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母の心で誠実に。【松永 紀子さん】

長崎県南部、島原半島の雲仙岳の中腹にある「(株)みそ半」。安全でおいしい、健康に良い食べものを、という思いを追求する中で、そうめんの製造を始めた挑戦者である。

協同で二乗の力

松永紀子<span>(まつなが のりこ)</span>さん <br >■提携元  (株)みそ半<br >■提携品目 長崎手延べそうめん (株)みそ半。
 どことなくユーモラスな響きを持つ社名には、同社の思想が端的に表れている。専務取締役の松永紀子さんは、ほほえみながらその“心”を説明する。
 「脳みそ半分という意味なんです」
 前身の松永みそ醤油(しょうゆ)工場は確かにみそを手がけていた。だが、紀子さんの夫で社長の松永忠徳さんが立ち上げたのは、長崎県産をはじめとした素性の確かな食品を扱う販売会社だった。
 販売についてはノウハウを持っている自分たちが“脳みそ半分”の力を尽くすが、より優れた製品づくりにはそれだけでは不十分。それぞれの分野に精通した製造者に知恵を持ち寄ってもらい、二乗以上の力を出そうという考え方だ。
 島原半島は日本有数のそうめんの産地だが、近年まで知名度は高くなかった。もともとは農家が冬の収入源として家族単位でつくっていたこともあり、他の産地の下請けという立場に甘んじていた。
 みそ半は違った。30年以上前から地域産業を守るためには産地のブランド化が必要だと考えていた。そのためにはほかとは違う、厳選した原料を使うことが不可欠で、輸入小麦に比べ、製造に技術を要する国産小麦を使おうという生産者はいなかった。「ならば」と、自らが手延べそうめんの製造者として新規に参入する道を選ぶ。


塩まで突き詰めて

機械化した工程も多いが、要所要所は人の手で 島原そうめんで国産小麦粉を使うメーカーは現在でもごく一握りしかないが、みそ半の製めん部門を担う(有)松永麺(めん)工では1984年の設立当初からグルテンの含有量の多い北海道産の小麦を扱っていた。
 その後、九州でも熊本県を中心に小麦の生産に力を入れるようになり、これを原料にできないだろうかと模索を始める。
 松永麺工の工場長で製めん技術士である日向正さんは、当時の苦労を知るひとり。
 「手延べそうめんは、めんを熟成させては延ばしということを繰り返して少しずつ延ばしていくのですが、はじめのころはこれがうまくいかず、途中で4割くらいのめんが切れてバサーッと落ちていました」
 現場の苫しみを目の当たりにしながら、紀子さんは考えた。
 そうめんの原料は小麦粉と水、塩、製めん時につける油だけ。だが「今は捨てるしかないこの小麦を、必ずものにしなければいけない」という気持ちだけは揺るがなかった。水は島原自慢の雲仙岳の伏流水……。何を変えれば良いかと思案し続けて、塩に思い至る。
 ここからかみそ半の本領発揮。塩の仕入れ先である長崎県内の製塩会社と共同研究を重ね、最も製めんに適した塩を開発した。
 不純物をていねいに取り除いたことでめんの切れはなくなり、製めんの作業性が改善された。さらにミネラル分が豊富になったことで、めんの熟成がうまくいくようになり、めんにもちもちとした弾力が生まれ、のどごしも向上する。


さらに高みを

めんの長さや太さが均一になっているかどうかを選別する 質の向上への探求は、できあがったそうめんを一定期間貯蔵し熟成させる蔵にまで及んだ。建物の土台を含め、40トンの炭を使って炭蔵をつくったのである。
 炭にはものを腐りにくくし、油の酸化を防ぐ効果がある。奈良の正倉院をはじめ、日本の神社仏閣には土台に炭を敷き詰めたものがあるが、古来より神聖な場所には炭が用いられてきた。
 ここに忠徳さんが着想を得て炭蔵にかえたことで、蔵の中が一変した。
 製めん時に使う油が保存中に酸化することがほとんどなくなり、熟成した小麦がかもしだすパンのような香りに変わったのだ。
 松永夫妻はこうして開発した自慢のそうめんを持って、従来の取引先であった百貨店だけでなく、「ここぞ」と見込んだ一部の生協へと販路を拡大していった。
 「常により良いものを求め、現状に甘んじない。意識の高い消費者と提携することは、自らをさらに高めることにつながるんです」と紀子さん。
 製めんで使う油の遺伝子組み換え対策に業界に先駆けて対応し、現在使用しているベニバナ油にかえることができたのは、これらの生協との提携によるところが大きいという。


命と暮らしを次代に

40トンの炭を使った炭蔵。パンのような香りが漂う 紀子さんの昔から変わることのない信念は「自分の子どもや孫に食べさせたくないものはつくらない」。
 10代のころ、見た目よりも安全を考え自家用の野菜には農薬を使わない農家もいると知りショックを受けた。20代でストレスのために体調を崩し、食事療法の実践者から「食を変えないと健康は取り戻せない」と言われ体質改善に取り組んだ。しかし、一度壊した体調はすぐには戻らず、生まれた子どもはアレルギー体質だった。
 そこから紀子さんは健康に関するさまざまな本を読み、実践を重ねるうちに「物事はうのみにしてはいけない。自分で考え、検証しなければいけない」と思うようになる。
 こうした紀子さんの生き方が、そうめんづくりに反映されてきたといって過言ではない。
 今では生協関係への出荷が大半を占めている。生産量は毎年決まっていて、注文に応じて急に生産量を増減することはできない。
 原料までさかのぼれば、小麦の作付けからそうめんが消費者の手元に届くまでには少なくとも2年の時間が必要だからである。
 「でも」と紀子さん。
 「一時のブームではなく、末長く取り引きさせていただくことが一番大切なことです。島原の基幹産業を残していくためにも、もっと良いめんをつくるよう、これからも社員全員で精いっぱい励んでいきます」
 誠実な食品づくりは食べ手の健康につながるとともに、つくり手の生活と地域の暮らしを守る。その理を知ればこその、紀子さんの言葉である。


島原手延べそうめんを、さらにおいしく

すき焼き風にして食べる「地獄だき」 そうめんの製造に適した時期は冬。今では空調などが整備され、通年で製めんが可能になった。だが、(株)みそ半では国産原料を使ったそうめんを10月下旬から翌3月中旬にかけて生産しその後半年かけて炭蔵で貯蔵・熟成する。4月からの時期には、沖縄向けに出荷する外国産の小麦を使ったそうめんを手がける。つくる時期が明確に分けられているので、両者が交じることはない。
 保存については昔からさまざまな言い習わしがあるが、みそ半専務の松永紀子さんは「熟成させたものを出荷していますので、長期保存をしなくてもおいしく召し上がれます」と言う。家庭での保存は湿度が少なく、においの強いものなどがない冷暗所で行ってほしいという。開封したものの保存方法としては、ポリ袋に入れて空気を抜き、さらにふたのついた容器などに入れて冷凍庫で保管することをすすめている。
 手軽に食べることができるそうめんは夏の定番メニューだが、ほんのちょっとの“心配り”でさらにおいしく食べることができる。
 まずはゆで方。たっぷりの熱湯にそうめんをバラバラとさばきながらいれ、沸騰したら差し水をし、再び沸騰すればゆであがりで、かすかに芯が残っているくらいが目安。これをざるに取り、冷水でもみあらいをする。この「磨きのひとてま」をかけるか否かが食感に大きく影響する。めんがダレにくくなる。しかし最も重要なことは、ゆでたてを食べることで、これに勝るものはない。
 冷やしそうめん以外の食べ方としては、熱いだし汁をかけて食べる「にゅうめん」が知られている。紀子さんは鳥原ならではの食べ方として2種類の「地獄だき」を提案する。ひとつ目はしょうゆ味、またはみそ味に仕立てた野菜や豚肉などの入った汁物にそうめんを入れる。もうひとつは、すき焼きのわりしたにハクサイやネギなどを入れ、ここにゆでたそうめんをくぐらせ、溶き卵につけて食べるというもの。いずれの「地獄だき」も冷やしめんで食べる場合より少し固めにゆであげたそうめんを使うことがポイント。そうめんは栄養バランスが良くしかも腹にもたれすぎることがないので、アスリートの食事や受験生の夜食にも合う。

『生活と自治』2011年6月号の記事を転載しました。

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