生産者リレーエッセイ

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vol.25

池田 幸子さん提携先(有)マルヨーのり製造所

提携品目 のり佃煮、茎わかめ佃煮ほか

1984年の生活クラブとの“劇的”な出逢いに感謝です。「一生懸命しがみついてきたら、ここまでこれた」が実感です。

池田 幸子さん


 
 

私たちの工場は、関東の"天の橋立"とも言われる風光明媚な千葉県の富津岬にあります。この富津岬は、外洋のきれいな海水と有機質に富んだ内湾の栄養豊富な水が混ざり合うところで、風味豊かな味わいのある海苔(のり)が育まれます。東京湾は、昔から良質な江戸前の海苔の産地として知られており、中でも富津岬の海苔は千葉県産の八割近くを占め、全国的にも高い評価を受けています。
富津岬の海苔が良質なのは、地形や水質の良さだけではなく、何よりも漁師さん達がみんないいものを作ろうという意欲があり、加工技術も高いからだと実感しています。この良質の生海苔と千葉県産を含む国産乾海苔を主原料にして作っているのが、消費材の「のり佃煮」です。 
1982年、海苔養殖の漁師だった前社長の平野要介(私の父)は、50歳の時に海苔の加工を始めました。「漁師には体力的に定年がある。けれども大好きな海や海苔と離れたくない」。そんな思いから海苔と離れずに、歳を取っても続けていけるものとして海苔加工を考えたそうです。 
自然の風味を生かし、磯の香りが強く、そして添加物や保存料は一切使わず、健康の妨げにならない食品作りを目指していました。試行錯誤を繰り返し、やっと信条に見合う製品を作り上げて富津市の特産品としての指定も認めていただきました。しかし、売り先がなく、納品したらお金が入ってこなかったなんていう詐欺にもあい、父は販路の開拓には大変苦労していたようです。 
そんな時、知人に「生協は安心らしい」と聞いて、いきなり電話局の交換手さんに「千葉の生協に繋いでください」と頼み、取り次いでもらったのが、生活クラブ千葉センターだったそうです。これが、生活クラブとの"劇的"な出逢いです(1984年)。千葉本部の担当の方にお会いして、製品へのこだわりや思い、そして「漁師やってて、佃煮屋を始めたけど、売り先がなくて困っている」ことなどの話を聞いていただいたそうです。何ヶ月も連絡がなかったので、諦めかけていた時、「スポットでやりましょう」と連絡があり、その後、神奈川、東京など他単協にも紹介してもらって、1987年に連合会企画になりました。 
家内稼業的に始めたささやかな事業所でしたが、父の目指していた「産地の原料を使い、健康の妨げにならない食品。添加物、保存料は一切入れないで作る」が、生活クラブの理念にぴったり合ったのではないでしょうか。何よりも、突然、電話をした父の話を丁寧に聞いてくださった千葉本部の担当の方と、そこに繋いでくれた電話交換手さんに感謝です。 

目視選別作業

私が、本格的に工場で父と一緒に仕事をする事になったのは1992年で、今年で18年目になります。この頃、工場内で懸命に取り組んでいたのは、異物混入対策とリユースビン使用への対応でした。生海苔の中には、海苔網の化繊糸(特に黒色)、毛髪、カラス貝、小石などが混ざっています。どれも海苔と同色で、どんなに洗浄して異物除去機にかけても、金属探知機に通しても完全なものにはなりません。最後は、目視選別作業に頼る他ないのです。 
そのため、作業する人達の視力を把握し、一定の視力(1.0)になるように対応したり、目に負担をかけ過ぎないよう他の部署よりも早めに休憩時間を入れたりもしました。原料に関連性のある異物でも、消費材の中に混入させない事を目標に、作業者の意識も少しずつレベルアップしていきました。 リユースビン使用の対応については、洗ビン機を導入しました。破ビンのチェックをして洗ビンしますが、洗浄後に破ビンを見つける事も多く、また、充填して殺菌作業の段階でビンが割れてしまう事もあります。今でもリユースビンを使用する時は、とても緊張して作業しています。 生活クラブは、環境ホルモン対策、原材料の遺伝子組み換え対策についてその都度、学習の場を設けてその重要性、必要性を私達生産者にわかりやすく説明してくれます。私は、「のり佃煮」なんて遺伝子組み換え作物とは無関係だと思っていましたが、水飴、醤油、醗酵調味料、清酒と、全部原料にひっかかっていました。「大丈夫」と言われていたものでも、証明書を要請すると、「遺伝子組み換え不分別」なことがわかったり、原料を替えると風味も変わります。いろんな苦労をして、全部GM対策済の原料に替えました。


海苔の収穫


生活クラブは、私達生産者に組合員からの熱いメッセージを真剣に伝えて教育してくれます。課題を投げかけられる度に、私達のような小さな事業所に本当にそんな事できるかしらといつも思いましたが、一生懸命しがみついてきたら、ここまできたというのが実感です。私達の事業所は、生活クラブと組合員の皆さんに育てていただきました。生活クラブってすごいですね。本物ですね。 
私は、3年ほど前に先代と世代交代をして名実ともに責任ある立場になりました。未熟な私にとっては、何もかも大変ですが、生活クラブとの出会に感謝して、これからも組合員のみなさんとともに消費材のレベルアップを目指して、できることから取り組んでいきたいと思います。


【次回生産者】

えのき茸茶漬け、きのこと山菜ご飯などの生産者、長野森林組合鬼無里事業所の戸谷稔さんの予定です。お楽しみに。

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