日本の食と暮らし・いのちを守るために
「交渉のために各国との事前協議に入る」と、野田首相が明言した環太平洋経済連携協定(TPP)問題。野田政権に代わってから交渉参加に向けた動きが急ですが、農林漁業や消費者団体などが反対の声を上げ、11月8日には東京・両国国技館で「TPPから日本の食と暮らし・いのちを守る国民集会」が開かれました。農家や生協、医療団体の代表や地方自治体の首長らが危機感を表明、「交渉参加は日本の食と暮らし、地域社会の崩壊を招く」と訴えました。「食の安全性」も脅かされるTPP。生活クラブは一貫して反対の立場を表明してきました。(2011年12月16日掲載)
TPPは実質的には「日米の自由貿易協定(FTA)」
JAグループなどの生産者団体や生活クラブなどの生協でつくる実行委員会が主催した「TPPから日本の食と暮らし・いのちを守る国民集会」には約6000人が参加しました。JA全中の萬歳章会長は、「TPPへの交渉参加は地域を崩壊させ、食料の安定供給、さらには医療制度に悪影響を及ぼすことは誰の目にも明らか。反対の声を上げているのは農漁業者だけではない。医療分野、自給率向上や食の安全性を求めている消費者も反対の姿勢を示している。交渉参加反対に全力を尽くす」と決意を述べました。
農林水産省によれば、TPPに参加し、何も対策を打たなかった場合、日本の食料自給率は40%から13%へと大幅に低下します。このため、“TPP問題は第一次産業問題”だけのように映りますが、萬歳会長が指摘するように、地域経済の破壊や食の安全性が脅かされる危険性が大きいのです。
生活クラブ連合会は、2011年6月に開かれた第22回通常総会で二つの特別決議を採択しました。ひとつは「脱原発社会をめざしましょう」。もう1つが「TPPに反対し、食料・飼料の自給と飼料備蓄を進めます」です。
TPP問題についてはまず、穀物飼料の約9割を輸入に依存してい点を指摘。実際、東日本大震災で東北から関東にかけての太平洋側の輸入港と物流機能が停止・渋滞したことで、東北をはじめとする畜産業の飼料在庫が逼迫しました。このことをふまえ、飼料穀物の自給力を向上させ、過度な輸入依存によるリスク低減などの必要性に言及しています。
そして、TPPの論点を政府や経済界、マスコミが「工業VS農業」「都市VS農村」という構図にすりかえようにしているとして、次のように記しています。
「TPPは実質的に例外条項なき日米FTAになると言われており、(中略)日本に輸出の恩恵を与えぬまま、日本の農業・金融・保険・医療などの完全市場開放を求めるのが米国の外交戦略です。関税だけでなく、米国が〈非関税障壁〉と批判している日本の消費者保護政策も、緩和、廃止の槍玉にあがるおそれがあります。たとえば遺伝子組み換え食品をはじめとする食品表示制度や、食品添加物・農薬・BSEなどの食品安全基準です」
TPPで後退する食の安全規制
実際、関税ゼロを要求するTPPは、農林水産業を土台から壊すだけではなく、食品安全規制も「非関税障壁」として撤廃の交渉対象となり、食の安全が脅かされる恐れが高いのです。
食品の安全性は、残留農薬基準や食品添加物の使用基準、また、食品を選択する基準として原産地や遺伝子組み換え食品についての表示義務など様々な規制によって守られています。米国はこうした規制緩和の撤廃をかねてから求めていました。
たとえば残留農薬。東日本大震災が発生する前の2月末に東京で開催された「日米経済調和対話」事務レベル会合では、残留農薬や収穫後に使うポストハーベスト農薬の基準緩和を要求しています。また、米通商代表部は、牛肉のBSE対策のひとつだった「20ヶ月齢以下だけの輸入」について、すべての月齢の輸入再開を求めていました(※11月に日本政府は緩和を表明)。
表示義務についてもTPPに参加すると、原産地表示や遺伝子組み換え食品表示について「輸入障壁になる」としてその撤廃を要求する可能性が大きいのです。かつて、米国はEUとの遺伝子組み換え食品に関する交渉過程で「遺伝子組み換え食品である」と表示すると売れなくなるなどとして、表示の撤廃を要求した経緯があります。
さらには、日本で使用が認められていない食品添加物も、「輸入障壁」になるとして、その使用を認めるように要求してくることが想定されます。
ちなみに、遺伝子組み換え食品については2011年12月に、食品衛生法に基づく安全性審査を受けていない遺伝子組み換え細菌を使った「うまみ添加物」が大量に輸入、流通していることが発覚したばかり。厚労省は安全性審査をはじめましたが、海外で広く使われているために審査は通ると見通されています。
TPPに参加すると食品の安全規制は他の協定加盟国と平準化されます。食品安全規制では、米国などの諸外国に比べて基準が厳しい日本が、もっとも大きな影響を受けること必至です。
自給力をつけずに“競争力”は本末転倒
食品安全規制の後退については、11月8日の全国集会で岩手県生活協同組合連合会会長の加藤善正さんが、「生協は食品添加物の規制や遺伝子組み換え食品、BSE問題について消費者を代表して積極的に運動してきた。日本生協連がこの集会を無視していることは遺憾。大震災から立ち上がろうとしている人々の意欲を削るTPP参加は断じて許さない」とアピール。また、大地を守る会の佐藤輝美さんも「TPPに参加すれば残留農薬基準や食品添加物基準、遺伝子組換え食品の表示規制などは緩和されると思う。これでは命と健康を守ることはできない」と危機感をあらわにしました。
TPP問題については生活クラブ連合会の加藤好一会長もこれに反対する発言を続けています。10月26日に東京・日比谷で開かれた「TPP反対全国決起集会」では、小泉政権以来の新自由主義は、生産者と消費者の連帯を引き裂く動きが非常に目立つとした上で、こうアピールしました。「生活クラブはこれまで産地提携に努めてきた。TPPは生産者のみならず、心ある消費者の真摯な営みをも打ち砕くことになる。食品の安全の観点に立って原産地表示や遺伝子組み換え食品反対にも取組んできたが、これまでこつこつとやってきた蓄積が水の泡となるかもしれない。また、協同組合の存在感を失わせるような流れになることを懸念している。TPPを許すわけにはいかない」
また、11月2日には経済産業省主催の「TPP討論会」に反対の立場から出席し、TPP参加は農林漁業に深刻な影響を及ぼし、地方経済が疲弊すると指摘。さらに、農業に競争力をつけることも大事だがより大切なことは自給力をつけることとしたうえで、「自給力が下がった要因はコメの消費量の低下と食の欧米化、そして畜産飼料のほとんどを輸入に頼っていること。畜産飼料の自給力を高める飼料用米は、米国に投じている費用が日本の地方に渡ることを意味する。自給力をつけずに競争力をつけるのは本末転倒」と強調しました。