食の未来に向かう【JA加美よつばのチーム・トマト】
依然として日本の第一次産業をめぐる情勢は厳しい。これに追い打ちをかけた震災と東京電力福島第一原発の事故。日本の食、生産はどうあったらいいのか。課題山積の中、新たな生産に挑む人がいる。
国産加工用トマトへのこだわり
「トマトの検査結果、検出ゼロでしたよ」。JA加美よつばの園芸課長早坂多悦(たえつ)さんの言葉に、コーミの常務取締役牧戸正博さんはほっとした表情を見せた。
1989年、トマト加工品の輸入自由化以来、労働条件の厳しさや温暖化による気候の変化も相まって国産の加工用トマトは減少の一途をたどっている。良質のケチャップをつくる国産原料を安定的に確保するため、ここ数年、コーミでは生活クラブとともに、各地に原料トマトの栽培をよびかけてきた。宮城県のJA加美よつばはこれに応えた有力な産地のひとつ。少しずつこうした産地が増えてきた矢先、原発事故が起こった。
加工用トマト大手2社は福島県産トマトの契約栽培を休止。ここから不足分を補っていたコーミの原料確保はさらなる窮地にたたされた。事故現場からは遠く、放射性物質の吸収率が比較的低いトマトだが、汚染の不安はつきまとう。何より収量は確保できるのか、夏場の収穫最盛期を迎え、牧戸さんの析るような思いは続いた。
必要なものをつくる誇り
「結局、自分たちもかかわれるトマト農場でないと安定確保は難しいんです。その都度原料を買う関係では分からないことが多い。話し合うことで生産現場に何が必要か、加工の立場で何ができるかが見えてくる」。牧戸さんが直接契約の産地にこだわるにはこうした理由がある。
だからこそJA加美よつばに寄せる期待は大きい。組合長をはじめ、農協、農家の人々とも率直に課題を話し合える関係が実に心強いと牧戸さんは言う。
「以前はこの地域でも加工用トマトを栽培していました。ただ外国産が出回るようになり価格が急落、単価が半値を切った時には、さすがに割が合わず誰もつくらなくなってしまった」と振り返るのはJA加美よつば営農販売部長の後藤利雄さん。
コーミから声がかかったのはそんなときだった。後藤さんは言う。「技術的には実績があるし自給力も大事。何よりこれまでの倍以上の価格を提示してくれた。これならやっていける、と始めました」
栽培開始から3年、今、農協の直売所で販売されるコーミのケチャップには、遠方からも買いに来るリピーターが途切れない。
こんな事実を踏まえ、組合長の池田衛(まもる)さんはこう語る。
「安心でおいしいと評価してくれる人がこれほどいることに自信を深めました。ずっと稲作が中心ですが、国は今、せっかくつくった米を膨大なお金をかけて在庫にしている。食べてもらえないものを高く買ってくれと運動するのはむなしいですよ。本当に必要とされるものをきちんとつくる、それは農民の誇りになります。つくり続けていくべき作物です」
今年30人が4.4ヘクタールの畑に加工用トマトの作付けを行った。今年初めて挑戦したという大泉貞雄さん、貞行さん親子は、今年の経験を次に生かすため、栽培方法の研究に前向きに取り組む。
3年目を迎える今野徳郎さんの畑にはつやつやしたトマトがたわわに実り、今年は1反余りの畑で7トンの収穫が見込めるという。
その言葉に「この技術が全体に普及すればもっと収量が上がるね」と牧戸さんの表情に笑顔が浮かぶ。まだ課題は多いが希望は確実につながった。
集落営農で可能性が生まれる
加工用トマトには炎天下、腰を落としての収穫という過酷な労働の問題がつきまとう。生産者拡大を阻む大きな要因だ。JA加美よつばでそれを解決するめどがついたのは、数年前から取り組んできた集落営農によるところが大きい。もともとは、農家の大規模化を促す政策に対応するために始めたことだが、いざやってみると作業が集中する時には多くの人手を投入でき、大型機械を共有すればコストも抑えられる。暑い時期に重労働が集中するトマトの収穫もおおぜいで効率的に行う手だてが見えてきた。
一方、池田組合長はこの共同作業に別の面からも大きな可能性を見いだしている。「何も人民公社をつくろうというのではないですよ。ただ、ばあちやんや定年退職した人も農業に携われる、いくらかの収入や生きがいがある、ひとりひとり生き生きできる方向を考えていると、思いもかけない面白い展開が起こるものです」。
そのひとつが仙台市の消費者との交流だ。集落単位で取り組むグリーンツーリズム事業をきっかけに、学校給食への野菜の納入や食育の活動が始まった。仙台市の団地と災害協定を結んだ際には、その何ヵ月もしないうちに大震災が発生、すぐに米、水、野菜、灯油を持って駆けつけ被災者を支援することができたという。
何かあったときに食べ物がすぐ近くにある、それを届けてくれる人がいる、そうした生産・消費のつながりは食料を海外に依存していたら実感することは難しい。「今だからこそエネルギーや食の自給ができる町を目指したいとあらためて思いました」
おのおのの課題は─
独創的なチャレンジをさまざまにすすめるJA加美よつばだが、放射能問題はやはり避けては通れない。池田組合長はこの事態にも「怒ってもボヤいても何も解決しない」と前向きに構え、「納得のいかないものを食べてもらうことはできないですよ。ダメなものはダメ、と検査して最初からはっきりした方がつくる側も納得できる。米については国の指定よりさらに細かく測る予定です」と対策を示す。ただ「納得のいく基準値内であればそれは食べてほしいという気持ちはある。そうであれば私らもがんばれるんです」と生産するものの心情を語る。
一方で後藤さんは「基準値の根拠がきちんと説明されていないことが一番の問題で、消費者の不安もそこにある」と指摘。「どうであれば納得できるのか、そこから議論を始めてもらえればと思う」と消費者にも課題を投げかける。
つくる人、食べる人それぞれに重い課題をつきつけられた日本の今。それでもやはり生産現場が身近にあることの価値は大きい。牧戸さんは言う。「ケチャップがトマトでできていることさえ分からなくなってしまう、輸入原料だけになればそういう時代がくるかもしれません。畑でトマトを収穫しそれがケチャップになる、生命のつながりを子どもたちに見せられるって重要ですよ」。
◆食べる側から支える生産◆
「実がなっている短期間のうちにいかに多くの人手を確保できるかが一番重要」と牧戸正博さんは言う。炎天下の過酷な作業ではあるが期間は限られる。このアンバランスな労働の問題をどう解決するか。国産の原料にこだわってきた生活クラブでは、組合員自らがここに参画することで解決していこうと、この間さまざまな形で加工用トマトの収穫にかかわってきた。
■生活クラブ愛知の援農
生活クラブ愛知では1998年から豊橋の生産者ヘの援農を開始、2007年からは知多の生産者にも手を広げ、毎年夏、組合員活動として収穫作業を続けている。
10年以上参加しているという大橋悦子さんは「ここ数年は気候があまりよくなく生育に影響しているように感じています。それでもつくってくれる人がいることに感謝。自分ができることでこの畑を守っていければ」と話す。「お母さんが取ったトマトがこのケチャップに使われているかもしれないよと子どもに話しながら料理してます。ちょっと楽しいですよね」とうれしそうに話す人も。生活クラブのどのアンケートでも必ず好きな消費材ベスト3に入るというケチャップ。この味を守りたいという思いが生産を支える原動力になっている。
■夢都里露(ゆとりろ)くらぶ
後継者不足や人手が足りない提携産地で農業や漁業の手伝いをする取り組みとして2007年から始まった生活クラブの全国的な援農システム。交通費は自己負担、宿泊費・食費などは産地から補助があるケースが多い。宿泊施設の有無などで実施が難しい産地もあるが、短期に人手を必要とする加工用トマトの収穫にはメリットがある。JA加美よつばでも昨年から受け入れを始め、今年は3軒の農家が加工用トマトの収穫に活用した。「責重な戦力で助かっています。収穫しきれずに腐らせてしまうことが減りました」とJAの担当者は言う。
■計画的労働参加
ケチャップではないがトマトジュースの原料になる加工用トマトの生産では1995年から「計画的労働参加」の取り組みも続いている。こちらは有償で、経費は消費材原価に組み入れられ利用する組合員が労働を支える形をとる。
『生活と自治』2011年10月号の記事を転載しました。