復帰前の製法の塩により近いものができました。

海水塩

1976年、生活クラブの組合員の中からは、専売公社の塩は昔と比べて塩辛く、漬物が漬かりにくいなどの疑問もあることから「赤穂の天塩」や「伯方の塩」などを供給してほしいという希望が多く出されたということです。そこで生活クラブの消費委員会はこの問題を取り上げ、専売公社の塩と自然塩について調査をはじめたのが生活クラブと当社の出会いの契機でした。

生活クラブでは組合員の希望に沿って自然塩の提携先を探していたところ、沖縄の塩運動の話を耳にして当社を訪れ、話し合いの結果1978年4月に共同購入がはじまりました。提携当初は「海っ子」という名称でしたが、1988年に原材料名を明らかにした名前が好ましいということ「真塩」に変更しました。また、組合員要望から「真塩」の食卓塩(現在の「やきしお」)も加わりました。1997年には塩専売法自体が廃止され、やっと当社設立の目的、「沖縄の海水だけが原料の塩」を作ることが実現しました。沖縄の海水だけを煮詰めて作る「海水塩」の開発です。

当社で作るお塩の原料の海水は、沖縄県糸満市の沖合い2,000m先まで配管したパイプから取水した海水を使用しています。「真塩」はメキシコ産やオーストラリア産の天日塩を取水した海水で完全に溶解し、ろ過した後に平釜でじっくりと煮詰めて結晶化、木箱に移し自然脱水(乾燥)して生産しています。

また「海水塩」は沖縄の海水だけを濃縮して平釜で結晶化し、真塩と同じく木箱で自然に脱水(乾燥)させて作ります。平釜でじっくりと煮詰めることにより、粒の形が凝集形やフレーク状になり、素材への付着が良くなるといわれています。また海水由来のカルシウム・カリウム・マグネシウム等の微量ミネラル成分がほどよく含まれており、塩分の辛みだけでなく、ほのかな甘みも感じられる、本来の味わいを持ったお塩だといえます。

平釜でじっくりと煮詰める


素精糖

当社は製塩を目的に設立した会社ですが、生活クラブと提携させていただく中で、お砂糖も生産するようになりました。1970年代に糖分の取り過ぎが盛んに言われ、自然食品運動グループの中には白砂糖を悪物視して三温糖を利用する人たちが増え、生活クラブ組合員の中からも三温糖を希望する声が強くあり、生活クラブでは「白砂糖に変わる砂糖を開発できないか」と調査を続けていました。そこで当社から沖縄県波照間島で作られる黒砂糖を紹介し、黒砂糖は白砂糖に比べより自然に近く、純国産であるとして1982年に取り扱いを開始しました。ただ、黒砂糖は蜜分を多く含んでいるため料理に使いにくいことから利用量も少なく、1年程しか続きませんでした。

生活クラブでは引き続き砂糖の調査を行ない、精製糖を作る原料糖の粗糖(分蜜糖)に目を付けました。粗糖は加工(精製)することが前提のため、異物等が入っており、それを当社で篩(ふるい)にかけ検査するという形で、粗糖のままの製品というこれまでに何処にもない砂糖ができたのは1987年のことでした。「素精糖」の名前は砂糖の素を精製するということから名付けられたそうです。しかし、当時の素精糖は蜜分が多くベトついて使いにくく、また、夏場には発酵臭がする等の問題があり、返品が相次ぎました。生活クラブでは長年かけてやっと開発し、しかも日本で唯一の「素精糖」を何とか続けたいとの気持ちが強く、当社と生活クラブで1年がかりで研究や使い勝手の調査を重ね、サトウキビの風味を残しながら品質を安定させることに成功しました。素精糖は生活クラブの組合員の思いの詰まった“共同開発消費材”なのです。私は生活クラブに関わるようになって2年になりましたが、生産者の皆さまや生活クラブの組合員の皆さまとの交流がとても楽しみです。これからも皆様と一緒に楽しい食生活を作っていけたらと思います。


【次回生産者】

Sマークマーガリン、Sマークファットスプレッド、チョコレート類などの生産者、月島食品工業(株)の吉原忍さんの予定です。お楽しみに。

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