生産者リレーエッセイ

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vol.72

那須 耕司さん提携先庄内みどり農業協同組合

提携品目 遊YOU米、ササオリジン 他

40年を超える提携の歴史は 生活クラブとともに歩んだ米づくりの歴史

那須 耕司さん


 
 

「遊YOU米」のふるさと山形県遊佐町(ゆざまち)は、庄内平野の北端に位置し、秋田県と隣接しています。県境にそびえる鳥海山(ちょうかいさん)は「出羽富士(でわふじ)」とも称され、万年雪を戴く名山です。この山に降り積もる雪によってもたらされる豊富な湧水は遊佐の水田を潤し、日本海へと流れ着く、恵まれた環境にあります。
生活クラブとの出会いは1971年のことでした。当時はまだ食管制度*の時代、減反政策に反発し、独自の販売ルートを模索する生産者である旧遊佐町農業協同組合(現・JA庄内みどり)と、米の不透明な流通に不満を抱く消費者である生活クラブが出会い、全国で初めて「産地指定方式」による米の直接提携から始まりました。今でこそコメ産直のパイオニアといわれますが、当時は、ヤミ米からのスタートでした。
*食糧管理制度。主食である米や麦などの価格・供給を政府が管理する制度。1942年に食糧管理法のもとに制定され、1995年に廃止された。

庄内交流会は今年で42回目

その後、1974年には生活クラブの組合員が遊佐や庄内の生産者を訪れて交流する「庄内交流会」が始まり、2015年で42回を数えます。生活クラブとの交流から遊佐でも石けん運動が始まるなど、消費者と生産者が直接交流することで、市場流通には見られないさまざまな歴史を重ねてきました。
そんななか、私には今でも忘れられない交流会の想い出があります。1987年、当時の遊佐町農協に入協してまだ間もない頃のことで、ササニシキの食味低下が話題になっていた時代です。先輩生産者に連れていかれた交流会で、組合員が「まずいわ。でも食べるのよ、遊佐のお米を」と言う声を聞きました。先輩生産者も「味で食べているんじゃないんでしょ」と話しています。この会話にこれまで重ねてきた歴史の重さと、提携することの意義深さを知らされた思いでした。

「遊YOU米」は生活クラブと遊佐が共同開発したお米

「遊YOU米」は生活クラブと共同開発したお米です。
1988年に生活クラブと遊佐町農協との共同事業として共同開発米事業がスタートしました。市場では流通していないものも含めた4品種を実験栽培したなかから、共同開発米として「鳥海こがね」「ゆざ88」の2品種を選定し、翌年から供給を開始しました。当時はまだササニシキの生産者手取価格が1俵2万円以上した時代に、共同開発米は通常栽培のササニシキより安い価格でのスタートとなりました。それでも共同開発米事業に取り組まれた先輩生産者がいて、今につながっていることを私たちは忘れてはなりません。
これ以降、減農薬栽培による8成分米の供給、無農薬栽培や新品種の実験、飼料用米の作付けなどにも生活クラブとともに取り組んできました。なお、「遊YOU米」という名称は1993年に公募により決まったもので、現在は、「ひとめぼれ」「どまんなか」の2品種をブレンドしています。

これまでの提携の歴史の中で一番の思い出は、2004年8月下旬に台風15号による潮風害が発生したときのことです。強風で海から舞い上がった波しぶきが田畑をおおい、たった一晩で収穫を目の前にした稲が枯れてしまったのです。愕然としていた私たちのもとに届いたのが組合員からの何百通もの激励の手紙でした。心のこもった文面に、落ち込んでいた両親や家族も含めてみんなが元気づけられました。「生活クラブと出会い、食べる人に向けて米づくりをしてきて本当によかった」と思える出来事でした。

平均年齢39歳の若いメンバーが遊佐の未来を担っています

今では共同開発米の生産者は400名を超え、遊佐で生産されるお米の60%以上を占めるまでになりました。遊佐でも農家の高齢化・後継者不足は大きな課題です。そんななか、2012年には若い後継者が、10年後の遊佐町農業を展望し、「何をやりたいか、どうありたいか」について話し合いを重ね、「ゆめ遊佐プロジェクト」をまとめました。
また、2013年には生活クラブ・遊佐町・JA庄内みどりの3者による、「地域農業と日本の食料を守り、持続可能な社会と地域を発展させる共同宣言」を締結しました。消費者や行政も一緒になって、まちづくりや農業振興、環境問題などについて話し合えることは、いろいろな意味で将来につながる可能性を感じます。
1992年に発足した共同開発米部会も今年で23年。世代交代の時期を迎えています。今年4月の総会では、平均年齢39歳の若いメンバーが役員に選出され、試行錯誤しながら交流会や各種実験・広報活動などに取り組んでいます。その大半が開発米部会の2世であり、まさに米の消費減少・米価下落・TPP問題など、荒波のなかで就農した若い後継者たちです。直接消費者と向き合い、お互いに顔の見える関係を築くことで、未来につながっていくものと信じています。

今年もたび重なる異常気象や、ばか苗病、カメムシの多発、雑草との格闘など、多くの試練を乗り越えて、太陽からの贈りもの「遊YOU米」を収穫することができました。
生産者の顔を思い浮かべながら、遊佐のお米をたくさん食べてください!

平均年齢39歳の共同開発米部会委員

(2015年10月掲載)


【次回生産者】

古平パック、ホッケ、ニシンなどの生産者、東しゃこたん漁業協同組合の田口芳久さんです。お楽しみに。

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