アナゴで浜と食卓をつなぐ
魚の水揚げが減少傾向を続けるなか、いかに品質よく安定的に魚を食卓に届けるか。山口県下関市で水産加工業を営む「シーサット」は、漁業者、魚市場とタッグを組み、新たな水産業を模索し始めている。
変わりゆく水産現場
「かつては市場に行きさえすれば魚はいくらでもありました。特に下関にはあらゆる魚種が集まり、その場で脂ののった、鮮度のいい魚を選べたんです」と話すのはシーサット社長、辻村芳樹さん。しかし、近年は、各国との漁業協定による漁場制限や海洋環境の変化、乱獲などの影響で、国内の漁獲量は減少の一途をたどる。ピーク時25万トンあった下関漁港の水揚げはいまや2万トンにも満たない。加工原料となる魚の確保を下関周辺から遠隔地にも広げるが、サイズや品質のばらつきが大きく、年間を通じて質の良い魚を確保する厳しさは年々増しているという。
何より深刻なのは漁業者の減少だ。輸入品の増加で思うような値がつかず、燃料費などコストの高騰が追い打ちをかける。国内に100万人以上いた漁業者は現在約17万人で、65歳以上が約3分の1と高齢化も進んだ。
この状況を打開しようと、近年では市場を通さず、直接大都市の商社やメーカーと提携する漁業者が増えてきている。
「自分でとったものに自分で価格をつけて売りたいというのはある意味自然な流れです。加工会社としても黙って市場で待っているわけにはいかなくなりました」と辻村さん。シーサットは提携先の9割が生協で、生協とのつきあいは長い。かつて養殖魚を扱った際には、抗菌剤などを使用しない漁業者を選んでほしいとの希望に応え、産地を特定して提携した経験があり、その下地はできていた。
2011年、辻村さんは福岡県内5つの漁協の漁業者たちを招き、アジフライのトレーサビリティーについて学習会を開催。「何月何日に○○丸が水揚げしたアジは、うちで加工しこんな形で消費者の食卓に届けられています」と説明し、消費者との直接提携を広げていきたいとよびかけた。
「若い漁師たちがこれならぜひ一緒にやりたいと言ってくれたんですよ。うれしかったですね」
こうしてスタートしたのが、福岡県鐘崎漁協(現・宗像漁協)とのアナゴの提携だった。
動き出した連携の輪
だが、水揚げがいつあるか、どんなサイズ・品質か予測のつかない天然アナゴをいつでも全量引き受けるのは、現場の担当者にとって容易ではなかった。「よそが多少高い相場のときもシーサットには一定量必ず届けるという関係を築くまでに3年かかりました」と同社商事部長で鮮魚担当の兼本整一さんは言う。
大小さまざまなサイズでも処理、対応できるという加工会社としての強みはあった。漁業者が人手や保管がしにくいえさは、独自のルートで仕入れた規格外の小魚やイカを冷凍保管しておき、容器とともに漁業者に提供もする。水揚げしたアナゴを直後に生きたまま氷じめにし、鮮度のいいまま下関へ運ぶのも、シーサットならではのノウハウだ。
「以前は、1匹ずつ首を切って出荷しなければならなかったからその手間は大変だった」と話すのはアナゴ漁船の船長、北崎信明さんだ。何より、最低価格を保証してもらえることで、安心して漁ができるようになったと笑顔をみせる。
両者の橋渡し役として情報提供や調整機能を担った下関唐戸魚市場の営業部次長、阿部日佐夫さんの役割も大きかった。「漁師の暮らしが成り立つよう、食べ手の情報を伝え販売方法を提案するのがこれからの市場の役割」と阿部さん。加工原料に代替品や鮮度の悪いものが使われるのは昔からよくある。「とった人がわかるアナゴをそのまま届け、まちがいのない加工をして食べてもらう、あたりまえのようですが貴重な提携です」と産直の意義を強調する。
宗像漁協では、若手後継者を中心に数年前から消費者との交流や資源管理などに積極的に取り組んできた。今回の提携もその流れの延長にある。組合長の中村忠彦さんは「ここのアナゴはなんといっても新鮮さが売り。漁協で加工しブランド化することも計画しているが、人手や技術など課題も多い。提携と平行しながら徐々に進めていきたい」と話す。
魚のおいしさを届けたい
こうした新たな試みも「最終的に食べてくれる人がいればこそ成り立つ」とシーサットの辻村さんは力を込めて言う。
シーサットは鮮魚の仲買からスタートし、規格外の魚をなんとか生かしたいと加工にも乗り出した。当初は、量販店向けに添加物を使った製品を製造していたが、地元生協との提携をきっかけに生協仕様に一本化する。そもそも原料や製法の異なる2種類のものを同じに場で、少しも交ざることなく生産するのは無理がある。現場の混乱を回避するための判断だった。
その結果、量販店との取り引きは中止となる一方、生協との提携は、食べる側の意見を直接受け止め、話し合いながらその実現をめざす新たな方向性をもたらした。
「みなさんの意見に真剣に取り組む中で、多くの技術力、開発能力を身につけることができました」と辻村さんは振り返る。
今、辻村さんの一番の願いは「子どもたちにもっと魚を食べてもらいたい」だ。苦境が続く水産業界の関係者の誰もが願うことではないかという。
鮮魚仲買からの出発だから、魚の目利きにはこだわりと自信がある。それを生かしつつ、食べやすいよう、硬さや味、骨の処理などをいかに工夫するか。小さな子どもにこそ、本当の魚のおいしさを伝え、漁業者の思いをつないでいきたいと辻村さんは未来を見据える。
◆鮮魚の良さをそのまま加工
原料の見極め
「『安くても鮮度の悪いものは仕入れるな』がわが社の基本」とシーサット商事部長で鮮魚担当の兼本整一さん。添加物使用に厳しい規制のある生協との提携を続けてきたシーサットでは、「鮮度のよくないものは良い製品にできない」という考えのもと、原料の仕入れには徹底したこだわりをもつ。あらゆる魚が集まる下関漁港で数知れない魚を扱ってきたからこその自信が製品の質を支える。「素材の持ち味を生かした加工がシーサットの特徴。ぜひその良さを味わってほしい」と社長の辻村芳樹さんは言う。
専門施設で素材を生かす
シーサットには、第1工場から第3工場まで、製品の種類に応じて3つの工場がある。「最初はアジも塩焼き用だったのが、えら腹抜き、フライ用、刺し身と、食べる側の要望に応じて製品開発を進める中で必要な生産設備を増やしてきました」と辻村さん。衛生管理を徹底した生鮮専門の設備をもつ第3工場では真空前に加工・凍結を行う。凍結前に真空にすると魚が圧迫されドリップが出てしまうが、この方法だとおいしい状態が保てるという。
子どもに食べやすい工夫
魚をさばく技術は難しく、魚の下処理や焼き魚の煙を敬遠する消費者が少なくない。消費者のライフスタイルの変化が魚離れを加速させているといわれるなか、まずは魚のおいしさを知ってもらいたいというのがシーサットの願い。宗像漁協との提携で届ける天然アナゴは、生きたままの状態で氷につけて凍死させた後、1匹ずつさばき、細かく骨切りの処理をする、細かい骨が複雑に入り組んでいるアナゴも、この処理をすることでふんわりとしたやわらかな口当たりとなり、子どもも骨を気にせずに食べることができる。
活〆穴子蒲焼き用(かつしめアナゴかばやきよう)」のおいしい食べ方
凍ったままの状態で油をひいたフライパンに、必ず身の側から先に焼く。皮側を先に焼くと縮んでしまうので要注意。両面を2、3分ずつ焼いたのち、火を止めてからたれを回しかける。宗像漁協の組合長、中村忠彦さんが「へたなウナギより数段おいしい」と評する肉厚のぷりぷりした食感が楽しめる。
『生活と自治』2015年8月号の記事を転載しました。