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「等身大の技術」の心地よさ(2)米澤製油を訪ねて【村瀬 行信さん】

米澤製油を訪ねて

村瀬行信さん <br >■提携元  米澤製油(株) <br >■提携品目 国産ブレンドなたね油 ♪菜の花畑に 入り日 薄れ~。
 かつての日本には、どこにでもあったこんな春の風景を取り戻す取り組みのエンジンともいえる存在になっているのが、1892年に創業し、化学合成薬品を極力排除したナタネの搾油で知られる埼玉県熊谷市の米澤製油である。
 「何でもお見せします。何でも聞いてください」。技術顧問の村瀬行信さんの案内で工場を歩く。ゴマ油の小野田製油所と比べると機械は大掛かりだが、熱を加えてつぶして搾る原理はほぼ同じである。
 まずは原料。国産と豪州産のナタネを見せてもらう。
 「国産の方は、完熟で収穫しているから、色が黒いでしょ。豪州はとてつもなく面積が広いから、青いうちに刈っちゃうんです。その違いが色に出ます」
 これらを焙煎機にかけ、115~120度の温度で、15~20分焙煎。108度まで温まった種を、機械で平たくつぶして油を搾る。この段階で出てくるのが「原油」と呼ばれる黄色の液体だ。
 「一般の製油メーカーなら、ここでヘキサンという溶剤を使った2番搾りを行い、ナタネに含まれる油分を99.9%まで搾り取ります。ですが、当社ではヘキサンを使わずに、再び圧力をかけて搾るだけ。だから2番搾りしたあとの油かすにも10%の油分が残っているんです」

「生消連携」の力

左から米澤製油の社長の森田政男さん。<br >安田大三さん。 搾った油を精製する工程に米澤自慢の特許技術が使われる。
 1968年に発生した「カネミ油症事件」。約1万4000人にも及ぶ被害者を出し、今なお人々を苦しめているこの事件の原因は、精製段階の脱臭工程で熱媒体として使われ、油に混入したポリ塩化ビフェニール(PCB)だった。
 安全な素材で、油を精製する技術を模索した米澤。75年、「湯洗い洗浄」という、お湯を使って精製する技術の開発に成功している。化学合成薬品を使用する油の製造が業界常識とされる中、画期的な製法を編み出した米澤の姿勢にほれ、同社のナタネ油と生活クラブを結び付けたのが、東京で油を扱う安田大三さんである。
 80年代末、安田さんらは絶滅しかけていた国産ナタネを復活させようと奮闘。北海道、青森などの農協と提携し、産地の育成に乗り出す。それが国内で。“安楽死”しかけていたナタネの生産量を、全国で1000トンまで引き上げる原動力になった。
 だが今、カネミ油症に次ぐ大波が、米澤を苦しめる。原料ナタネの輸入先の西豪州で遺伝子組み換えナタネの商業栽培が解禁されたのである。
 このため、西豪州でのナタネの生産に占める遺伝子組み換え品種の割合は昨年8%、今年10%と、徐々に増える傾向にある。安田さんが問いかける。
 「西豪州が駄目になったから、別の土地で手当てする、そんな安易な考え方じゃ駄目なんだ。遺伝子組み換え自体の流れを食い止める。国内であろうと、国外であろうと、それが提携の精神ではないですか」
 現在、輸入ナタネの量は、カナダと豪州で2200万トン。国内産の自給率はわずか0.04%に過ぎない。だが、それがゼロにならず、踏みとどまっているのは、ひとえに、豪州産の油に10%の国産油をブレンドした「国産ブレンドなたね油」という消費材があったからではなかろうか。
 東日本大震災以来、「一寸先は闇」という言葉が、現実となった日本。いつまで現政権が続くのか、原子力政策はどこに行くのか、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)はどう決着するのか、その予測は実に難しい。
 だからこそ、つくり続ける、買い続ける。生産者は消費者の健康を守り、消費者は生産者の生活を守る関係を、足元から築く。混迷の時代だからこそ、なおさら「生消連携」を意識した食べ方、暮らし方が今、求められているように思えてならない。

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『生活と自治』2011年9月号の記事を転載しました。

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