ウッドファーストでいこう!心と体を育てる木のぬくもり
「家の中で木製品をさがしたら、冷蔵庫のかまぼこの板だけだった」。これは、木製品の提携生産者である㈱酒井産業の社長 酒井寛さんが東京で暮らす友人から聞いた話です。確かにまな板やみそ汁椀など木製品が当たり前だった道具も、プラスチック製品に変わり、木を暮らしの中で使う機会が減ってきています。
生活クラブでは、2013年度より木製品や木のおもちゃの共同購入などを通じて、間伐材の利用を促進するとともに、木育えほん「木とあそうぼう!もり うみ こども」を発行して木育の活動に取り組んでいます。
今回は、木育えほんの監修にご協力をいただいた埼玉大学教育学部教授の浅田茂裕氏に木を暮らしに取り入れる効果について、お話をうかがいました。
浅田茂裕氏:埼玉大学教育学部教授、木材工学/木質材料学/技術教育学を専門領域とし、小中学生に対する木を使ったものづくり教育の効果など,木材利用と教育について研究を進めている。木づかい子育てネットワーク理事長
――木製品はプラスチックや金属製品と比べ、使っていると温かみを感じます。
木材の断面を顕微鏡でのぞくと、四角や六角形の穴が開いていることがわかります。その一つひとつが細胞の空洞で、ここにたくさんの空気を含んでいます。空気は熱伝導率が低いため、空気を多く含む木材は熱を伝えにくくなります。「木材にはぬくもりがある」と言われる理由の一つは、熱を伝えにくい空気をたくさん含んでいるからです。木材そのものが熱を発しているわけではありません。金属などの鉱物と違い、木材と触れる人の体温が奪われない性質からなんです。
また、温かみを感じるのは心理的な要因もあります。右の図の中でどれが一番見やすいでしょうか?
人は整然としすぎているものに対して違和感を強く感じます。もともと森など自然界に住んでいた人の目は、Cのストライプのような自然界にない、不自然な状態に対してストレス反応を示す傾向があります。
一方で、Aの木目のような適度な規則性のあるゆらぎは、人間に安心感を与え、気持ちのゆとりや安定を与えてくれるんです。
まったく模様のないBも落ち着かない感じがしますね。これは、奥行きや視点に落ち着きがない空間や場所に漠然とした不安を感じていると考えられます。暗闇の中やアフリカの草原に1人で取り残された状況を想像してみてください。隠れる場所がないという漠然とした恐怖を感じるはずです。心理的な実験では、木目を見ているときよりも、真っ白な壁を見続けることで、不安感や怒りの感情が増すということが確かめられています。このような複合的な要因で人は木製品に対して温かみや愛着を感じているのではないかと考えます。
1985~86年に、静岡大学で木製・金属製・コンクリート製の飼育箱でマウスの生存率を比較する実験が行なわれました。その結果、マウスの生存率が一番高いのは木製の飼育箱でした。金属製・コンクリート製の飼育箱では、子ネズミが低体温となり、お母さんネズミの母乳量も十分でなかったことで成長が遅れたと考えられます。お母さんネズミが自分の体温維持のためにカロリーを消費し、母乳をたくさん作ることができなかったのでしょう。赤ちゃんネズミでは内臓の発達まで遅くなるという結果が出ています。
この実験結果は、環境が子どもの成長に大切であるということ、そして成長に良い環境を整える上で、木材などの自然素材は非常に親和性が高いことなどを示唆していると考えています。
――木材の防虫・防菌効果について教えてください。
昔から防虫剤に使われてきた樟脳(しょうのう)の原料となるクスノキですが、6時間くらいでダニが動かなくなり、ほぼ死滅します。クスノキの匂い成分に虫の忌避効果があるから、箪笥に入れておくだけで抜群の防虫効果を発揮します。
ヒノキやヒバでも、24時間たてば約90%のダニが死滅するという結果があります。木の匂い成分などは5~10年かけてゆっくり出続けるものなので、乱暴な言い方ですが、木製品なら放っておいてもある程度大丈夫と私は思っています。また、木製品なら陰干しでも菌などの繁殖は抑えられます。それでも気になる方は、ぬるま湯を固く絞った布で時々拭いたり、自然由来の植物性オイルをつけた布でこすって汚れを落とせば、清潔さは十分保てるし、長く使っていけます。
木製品に消臭・除菌スプレーをかけるというのは、簡単な方法ですが、私はあまり賛成できません。これらのスプレーの多くはエタノールが主成分であり、酸化する過程でアセトアルデヒドに変化するからです。アセトアルデヒドは厚生労働省が室内濃度の指針値を定めるVOC(=揮発性有機化合物)であり、シックハウス症候群の原因物質の一つとされます。消臭・除菌する代わりに、空気汚染物質を室内に蓄えてしまうことになります。
とはいえ消臭・除菌スプレーを使う場合もあるでしょう。その際は換気をするなど正しく使うことが必須です。通常の使用の範囲では木製品本来の「木材のちから」を信じてよいと思っています。
――木のおもちゃが暮らしや子どもの成長にもたらす効果について教えてください。
木のおもちゃは、お年寄りと子どもをつなぐ橋の役割も持っています。木のおもちゃは遊び方が単純で、どのように使えばよいのかとてもわかりやすい。また、木のおもちゃは丸く、曖昧な形をしているものが多いですね。この曖昧さが子どもの見立てを多様にします。木製の車のおもちゃが動物やままごと遊びの食材として使われるのを見たことがあります。こうした見立ては大人感覚では理解が難しいのですが、お年寄りはそれを許容するおおらかさを持っていて、子どもたちの世界にスムーズに入っていけます。
また、積み木遊びには、高く積めば積むほど不安定さやスリルが増し、わくわくするといった感情や対話を生みます。高く積もうとするとそっと置くなどの技能や集中力を要する。それが子どもの自己効力感を確認する遊びにもなります。それはお年寄りにとっても同じように重要な場合があります。
木のおもちゃは単純な遊びに見えるけれど、子どもの遊びをダイナミックにしてくれる。挑戦心であるとか、複数で遊んでいれば協調性など、社会性を育てる遊びができます。
私は、子どもたちとお年寄りが隔離されるのではなく、多様性を認め合う存在としてつながりを持つべきと考えます。この世代を超えたコミュニケーションの道具の一つとして、木のおもちゃが活用できるのではないかと考えています。
――国産材を普及させていくためのカギはなんでしょうか?
簡単に言えば「使う」ということですね。昔は、木材は人の暮らしになくてはならないものでした。たとえば、桐は軽く加工性が高いためタンスの引き出しに、黒檀などの重く、固い木材は加工は難しいけれど丈夫で摩擦に強いため、船の舵や軸などの部分にと、適材適所で活用されていました。人がいろいろな場面で木材を使っているのは、色、木目、強度、重さなど、ほかにはない多様性があるからです。
しかし、いまの日本の林業は良くも悪くも補助金頼りになっています。木材の需要が減り、価格が低下している現在、自立した林業・持続性を持った木材生産国であるためには、一人ひとりが国産材をまず使い、使ったお金を「山」に回すことが必要です。いま、必要なのは森林を育てるために木を植えることより、切った国産材を使って、健全な林業を守り育てることなのです。
そして、セイフティファースト(=安全第一)、クオリティファースト(=品質第一)という言葉があるように、ウッドファースト(=木材第一)を合言葉に、暮らしの中に木材を優先的に取り入れましょう、と伝えたいです。
まずは、私たち一人ひとりの暮らしの中の選択は、産業を育てること、あるいは残すことにつながっている。プラスチックを使えば石油化学産業が発達し、木材を使えば木材産業が発達し、結果的に持続的な生産能力を持った森林が育成される。そうした認識と覚悟が必要なのです。
――でも、国産材を使った製品は高いという声も聞きます。
いまは、世界中で最も安い木材は日本の木材かもしれません。国産材の価格が低下しているので、中国はじめ世界中から買付けに来ているほどです。なので、国産材は高いというのは誤った認識です。また、木製品を用途だけで比較するのは間違いだと思います。プラスチック製品と比べてどちらが長く使えるか、どちらが機能的に優れているかなど、多面的に考えて選んでほしい。例えば、木のまな板は抗菌作用を継続してくれます。洗って乾燥さえすればいつでもきれいです。もし、カビが発生しても表面だけ削ってしまえばもう一度新しい性能を発揮できます。こうして昔は木製品を10年も20年も使っていました。プラスチックのまな板は抗菌コートが貼られていてもキズがついて2~3年でダメになってしまいますね。木の器であれば、温かいスープも入れられるし、長く使って家族の宝物になります。落としても割れず、傷がついてしまってもそれが思い出に変わる。傷がつくのではなく、傷が残ると考えればどうでしょうか。
木の積み木はブロックとよく比較され、木の製品は高いという印象を最も強く感じさせる製品の一つです。でもこの2つは全く別のものと気づいていない人はたくさんいます。プラスチック製のブロックは精度がよく、色も鮮やかで、しっかりと組み立てられるため立体表現に向いたおもちゃといえるでしょう。一方、木製の積み木は一つ一つ木目も違い、色合いもそれほど鮮やかではありません。組み立てても崩れやすいという特徴があるため立体表現にも限界があります。しかし崩れやすいという特徴は立体バランスの感覚を養い、より難しい課題(例えばより高く積む)に挑戦しようとする意欲や巧緻性、集中力を育てます。単純な木の積み木は幼児期から少年期まで成長段階に応じて長い期間使えます。幼児用のブロックはありますが、幼児用の積み木ってありませんよね。積み木とブロックはそもそも比較される対象ではなく、値段が違うのは当然なのです。
木と仲良くする術を忘れているから、木製品が高く見えてしまうのでしょう。木のまな板を買うことはいかに賢いことか、木の積み木を与えることが子どもの発達にいかに貢献するか、みなさんに知ってほしい。木製品の良さをいろいろなところで共有し合えれば、もっと暮らしの中に木製品を取り入れる人が増えると思います。
【2014年12月8日掲載】