ワサビが取り持つ縁【山田 洋平さん】
NHKの朝の連続テレビ小説「おひさま」の舞台となった長野県安曇野市。
ここに特産のワサビを通じて地場産業を守り続けようと励む人々がいる。
伏流水と足音が育てる
ワサビ田を囲った黒い日よけをくぐると、まず目に飛び込むのは鮮やかな緑。一面に生い茂る葉の色だ。足元を流れる水の冷たさと相まって、一瞬で真夏の暑さを忘れる。
ワサビは冷涼な気候を好む。栽培方法により水ワサビ(沢ワサビ)と畑ワサビの2種類があるが、安曇野で栽培されているのは水ワサビ。昔は地面を2~3メートルも掘れば北アルプスを水源とする伏流水に行き当たったため、これを利用した栽培が行われている。
「6、7月が一番収穫が多いですね。夏をどう乗り越えるかが大切だけど、難しいね」
こう話すのは栽培暦40年の生産農家の高山勝さんだ。水ワサビの栽培は基本的に農薬は不使用、病害虫が大量発生した場合でも使える薬剤は二つに限定されている。気温が上がるにつれ、チョウやエビムシと呼ばれる水生生物が農家を悩ませる。青虫は1匹ずつ手で取り去る。エビムシの発生は農地の雑草やごみをこまめに除き、できるだけ水温を低く保つことで最小限に抑える。
「手をかけないと生きものはいうことを聞いてくれない。だから朝に夕に農地を歩いて、足音を聞かせながら育てるんです」
肥料を与えることもない。伏流水に含まれる山からの栄養分だけが頼りだ。なぜならワサビ田の水は下ってマス類の養殖池にそそぎ込む。誰もが安心して恵みの水を使えるようにと、人々がつくりあげてきたルールだ。
産地を守りたい
高山さんの育てたワサビのうち、姿形の良いものは生食用に出荷されるが、かなりの部分が加工用として安曇野市内の加工製造メーカー「マル井」に納品される。社長の井口彰さんは、地元原料にことのほか思い入れがある。
「需要自体は増えているんです。しかしながら生産者の高齢化で、安曇野の生産量は最盛期の半分に落ち込んでいる。現在のつくり手は登録では120戸くらいですが、新たな担い手の育成が急務と考えています」
そして今年、将来の自社生産もにらみ信州大学と共同で栽培技術の研究を始めた。
「大規模化」「効率化」という言葉があまり合わない農作物だけに、今までは個々の農家がそれぞれに“我流”で栽培を続けてきた。地域全体として苗の安定供給の方法が確立されていないことが、生産を不安定にしてきた面も否めない。それだけに産地の未来を見据えたこの実験に、高山さんも協力している。
「今年2月にマル井の社員が苗をもってきたんです。通常、気温の低い時期に定植はしないけれど、もしかすると従来の常識を覆す結果がでるかもしれない、試してみようと引き受けました」
井口さんは大多数の社員をこの実験に関わらせようとしている。
「原料がどうつくられるかを知ることはとても大切なことです。そして、栽培、加工という産業を安曇野からなくしてはいけないという思いを、共有できればと考えています」
生活クラブとの提携
生活クラブのスパイス類の提携生産者である「和高スパイス」との出会いは必然だったといってよい。同社専務の山田洋平さんは言う。
「父(現社長の山田充さん)には、和(日本)のスパイスに対するこだわりがありました。開発にあたっては原料を100%使った無添加の製品をつくるノウハウと力をもった製造メーカーを探して、全国を訪ねて歩きました。原料、包材のほか、本物を追求したいという会社の考え方など、条件を兼ね備えた製造メーカーは限られていたんです」
こうして安曇野産の水ワサビだけを使った「冷凍おろしわさび」が誕生した。
「何も足さない、何も引かない」と山田さんが表現するように、おろしたてを小分けのパックに詰め、急速冷凍させた高品質の製品は、生活クラブの「食べる力」を背負った和高スパイスとマル井の出会いなくして世に出ることはなかった。
その後、生活クラブの組合員からはチューブ入りを求める声が上がるようになった。
「これが“難産”だったんです。生活クラブのオーダーはできるだけ添加物を少なく、というものでしたから。ワサビはおろしたり練ったりすることで辛み成分が出てくるのですが、この風味の寿命はとても短い。マル井さんには何度も何度も実験をしてもらい、ご苦労をおかけしました」
こうして2002年冬にデビューしたのが「おろし本わさび・チューブ」である。冷蔵で流通させることで添加物の使用を最小限に抑えることに成功しただけでなく、原料生産者までわかる国産ワサビを使い、容器の安全性まで追求した画期的な製品となった。
より良い循環のために
現在のワサビの消費動向は二極化か進んでいる。高品質のものが存在する一方で、安価な製品も増えている。加工メーカーとしてはコスト競争に勝ち抜かなければならないのも事実だが、マル井の井口さんは次のように話す。
「ただ単に、コストを抑えれば良いというものではありません。私は、ワサビも含めてこの安曇野の地のブランドカを高めることこそが大切だと考えています。生産者が一生懸命つくったワサビを安定して買い、良いもの、おいしいものをつくり続けたいのです」
そのために欠かせないのは食べ続ける人の存在だ。
生活クラブ用の工場ラインの稼働は1ヵ月のうち1日と、シェアとしては大きくはないが、予約共同購入の力は大きいと和高スパイスの山田さんは強調する。
「『おろし本わさび・チューブ』は当初、天然成分由来の着色料を使っていましたが、生活クラブの組合員の議論を経て除去が実現しました。今後もさらに添加物を使用しない配合をめざして検討を続けたいと考えています」
食べ続けるということは、産地を守るだけでなく、消費者自身の可能性を広げることにもつながると言えそうだ。
◆ワサビについて・和のスパイスについて
【国内外の生産状況】
国内のワサビの三大産地は、長野県、静岡県、岩手県。しかしいずれの産地も後継者不足が大きな課題で、国内の原料供給はひっ迫しているのが実状だ。海外 では中国、ニュージーランド、インドネシアなどで栽培されているが、中国では特殊作物なので、将来的に同国産が枯渇する可能性もある。
【ワサビを使ったレシピ】
刺し身やすしなどの薬味をはじめ、和食との相性がいいが洋風にアレンジすることもできる。
「冷凍おろしわさび」を使った冷製パスタ
(1)トマト1個、モッツァレラチーズ1袋、アボカド1個をさいの目に切る。アボカドにはレモン汁をふりかけておく。
(2)熱湯に塩を入れて4人分のパスタをやわらかめにゆでる。冷水で冷やして水を切り、オリーブオイルをからめておく。
(3)濃縮つゆ、または白だし大さじ2、生クリーム大さじ1、マヨネーズ小さじ2、「冷凍おろしわさび」小袋2袋をよく混ぜあわせ、(2)、(1)の順でからめ る。ワサビの香りが保たれるのが開封して10分ほどなので、つくりたてを早く食べる。アボカドをゆでたブロッコリーやインゲンマメなどに、生クリームを常温でやわらかくしたクリームチーズなどに代えてもおいしい。
※ワサビ本来の辛みと香りを味わうために「冷凍おろしわさび」を使うことがポイント。
【和高スパイス、国産原料への挑戦】
和高スパイスではワサビ以外にも無農薬・無化学肥料で栽培された国産原料を使ったスパイス・ハーブの取り扱いに着手している。「国産唐辛子(タカノツメ)」(やさか共同農場産原料使用)や「ハーブ バジル」(農事生産法人王隠堂農園産原料使用)、「冷凍国産からし」(北海道深川市産原料使用)などだ。 「ここ2~3年でようやく消費材として供給できるようになりましたが、外国産と比べ価格が高いこともあり、思うように利用が伸びないのが悩み」と和高スパ イス専務の山田さんは打ち明ける。
いずれも同品質の市販品を見つけることは難しいものばかり。生活クラブの共同購入だからこそ手に入れることができる貴重な消費材といえるだろう。
『生活と自治』2012年9月号の記事を転載しました。