生産者リレーエッセイ

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vol.26

戸谷 稔さん提携先長野森林組合 鬼無里事業所

提携品目 えのき茸茶漬、きのこと山菜炊込みご飯の素ほか

品名としては日本初の「えのき茸茶漬」の誕生など、消費材名にかかわるエピソードを披瀝します。

戸谷 稔さん


 
 

私ども「えのき茸」を加工するメーカーは「なめ茸業界」と呼ばれています。そして固形分70%以上の製品を「なめ茸茶漬」、それ未満のものを「なめ茸」と 呼んでいます。
1976年、生活クラブとの提携を開始するに当たり、私どもは先ず「なめ茸茶漬、固形分80%」の提案をしました。森林組合の製材工場で排出された「おが粉」を、地元のえのき茸栽培生産者に配布、これを培地に栽培された「えのき茸」を契約により加工原料として購入、合成添加物不使用で造り上げた「なめ茸茶漬」は業界でも"皆無の物"でした。
このまま、日本のどこにも無い、合成添加物不使用でハイグレード(固形分80%以上)の「なめ茸茶漬」が生活クラブに供給開始となるかと思いきや、生活クラブは「なぜ、なめ茸なんだ? 都会の消費者は『なめ=なめこ』と勘違いする。えのき茸を加工したのだから消費材名は『えのき茸茶漬』が妥当でしょ...」。いやはや、おっしゃる通り、その方が消費者にはわかり易く明快な名前。しかし、私どもは昔から「なめ茸業界」。これで良いのかと思いながら、JAS規格ヘの登録や保健所への固有記号の登録。首を傾けながらの手続きだったそうです。
そもそも「なめ茸」の名の由来は、(1)「えのき茸」は長野県の一部の地方で「なめらっけ」と呼ばれており、それが転じて「なめ茸」となった。(2)1958年に加工された「えのき茸」の水煮はかさの部分のみを使用し、「なめこ」に真似て販売されていたようで、なめこを真似たから「なめたけ」となった。(3)「えのき茸」を煮込んだ際に出るヌルミがなめこのヌルミに似ているため─などといわれています。 

こうして品名としては、おそらく日本初の「えのき茸茶漬」が誕生したのです。それから約10年が経過した1987年、えのき茸茶漬に続き、消費材名に関わる一つのエピソードがありました。当時、えのき茸の加工だけではなく、貴重となった国産のきのこや山菜を使った消費材の開発を行い、山蕗、あざみ、たけのこ、しいたけ、しめじ、えのき茸の6種類の具材を使用した「きのこと山菜炊込みご飯の素」を開発し、生活クラブに提案しました。コンセプトは、日本の食文化であるお米の消費拡大、女性の労働参加も多くなり、忙しい時に6種の具材が簡単便利な1品となる手軽さ─を上げました。
生活クラブは「蕗、たけのこ、しいたけ、しめじ、えのき茸も共同購入している。しょうゆ、砂糖、味醂も同じ。全てが共同購入されており、この材を活用すれば、組合員の家庭でできるものである」と。確かにそうであり、このような消費材は他に類の無い時代でありました。それでも定番ではないものの、当時の季節品の中で紹介を頂き、取り組みを行ったところ、えのき茸茶漬を大幅に上回る結集を見る結果となり、その後、毎月の取り組みに変更となりました。
この消費材名を決めるに当たり、私どもが提案したのは「きのこと山菜炊込みご飯の素」でありましたが、当時の生活クラブでは「~の素」「~の具」、そして「簡単便利」と言う言葉は、一種、禁句に近いものがあったように思います。当時、私は入職して2年目、生活クラブをもっと理解していれば、恐れ多くも「~の素」などと言う名を避けて提案していたのかも知れません。
この時、「きのこと山菜炊込みご飯の素」は、何という消費材名になったのかいうと、「山菜を味付けて煮込んだ」ことから「山菜味付煮」と言う消費材名になり、その下に小さく(炊込みご飯用)となりました。えのき茸茶漬と同様、このストレートな消費材名を(今は消費材名が「きのこと山菜炊込御飯の素」に変更になりましたが)大変懐かしく思い出します。


長野県、鬼無里事業所作業風景


そして、約10年が経過した1998年、北東京生活クラブとの共同開発により、「五目ずしの素」が誕生しました。この時は時代の流れの中、生活クラブにもいくつかの「~の素」や「~の具」が共同購入されており、すんなりと「五目ずしの素」に決定したのです。
そして、今は2010年、これまで開発された消費材はいずれも、日本の食生活の根幹であるお米の利用拡大に繋げるべく消費材です。今、日本ではTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が取りざたされています。今や貴重となった国産の農林産物加工原料にこだわって造り上げた当組合の製品が、将来、輸入米に炊き込まれたり、混ぜられたり、それが当たり前にならないことを願っています。


【次回生産者】

Sマーク食酢などの生産者、私市醸造(株)の竹山和男さんの予定です。お楽しみに。

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