生産者リレーエッセイ

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vol.29

秋山 二郎さん提携先(株)第一物産

提携品目 ペチュキムチ、カクテキほか

キムチ類の供給を始めた頃は、クレームの連続でしたが、現在まで提携を続けられたことに、改めて感謝です。

秋山 二郎さん


 
 

ペチュキムチ

当社は1960年(昭和35年)に韓国食品専門店として現在の上野本店を開業し、50周年を迎えました。上野本店は当社の原点であり、現代表者の黄恵蘭(ファンヘラン)は、創業者の祖父母から数えて三代目になります。生活クラブとの出会いは、ソウルオリンピックを1年後に控えた1987年頃です。最初は販売会社を通して生活クラブに供給していましたが、諸事情により2~3年後には販売会社を通さないで、当社が生活クラブ連合会の提携生産者になりました。
 提携生産者として最初にキムチ類を供給させていただいた1ヵ月間は、担当者にとっては最悪の状況でした。その頃に1週ごとに異なるキムチ(白菜、大根など)を供給させていただけることになり、大変嬉しく思っていましたが、最初の供給から1週間くらい経った頃に、生活クラブ連合会(その頃は世田谷の豪徳寺)の担当者からクレームの電話が入りました。初めてのことなので対応の仕方もわからず、取りあえず豪徳寺に向かい、担当者から「毛髪が入っていた」と注意を受けました。1週間後に事故調査報告書を提出してホッとしていると、また、クレーム担当者から電話があり、前回と同じく、毛髪が入っていたと。「今度こそは」という思いも空しく、ただただ担当者にお詫びをしました。
その時に担当者に言っていただいた言葉は、「韓国ではキムチを外で漬けているから、さほど問題にならないかもしれないが、一歩一歩指導、教育をして意識を向上させてください」でした。大変ありがたく感じました。一般の取引では、2回目の事故で取引中止ですから。その後、従業員に再度注意を促し、衛生管理マニュアルの作業工程を見直している最中、またまたクレームの電話が。電話口では、しばらく言葉が出ないほどショックを受けました。さっそく豪徳寺にとんで行くと、「今度は重大事故につながりかねない金属片が入っていた。今回は口の中も切らずによかったが......」などなど、厳しくお叱りを受けました。当時、当社では金属探知機を使用していなかったため、さっそく担当者に金属探知機のメーカーを紹介してもらい、帰りにすぐメーカーに連絡して導入しました。最初にこうした事態が連続したにもかかわらず、現在まで提携を続けてこられたことに、改めて感謝の気持ちを強くしています。 

事故ではありませんが、もう一つ忘れられない思い出があります。クリスマス・正月用品で、初めてポッサムキムチを供給した時のことです。見本を担当者に持っていって、供給決定の連絡をもらって喜んでいたら、その直後、担当者は「秋山さん、これではだめですよ。エビが片方には2匹、片方には4匹では」と言うのです。「あのー、エビは全体にまとめて入れてから撹拌(かくはん)するので、そういうことはあり得ますが」と答えると、「それではだめです。一つ一つに同じ数の魚貝類を入れてください」と。それからが大変でした。いろいろ考えた末に、作業台を並べて2列になって、ポッサムキムチ1個ずつに規定の数量を入れていくことにしました。手間がかかり、慣れない作業なので時間もかかりました。また、初めての取り組みということで、カタログの表紙全面に掲載されたために、3万個もの注文があり、毎日、朝の4時、5時まで作業していました。しかし、このことが当社のポッサムキムチの他社との差別化につながり、大変な苦労をしましたが、今では感謝の気持ちでいっぱいです。


製造工程


カクテキ

その後も、おおぜいの自主監査などによって指摘された点を改善し、さらに従業員の意識を向上させながら、より安心・安全な消費材を生産できる工場になってきたと思っています。また、現在では年間でキムチ類8アイテム、調味料3アイテム、惣菜1アイテムを供給させていただくようになりました。当社の消費材は市販品と比べて大きな違いがあります。例えば代表的な白菜キムチで言えば、添加物は一切使用しない、白菜を半株で塩漬けし、薬味を塗り込む韓国の伝統的な漬け方、辛いなかにも甘味のある韓国唐辛子を使用――などです。こうした特徴を今後もしっかりと守りながら、これからも生活クラブと共に歩んでいきたいと思っています。


【次回生産者】

魚肉ねり製品類の生産者、(株)高橋徳治商店の高橋英雄さんの予定です。お楽しみに。

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