試行錯誤の連続 それでも「はりま」を育て続ける【群馬農協チキンフーズ】
群馬県吉岡町にある群馬農協チキンフーズは、2004年から国産肉用鶏種「はりま」を生産。
飼育に多くの課題を抱えながらも、「種」の国内自給を目指した試行錯誤を重ねている。
想像以上に困難な現実
「今年4月から7月までは、本当にどうしたらいいのかと、途方に暮れていました」
こう話すのは「群馬農協チキンフーズ」顧問の高橋秀彦さん。群馬農協チキンフーズでは、2004年から国産肉用鶏種「はりま」を生産してきたが、今年の春から夏にかけての飼育はとりわけ厳しいものだったという。
もともと生産農家から「育てにくい」とされてきた「はりま」は、一般の肉用鶏(ブロイラー)に比べ、体重を増やすのに必要とするえさの量が多い。飼育期間も肉のうま味を出すために一般ブロイラーより10日以上長く、健康に育てるために「密飼い」せずに、1坪当たりの飼育羽数を一般ブロイラーより2割ほど減らしている。これでは生産コストに大きな差が出るのは無理もない。
こうした点を考慮し、一般ブロイラーの価格より高い最低保障価格を設定し、飼育が順調なら、生産農家の収入は、一般ブロイラーの場合に劣らないよう配慮する。
だが、はりまの飼育には想像以上の困難が伴う。とくに08年以降は、生産農家から「(生活クラブ用のはりま飼育から、市場流通向けの)一般ブロイラーの飼育に変更したい」という声が聞かれるまでになり、農家の確保に苦慮するようになったという。
何とか無事に育てたいが―
最大の問題は無事に出荷するまで生き残っているニワトリの比率が極端に落ちる育成率の低下だった。一般ブロイラーの場合、育成率は、平均で96%程度。ところが、08年に、はりまの育成率は90%を切り、今年前半には87%以下まで落ち込んだ。
つまり、10万羽飼っていれば、そのうち1万羽以上が途中で死んでしまったことになる。
「育成率は悪いわ、えさはたくさん食べるのに体重は伸びないわ……。そういうときは、作業も大変で、死んだニワトリを持ち運んで片付けるのに忙しくて、生きているニワトリを管理する余裕がなくなり、やる気もうせていってしまいます」
育成率の低さの原因のいくつかは、はりまが生まれ持った特性にあるという。まずは、適応できる温度帯が狭いこと。夏の暑さ対策は、鶏舎の中に細かい霧を発生させる装置を使い、扇風機を回すことで改善したが、冬は、一般ブロイラーなら耐えられる気温でも死んでしまうことがある。群馬県内には、冬場の外気温が氷点下15度まで下がる土地に建つ養鶏場もあるが、はりまは開放鶏舎で育てるのが生活クラブとの約束だ。
また成鶏になった段階で心臓の冠動脈に異常をきたし、突然死するケースが多いという課題もある。もともと血管が弱い品種で、脂肪が一定以上になると、心臓が負担に耐えきれなくなるという。
なぜ「はりま」なのか?
これらの課題を抱えながらも、生活クラブがはりまの普及を呼びかけるのには理由がある。
全国で1年間に食べられている鶏肉は約6億羽分とされるが、このうち、はりまの流通量は、170万羽。全体の0.28%という希少価値を持つ純粋な国産の鶏種だからだ。
日本の鶏肉は、英国の会社が所有するチャンキー種と、米国の会社の所有するコッブ種で、流通量全体の98%近くを占める。1955年から65年にかけて海外の種鶏の輸入が自由化され、これら輸入鶏種が、あっという問に主流になった。
外国鶏種の場合、種鶏を特定企業から輸入し続けなければ、ニワトリを飼育、出荷が続けられなくなり、鶏肉の生産もやがてストップすることになってしまう。そこで、農林水産省が65年以降に力を注いできたのが「ニワトリの種」の自給を視野に入れた育種事業だった。
しかし、生産効率で海外種鶏に匹敵する品種をつくり出すことはできず、農水省は肉のうま味など、日本独自の視点での開発に方針を転換。そこで誕生した鶏種のひとつが国産肉用鶏種はりまだ。生産効率では、今も、圧倒的に外国鶏種に軍配が上がる。
それでも、「種の自給」を重視する生活クラブは、はりまを選択した。飼育試験に応じてくれる提携生産者を探すなかで出会ったのが、養鶏業界で無投薬飼育の草分けとして知られる群馬農協チキンフーズだった。
一般飼育の“常識”を捨て
苫戦してきたはりまの飼育は、ここにきて、ようやく明るい兆しが見え始めた。
改善のきっかけは、同じくはりまを生産する生活クラブ提携先の秋川牧園(山口県)での勉強会だった。これを機に、同チキンフーズはいくつかの飼育法の変更を試みたという。
一般ブロイラーでは、初期段階で体重を増やすのが常識とされ、同チキンフーズでも、それに倣っていた。
しかし、はりまの場合、「初期体重を増やすと成鶏になってから必ず問題が出る」と秋川牧園の生産農家は口をそろえた。
「考えてみれば、10日間以上も一般ブロイラーより飼育期間が長く、そんなに焦って大きくする必要はないのだと頭を切り換えました」と高橋さんは言う。
また、ブロイラー飼育では、夜間も照明をつけておくのが普通だが、日照時間にあわせて夜の点灯をやめた。寒さ対策も、鶏ふんを発酵させたたい肥を鶏舎の床に敷き、その発酵熱で鶏舎を温める方法を現在、試験中という。
こうしたなか、良好な飼育成績を出した農場のひとつに同チキンフーズ直営の藤岡農場がある。農場長の吉村敏明さんは、工場の鶏肉製造ライン勤務から、今年5月に農場に移ったばかり。
「来たばかりのころに『はりまはどんどん死ぬからね。驚かないで』と、前の農場主から聞いていたので、1回目の育成率が悪くても、こんなものかなと。ところが、2回目の飼育が好成績。わずか半年で、両極端を経験しました」と苦笑する。
長いトンネルを抜けたとはいえ、これからも試行錯誤が続く。
それでも、「外国鶏種を飼育した経験がないから、はりまと他の鶏種を比較することがないんですよね。工場の製造ラインにいたときから、はりまは育成率が低い、体重が伸びないと聞かされていたし、ずっと製造ラインで肉を見てきたので、飼育は始めたばかりでも、はりまに親しみがあります」と吉村さんは、今後の飼育に意欲を見せる。
食べる側と生産する側。両者の思いが重ならなければ、事業は成り立だない。それが、提携の難しさでもあり、国産鶏という新たな価値の創出につながる力の源泉でもある。
◆道のりは遠くても、夢がある
文/農業ジャーナリスト・榊田みどり
現在、生活クラブに供給されている「はりま」は、年間約170万羽。群馬農協チキンフーズ、秋川牧園、オンダン農協の3社と提携しているが、なかでも、群馬農協チキンフーズは、約92万羽で、生活クラブヘの供給量の5割以上を飼育する。試験的な供給を始めた当初、生活クラブの組合員の間では、「めざせ200万羽!」が合言葉だった。そこまで増やせれば、事業規模として安定し、養鶏業界に一石を投じられる。実際、一時は200万羽にあと一歩まで迫り、メディアでも注目された。
その後、生活クラブの利用は減少。その背景には「市販の鶏肉より価格が高い」「カットしていないむね肉やもも肉1枚単位では調理が面倒」などといった組合員の声があるという。しかし、はりまが「生活クラブだけが扱っている、ごく希少価値の国産鶏種」という存在にとどまれば、いずれは存亡の機に直面する恐れもある。
はりまの強みは、食肉になる親鶏の原種鶏、さらに、原種鶏を交配するための原原種鶏と、3世代前までさかのぼって、国内で飼育されている点にある。現在、日本では種鶏の94%を輸入に頼り、これを前提に国内の養鶏業が営まれている。商社主導の輸入鶏種の場合、輸出国での鳥インフルエンザなどの疾病流行などで、ひよこの輸入が止まれば、国内養鶏にダイレクトに影響が出る。これを避けるには「種の自給」を進めるしかない。
しかし、現在、はりまの原原種鶏を所有しているのは、兵庫県にある「家畜改良センター兵庫牧場」のみ。もし、この牧場の原原種が鳥インフルエンザに感染したら、はりまの生産は不可能になってしまうだろう。
一方、チャンキ一種やコッブ種など、グローバル化している鶏種は、リスク回避のために、欧米、オセアニア、南米などにまで原原種を分散し、万が一に備えている。これだけを見れば、現段階では、はりまのほうが高リスクとの見方も成り立つ。
だとすれば、国産鶏種の取り組みは「意味がない」のか。決して、そんなことはない。リスク分散の体制をとれる生産規模まで拡大して初めて国産鶏種は「真の強みを持つ」ことになるだろう。
2009年から、政府が畜産への飼料米導入に踏みきったのも、9割以上を輸入に依存するえさ原料を少しでも自給しようという試みだ。現在、飼料米の使用率は10%まで増加した。以前は、輸入飼料とのコスト差が大きな壁だったが、08年を超える今年のトウモロコシ相場の高騰で、その壁は一気に低<なり、飼料米を使うほうがコスト面でも有利な状況が生まれつつある。世界的な食料争奪が始まっている今、時代は変わりつつある。
はりまの取り組み実験は、まだ軌道に乗ったとは言い難い。しかし生産者とともに次の時代に向けて新たな価値を創造する実験をしていることを忘れてはならない。たとえ道半ばでも、そこには「食」の未来につながる夢がある。
『生活と自治』2012年12月号の記事を転載しました。