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3・11を乗り越え変わらぬおいしさを未来に【箒根酪農業協同組合】

3・11から2年。箒根(ほうきね)酪農業協同組合と新生酪農は、牛乳から放射性物質は検出させないと懸命に試行錯誤を重ね、答えを少しずつ見出してきた。

いまも続く苦悩

 成牛180頭を飼育する「あぶらや牧場」を経営する箒根酪農協の藤田与一さん(60)は、この2年間を振り返り、淡々と話し始めた。
 酪農を始めたのは、父だった。那須高原には、戦後、多くの開拓民が入り、土地を開拓して酪農先進地帯となった。
 藤田さんの家は、開拓地ではなく那須の旧村地域にあり、明治時代は、ナタネなどの油を絞る油屋だった。
 すでに戦前に油屋は廃業し、畑作中心に農業を営んでいた父親が、藤田さんが小学1年生のころ、開拓農家から1頭の乳牛を連れてきたのを覚えているという。
 那須高原は本州における牛乳のブランド産地だった。「○○那須高原牛乳」のように「那須」は高品質牛乳の代名詞として人気を集めていた。しかし2011年の福島第一原発事故後、事態は一変、震災直後はその対応に四苦八苦した。
 「震災後の計画停電で、電気が止まった。搾乳できなくなり、乳がはって痛い牛たちは、人が来ると泣きながら追いかけてきた。かわいそうでしたね。でも、電気がなければ搾った生乳の冷蔵保存もできない。混乱する中、なんとかリースで自家発電機をそろえました。もちろん自己負担です。」
 原発事故の影響が明らかになったのは5月、自給飼料の牧草を刈り取ったときだ。栃木県の検査で放射性物質が検出され使用禁止となる。夏に収穫したニ番草も、ほ場によっては放射線量が高く、箒根酪農協は独自の判断で「使わない」と決めた。

余儀なくされた輸入飼料依存

藤田与一さん(中央)をはさんで、後継者の宗隆さん(左)と妻の恵子さん。宗隆さんは「酪農は努力した分だけ結果がついてくる仕事」と未来に目を向ける 乳牛の飼育には、乾草などの粗飼料と、コーンなどの穀物飼料の両方が必要だ。近年は、北海道を除き、粗飼料も穀物飼料も、ほぼ輸入飼料に依存するようになっている。
 那須高原は、自給飼料をある程度は栽培でき、本州では数少ない酪農地域。その強みを生かし、箒根酪晨協の酪農家は、飼料の栽培を拡大してきた。藤田さんも、イタリアングラスやライ麦、飼料穀物のデントコーンなどを栽培する。11年3月3日、新たに5ヘクタールを購入し、飼料作物の栽培面積が20ヘクタールになった。原発事故は、その約1週間後だった。
 牛の体重は平均約600キロ。1日約30キロのえさを食べる。180頭の牛が食べるえさは、1日で約5トン以上に及ぶ。その全てを輸入に頼らざるを得ない。しかも、昨年末に円安に移行してからは、飼料価格は右肩上がりだ。
 「毎月1キロ当たり1円から2円価格が上がる。25トンのコンテナの価格が1日で5万円くらい上がっていくんです」
 牧草、デントコーンに続き、稲わらの汚染も深刻だった。藤田さんは、牛ふん堆肥を稲作農家に提供するかわりに稲わらをもらい、牛舎に敷く材料として使うという地域資源循環を実践していたが、その輪も途切れた。
 風評被害も追い打ちをかけた。箒根酪農協では、生活クラブ以外に群馬県内の乳業メーカーにも牛乳を出荷していたが、この年は“那須”とつくものはいらない」と突き放された。

徹底した放射能検査体制

飼料は畑ごとに検査を徹底する 絶対に生乳から放射能を出さないという強い思いで、箒根酪農協は昨年6月、乳製品を製造する「新生酪農」、酪農団体の「千葉酪農クラブ」とともに、生活クラブ生協の支援も受け740万円かけて検査機器を整えた。組合員の畑や収穫した飼料作物、搾った生乳など、すべてを検査する。
 酪農が盛んな栃木県では、1キロ当たり3ベクレル以下という県独自の厳しい指針を示し、箒根酪農協もこれにのっとる。飼料から生乳への、放射性セシウムの移行率は、0.0046%。そこから自給飼料の使用許容量を割り出し、与える量を制限することで、生乳に放射能が移行しないよう、管理を徹底している。
 データをとり続けたことで、どの畑の放射線量が高くどの畑は低いのか把握できた。デントコーンは、地面からなるべく離れた上部だけにすれば放射性物質の検出が少ないこともわかった。放射能との向き合い方が次第に見えてきた。
 「土壌や草に放射性物質がないとは一言も言いません」と箒根酪農協総務課長の印南(いんなみ)智久さんは言う。
 「ただし、牛に与えるものはきちんと検査し量も管理、生乳からは出ないように努めています。だから安心して飲んで大丈夫と話しますし、そのことを、提携関係の中で理解してもらうしかありません」

この牛乳がなくなる事態も

印南智久さん 「あと30年は、検査を続けないといけないでしょうね」と印南さん。当然、それだけのコストがかかる。さらに、飼料高騰、環太平洋連携協定(TPP)問題。酪農をめぐる環境は厳しさを増している。
 しかし、藤田さんは前向きだ。息子の宗隆さん(30)という後継者もいる。
 「あのときのしんどさを忘れなければ前に進めません。いろいろ努力しても、食べる段階でどうか、その結果がすべてです」と気を引き締めながらも、「ただ、『牛乳はあまり売れないから搾らないで』と言われるほどショックなことはないですね……」
 生活クラブの牛乳消費量は、3・11で急減して以降、なかなか回復しない。
 このままでは、新生酪農の牛乳工場の存続さえ危ぶまれる事態になりかねない。生活クラブが酪農家と共同出資してつくったこの工場がなくなれば生乳の処理は大手工場にゆだねるしかなくなる。
 この結果、非遺伝子組み換え飼料の使用や、一般よりも低い細菌数など品質にこだわってきた箒根酪農協の牛乳は、大量流通している一般の生乳と混ぜられ、超高温殺菌で出荷されることになる。
 関東地方で流通している牛乳は、北海道から運ばれてくる一部を除けば、千葉や栃木など関東圏産が大半を占めるが、「この地域で、私たちほど放射性物質の検査をきっちり継続している生産者グループはないと自負しています。誰が搾っているかわからない牛乳より、27軒の顔がわかる、しかも、こだわって生産している新生酪農の牛乳の優位性をぜひ理解してほしいです」と話す印南課長は、最後にこう言った。
 「自分たちでできることはやります。あとは組合員の方たちにこの価値を守ってもらうしかないと思っています」


安心・おいしさをぞのままに、さらに利用しやすく

組合員のための工場

 「新生酪農は生活クラブ組合員の工場なんです」と新生酪農に原乳を供給する箒根酪農業協同組合の印南智久さんは言う。
 1970年代、第4次中東戦争をきっかけに原油が急騰(石油ショック)、これに便乗する形で牛乳の不明瞭な値上げが続いた。疑問をもった組合員が、生産者と直接提携することを目指し、自ら出資して設立した牛乳工場が新生酪農だ。以来34年間、自分たちの工場というメリットをフルに活用し、大手牛乳工場ではできない価値をさまざまに実現してきた。
 「うちの酪農家27人は全員が同じ方法で原乳を生産します。遺伝子組み換えでないえさ、原乳の風味や栄養成分を破壊しない72度15秒間の殺菌を可能にする衛生管理、徹底した放射能検査。みんなこれまで生活クラブの意見でともにつくってきたやり方です」

新たな試みへの挑戦

牛の健康に配慮したゆったりとした牛舎 生活クラブの第7次牛乳政策は、せっかくここまで築いてきた品質を手放さないために、なんでもできることに挑戦してみようと昨年提案された。 2013年度から本格的に始動するこの計画では、より多くの人が利用できるよう、200ミリリットルのびん容器など新しいアイテムづくりにも挑戦する。
 新生酪農常務取締役生産本部長の菊池裕二さんは「自動販売機でペットボトルを買えば1本150円。うちの牛乳は900ミリリットル入って278円以下です。決して高いとは思いませんが、それでも高齢者などには利用しにくい面もある。200ミリリットルにすれば容器代を入れても1本100円以下にはなりそうです。それなら購入できるという人も増えるのでは、と実験してみることにしました」とその経過を説明する。
 まずは生活クラブ東京と神奈川の福祉クラブで実験を行い、その結果、利用量が増えるようであれば全体に広げていく計画だ。ほかにコーヒー飲料、500ミリリットルの紙パック(デポー用)などの製造も予定されている。
 「今の時代、食費を削って趣味にお金をかける人が増えています。でも、自分の体をつくるものの経費を抑えて本当に大丈夫でしょうか。遺伝子組み換え作物も収穫後農薬も放射能もすぐに影響がでるものではないけれど、長い目でみればやはり心配ですし結果がでてからでは遅いんです。そのことに気付いてもらうきっかけになれば」と菊池さん。新しいアイテムによって利用する人を増やし、生産者も組合員もお互いに元気になっていきたいと話す。

(本紙・宮下 睦)

『生活と自治』2013年5月号の記事を転載しました。

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