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もうかる「まがいもん」はよう作らん!【山彦鰹節】


昔ながらというけれど、その昔っていつのこと。そうね、そうそうコンビニも電子レンジもない時代。お粉の「うまみ」もない時代。そのころ生まれたカツオの本枯れ節、作り方もそのままに、いまもお届けしています。

手抜きなしの職人技から

1尾ずつ原魚の状態を確認してから、頭と内臓を落とし、まきの炎と煙で焙乾(ばいかん)する

芳ばしい香りに満ちた室(むろ)の温度は28度、湿度は90%に保たれている。置かれた木製のセイロに並んだかつお節は緑色のカビに包まれ、鮮やかに輝いてみえた。まもなく出荷のときを迎える本枯れ節だ。

三重県志摩市大王町(だいおうちょう)の山彦鰹節は、江戸の昔から伝わる製法でかつお節を製造。本枯れ節にけずり節、サバとカツオの混合節などの製造販売も手がける。山彦が生活クラブ生協と提携したのは1978年。この40年間、製品の9割を生活クラブ生協向けに出荷してきた。

原料のカツオは静岡県の焼津港から冷凍で搬入され、半日かけて魚の状態を吟味してから解凍し、頭や内臓を取り除いて4本の切り身をつくる。これをボイルし、冷めたら切り身の骨を抜き、まきの炎で「焙乾=薫製(くんせい)」する。

焙乾を終えた節の表面を磨き、室で2回以上かび付けしたものを「本枯れ節」と呼ぶ。仕上がるまでに2カ月かかる。カビ付けは「うま味」を凝縮し、保存性を高めるための技だ。

どの工程も熟練の技を必要とする作業ばかりだが、なかでも焙乾は極め付け。10~15日かけ、セイロを置く場所を入れ替えながら節をあぶっていくが、30分に一度は手で触り、まきの火加減を調整する。山彦統括工場長の奥谷明治さん(53)は「火が強すぎると焦げるし、弱すぎると腐敗する。まさに経験と勘だけが頼りの仕事」と言う。

焙乾に使うまきは、1日2トン弱で、近隣の山から切り出したナラやクヌギなど、広葉樹の雑木を備蓄して使う。このまきの炎が石油やガスの火力で焙乾する市販のかつお節にはない抜群の風味を生み出す。ここまで伝統製法にこだわり、まきの炎だけで焙乾する本枯れ節は希少品であり、そこに「本物」たるゆえんがある。
生のカツオを50センチほどの切り身に。それがボイル、焙乾、カビ付けという一連の工程を経ると、20センチほどの4本の節になる。まさにカツオのうま味がぎゅっと凝縮された逸品は江戸時代から続く「志摩の波切節(なきりぶし)」製法のたまものといっていい。

2019年5月に父・勝日己(かつひこ)さん(71)の跡を継ぎ、社長になった3代目の山下成彦さん(43)は「いいものを作りつづければ、生活クラブの皆さんが喜んでくれる。そう思って日々の仕事に取り組んでいます」と言う。
仕上がり状態を丹念に調べる社長の山下成彦さん

本枯れ節からけずり節へ

生活クラブが山彦と提携した当時は、すでに化学調味料が数多く出回る時代だった。そんな社会の流れに抗し、生活クラブの組合員は「うそやごまかしのない本物の調味料を利用しよう」を合い言葉に、「Sマーク消費材」の開発を進めていた。そうしたなか、三重県漁業協同組合連合会(松阪市)を介し、出会ったのが山彦だった。

当時はまだ各家庭にかつお節けずり器があり、家庭で本枯れ節をけずって使うのが当たり前とされ、共同購入開始当初は2本1組の本節が月間5万セット利用されていた。1980年には「混合けずり節」(かつお節1割、さば節9割)も開発された。最初はけずり節の厚さは100分の5~7ミリにしたが、さば節が粉になりやすいため、生活クラブの提案で厚さ1ミリに変更した。
「これでは厚すぎてだしが引きにくいのでは」の声もあったというが、組合員が簡単かつ上手なだしの引き方を研究した結果、一昼夜水に浸せばいいことが判明。この方式が共有され、月3万パックが利用されるようになった。さらにだし用には厚さ0・2ミリのかつお節だけを使った「かつお厚けずり」、食用には本枯れ節を厚さ100分の5~7ミリに削った「かつお細けずり」も開発された。

「けずり節は薄いほど酸化が早く、風味が損なわれやすい。これが市販品の問題点。そこで私たちは本枯れ節のうまさを消さない絶妙な厚さを見つける試行錯誤を重ねました」

そう話すのは山彦会長の山下勝日己さん。「本節を自分でけずったけずりたてを食べるのが一番ですが、時代の流れには逆らいきれんと考え、腹を決めました」
山下勝日彦さん

日本一の「パックだし」

一方、勝日己さんが頑として拒み続けたのが、だしパックの開発。「だしを引く」という言葉も意味も知らない人、知ってはいても「その手間も惜しい」という人が増えたのを受け、「手軽に使える天然だしのパックがほしい」という要望が生活クラブの組合員から出されたが、「まったく受ける気はなかったです」と言う。

市販のだしパックは、けずり節の製造過程から出る端材や残渣にグレードの低い煮干しなどを混ぜたものが一般的で、生臭さを飛ばすために炒り、うま味不足からグルタミン酸ソーダを加えたりして生産される商品が一般的だった。「そんなまがい物は作りたくない。うちは絶対インチキはやらんと生活クラブには伝えました」と勝日己さん。

ところが、生活クラブの開発担当者も粘り腰を発揮し、後には引かない。「何とかしてほしい」と粘られ、話し合いを重ねること3年。ついに勝日己さんは「本物ならいい」と開発提案を受け入れることを決めた。

こうして開発されたのが生活クラブの提携生産者が扱う「北海道産のみついし昆布」と「大分県産乾しいたけ」「長崎県産のいりこ」を組み合わせた「パックだし」だ。原料素材の配合比率や包装形態などは、北東京生活クラブ(本部・練馬区)の組合員がテストを繰り返して決めることになった。

かつお節は風味を保つために粉砕5ミリ粒のけずり節にした。「しいたけや昆布を加えた相乗効果により、パックだしのうま味は70倍にもなった」と勝日己さん。「まさに組合員との共同開発であり、提携生産者四者が連帯した結果、日本一のパックだしが開発できました」

こうして1996年にはじまったパックだしの共同購入は月産5万袋の計画だったが、倍の注文が来たため、山彦では設備の増設を完了するまで、残業に追われる日々が続いたという。

生産が軌道に乗った後、勝日己さんが北東京生活クラブで開かれた交流会で、開発経緯を話したところ、参加した組合員が大喜びしてくれた。その姿に勝日己さんも感激し、うれし涙にくれたのが忘れられないという。

けずり器使った実演で利用増

左から山下成彦さん、勝日己さん、知恵子さん、文彦さん、奥谷明治さん

山彦の社員は13人。社長の成彦さんも現場仕事に汗を流す。昨年からは成彦さんの弟で元ラガーマンの山下文彦さん(41)が実家に戻り、節づくりに精を出すようになった。

生活クラブの組合員が工場見学に来ると、成彦さんは現場をつぶさに案内する。さらに各地で開かれる生産者交流会や試食会にも足を運び、積極的に組合員たちと交流している。「交流会で山彦のかつお節を食べたら、他のものは食べられない」と言われると心からうれしくなるという。

この10年、成彦さんは本枯れ節とけずり器を持参し、試食会の参加者に、その場でけずって食べてもらう取り組みを続けている。2017年末、生活クラブのカタログに本節とけずり器が掲載されると年4回取り組みで3000パックだった本節の申込数量が4000近くに増えた。「本節をけずって食べる人が増えてくれれば何よりの励みになります。ぜひ工場見学にもきてもらいたいですね」と力を込めて訴える。

けずり器を入手し、子どもや孫と一緒に本節をけずり、本物の風味を味わうのが一番だが。それが無理なら一度、山彦の工場を見学してほしい。テーマパークさながらの発見があるはずだ。


撮影/高木あつ子
文/瀧井宏臣


ある全面広告に思う

新聞の全面広告に並んだ文字は「素材が、すごい」「製法が、すごい」「しかも、簡単」。さすがは広告代理店さん。「、」の位置が実に憎いじゃないですか。

さて、ここで読者の皆さまに質問です。いったい、これは何の広告でしょうか。じっくり考えてみてください。いずれのセールスポイントも「安全・安心」同様、もはや決まり文句と化してしまっていますから、この広告の品が何かを当てるのは難しいかもしれません。

そこでヒントです。この商品は6種の国産素材からできているそう。独自の技術を駆使した製法から生まれ、職人のこだわりを感じる味わいに仕上げているとも書かれています。水と一緒に火にかけ、沸騰したお湯で2分煮出すだけのすぐれものと広告代理店さんは自信を持ってアピールしています。

もう、お分かりになりましたでしょうか。この商品と同一ブランドで販売されている品々は、それらが使われていない(入っていない)食品を探すのが至難の業といっていい「国民的な愛用品」。そのブランド史上、最もぜいたくな味わいの商品がめでたく新発売されたのです。

ハイ、答えは「だしパック」。生活クラブの素材が4種なのに対しこちらの素材は6種。荒節とさば枯れ節を使用し、いりこではなく、焼きあごを使用しているとうたわれています。ですが、生活クラブの「パックだし」が明らかにしている個々の素材の産地と配合比率は不明で、聞いても教えてもらえないでしょう(どなたか試してみてください)。
その新発売の「だしパック」に使われるかつお節は、まきの炎と煙を生かした伝統製法から生まれるそうですが、小さな文字で書かれた「※」を読むと、山彦鰹節の製法そのものです。その価値を最大限に評価し、広告してくれている(おまけに無料)わけですからうれしい話。

「しかも、簡単」に「濃厚で香り高い本格だしの完成」と褒めてくれてもいます。ただ一つ残念なのは、この新商品の価格の記載がどこにも見当たらないことです。はて、おいくらなんでしょう。

とまれ、簡単便利、やすくておいしいお粉の「うま味」を社会に提供し続けてきてくれた大食品メーカーさんが、素材そのものの価値と伝統製法の大切さに注目し、「これぞ本当のうま味」とお高い広告を出して訴えてくれるようになったという事実を心から喜びたいと思います。

今後は素材を提供してくれる農業者、漁業者、林業者の労働の価値にもしっかりと目を向けていただき、まずは日本国内の一次産業が持続可能な生産を続けていけるような新商品開発にも力を尽くしていただけないかと願うばかりです。

撮影/魚本勝之
文/本紙・山田衛

『生活と自治』2020年2月号「新連載 産地提携の半世紀」を転載しました。

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