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「いのちの橋渡し役」の責任【海老澤 衛さん】

生活クラブに農産物を供給する「丸エビ倶楽部(くらぶ)」では原発事故への対策として、収穫した農作物に含まれる放射性物質を測定する機器を購入。結果を開示するとともに、除染対策を進めるなどの努力を続けている。

シイタケに被害は出たが──

 福島第一原発事故以降、「食」のニーズは西日本産に大きくシフトし、東北や北関東産の農産物を敬遠する動きが目立つようになった。
 「日本人1億3000万人、大多数の気持ちはそうじゃないですか。その気持ちはわかります。ただ、実際にだれもがそうした行動をとれば、この先何が起こるのか、生活クラブの組合員には、そこまで考えてほしいと思っています」
 茨城県内の約80人の生産者で組織する丸エビ倶楽部(本社・同県茨城町)社長の海老澤衛さんは、穏やかな口調でそう話す。
 丸エビ倶楽部では、食品に含まれる放射線量を測定するシンチレーション検出器や環境放射線量測定器を購入。メンバーそれぞれが自分の農地の空間線量を測定し、収穫した農産物の放射線量を簡易測定できる体制を整えた。
 「ある程度検査器の針が振れたら、国の機関に送り、精密な測定を依頼しています。検査費用は会員それぞれに自己負担してもらっています」
海老澤衛<span>(えびさわ・まもる)</span>業務部長<br>■提携先  (有)丸エビ倶楽部<br>■提携品目 農産物 海老澤さんは生活クラブ茨城とタッグを組み、水田の土、茎、葉、空間線量を測定、東北大学と連携しているアイコープみやぎにも検査を依頼。茨城町が実施している農産物や土の無料検査も利用する。
 放射性物質の吸着効果があるといわれるゼオライトなどの資材も、会員全員が農地に散布。土壌のセシウムが作物にどの程度移行するかのデータも集積している。昨年10月、生シイタケが出荷停止になったほかには、生活クラブが今年4月に決定した自主基準値を超える農産物はない。

突きつけられた課題

 「3・11」の津波、そして原発事故による放射能汚染で深刻な被害を受けた東北と北関東は、日本の食料自給率を支える一大農村地帯。茨城県は農業産出額で常に全国で3本の指に入る農業県だ。
 「その産地が消えたとき、将来の日本の食料自給をどうするかという課題を原発事故は突きつけました。東日本の生産力の高い農村は、事故前から、最も高齢化が進んでいる地域です。農林水産省が先日、2030年には販売農家が今より64%も減少し、平均年齢は釣72歳になるという予測を公表しました。原発事故は非常に不幸だったけれど、もしかしたら、この先、食料問題で、もっと大きな不幸が訪れるかもしれない。そのことが浮き彫りにされたと思います」
 放射能の低量被ばくによる健康被害については、専門家の間でも意見が分かれているが、そのリスクは軽視できない。しかし、西日本産だけを選ぶことが招く問題にも注意を払う必要があるだろう。すでに、東北産の米や牛肉を他県産として販売した業者が何件か摘発された。
 「1999年の同県東海村の臨界事故で、茨城産の乾燥イモが売れなくなったときも、他県の業者がイモを買い付けにきました。そのような流通の持つ危うさもわかった上で、消費のあり方や食料自給について、考えてほしいと思います」

農産物の放射能を測定する簡易式シンチレーションを社費で購入した

生活クラブの理念に共感

生活クラブ茨城と取組む生産体験田と海老澤さん 海老澤さんが86年に地域で結成した有機農法研究会が前身となり、丸エビ倶楽部は結成された。就農したばかりの海老澤さんは、実は70年代には近代農業の最先端を走っていた。地域で初めて鉄骨ハウスを建て、大規模なトマト加温栽培で成功したという。
 「まだ重油が安くて使い放題だった当時、転作の水田にまでハウスを建て、大量の重油をたいてトマトをつくり、ナスの越冬栽培もやりました。ところが、オイルショックで重油が高騰。炭素燃料には限りがあると初めて気づかされたのです」
 さらに、化学肥料の多用で連作障害が発生しはじめただけでなく、ハウス内での農薬中毒事故も耳にするようになった。それを機に、海老澤さんは、化学肥料や化学合成農薬の使用を極力減らし、土壌微生物を生かす少量多品目栽培の農業に転換した。

会員全員が、土壌微生物を重視した減農薬栽培に取り組む 「畑はご先祖からの借り物で、健康な状態で次世代に渡さなければという使命感がありました。立ち止まって、永続的に続けられる農業を考えたら、循環型農業、有機質を使った農業に行き着いたのです」
 自らの足で歩いて直売の販路を切り開いた。その中で生活クラブと出会った海老澤さんは、その理念にほれ込み、95年に仲間に呼びかけて生活クラブヘの出荷希望者で丸エビ倶楽部を設立した。
 「『食料自給』『食の安全』という生活クラブの理念に共鳴したんです。こことだったら農業を続けられる、息子が農業をやりたいと言ったら、生活クラブとやっていきなさいと言える気がしました」

放射能と冷静に向き合う

 自分の育てた農産物を、海老澤さん(左)と今年入社した長男・挙人さん。「60歳を過ぎ、組織を維持できるよう後輩を育て、受け継ぐのが自分たちの使命になってきたと痛感します」(海老澤さん)自分で費用を負担して徹底的に調べるのは、生産者にとっても辛い。
 「放射能が出たらどうしようとだれもが思います。本当はやりたくない、逃げたいのが心情。それでも、私たちには、食べる人への“いのちの橋渡し役”としての責任があります。だから、食べる側のみなさんにリスクを与えたくはありません。知らないうちに、内部被ばくの加害者になるよりは、出荷しないほうがいい、だから、できる限りのことをやりたいのです」
 だとすれば、食べる側にできることは何か。生産者とともに放射能問題と正面から向き合い、徹底した除染と検査、情報公開をべースに、改めて信頼関係を築いていくことではないか。
 「放射能問題は、本当にいろいろなことを考えさせてくれるきっかけになりました。そう思わないと、やりきれないですよ。セシウム137の半減期は約30年。でも、人間の営みは、それよりはるかに長い。どれだけのスパンでとらえるかで見方も変わってきます。今回の放射能問題で大事なことを見失ってしまわないようにしたいと私自身、思っています」

サトイモやキュウリの生産者たち


さらなる不安に直面する前に─

生活クラブの方針に沿い、予冷庫を購入し鮮度保持を向上。海老澤さん自身が生活クラブ組合員になって自分の出荷物を注文し、どのような状態で自分の農産物が届いているか確認する 福島第一原発事故以降、福島県内の生産者が自殺したと知らされたのは、一度や二度ではない。農業は、有機物が循環する生態系の中で営まれている。その有機物循環の輪の中に放射性物質が入り込んだことに対する絶望感や無力感、なによりも原発に対する怒りは、被災した多くの生産者が胸に抱いているはすだ。
 しかし、「東京電力に対して怒るだけでは、なんの解決にもなりません。放射能は来てしまったのです。それはもう、事実として受け入れるしかないじゃないですか」と、海老澤さんは言い切った。そう腹をくくるまでには、さまざまな葛藤があっただろう。
 「自分たちは食べる人にいのちの橋渡しをしていると思っています。農薬でも化学肥料でも、自分自身の意志と努力があれば、自分の農地に入ることはありません。ですが、今回はそうはいかない。放射能は自分の力では防ぎようがないのです。その意味では、私たち農家は被害者。しかし、自分たちのせいではないからと、検査もしないで農産物を供給したことで、食べた人が内部被ばくしたら、今度は私たちが加害者の立場になってしまいます」
 被害者だからこそ、加害者にはなりたくない。同じ言葉を以前にも聞いた。チッソに海を汚染され、陸に上がらざるを得なくなり、甘夏栽培を始めた熊本県水俣市の漁師たちの言葉だ。
 原発事故は、それ以前から進行していた日本農業の深刻な状況を浮き彫りにした。農業だけでなく、水源を維持してきた林業、近海漁業。すべての1次産業が危機にひんしている。山は外資による買収が目立ちはじめ、漁業の現場では、外国人労働者の姿が目立つ。
 原発事故がなくても、近い将来、私たちは、水や食料を国内でまかなえるのかという大きな不安に直面することになっていたのではなかろうか。
 だれでも放射能の被ばくリスクは抑えたい。まして、幼い子どもの親であれば、子どもを被ばくから守る責任もある。しかし、西日本産の農産物に日本国民全員の食料を供給するだけの供給量はないのも事実。東北産を西日本産に偽装するという問題の背景には、その需要と供給のギャップがあるはずだ。
 長い目で見たとき、考えなければならないことは、まだまだある。放射能問題に正面から向き合い、生産者と話し合うことから、その糸口を探せないか。

文/農業ジャーナリスト・榊田みどり

『生活と自治』2012年8月号の記事を転載しました。

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