都会と地方の架け橋に
これだけは食卓に欠かせないという人も多いトマトケチャップ。コーミでは、原料となる良質の国産加工用トマトを安定的に確保しようと北海道沼田町との提携を開始した。
奇跡の出会い
北海道のほぼ中央に位置し、夏には多くのホタルが見られる沼田町。人口約3,200人のこの町で、加工用トマトの栽培が始まったのは1981年だった。減反政策による稲作の収入滅を補うために町が一村一品運動を提唱、トマトジュースを町の名産にしようと農産加工場を設立した。
以来30年以上にわたり、生産を続けてきたが、近年は工場設備が老朽化し衛生管理も難しくなってきた。何より販売先が広がらないことが最大の課題だった。
「当時は、売り先も処理能力も十分でなく、畑に赤いトマトがたくさん残っているのに売れる分しか買い取れなかった。これでは農家も意欲を失ってしまいますよね」と同町農業商工課の農業総合対策室長兼農産加工場長の嶋田英樹さんは振り返る。
ピーク時には30軒を超えたトマト栽培農家が12軒まで減少。当初目的である農家の収入増が望めないばかりか、工場の赤字補てんで年々町の財政がひっ迫し、廃止も含めた検討を迫られるに至った。
沼田町が工場存続の危機に直面していたころ、コーミ(本社・愛知県名古屋市)では国産加工用トマトの安定確保に頭を悩ませていた。輸入自由化による外国産トマトペーストの増加に加えて地球温暖化の影響もあり、これまで加工用トマトの主産地だった愛知県では栽培面積が減少し続けていた。同社常務取締役の牧戸正博さんは、加工用トマトの栽培を国内各地によびかけ、長野、宮城、青森県などの農家との提携を模索している最中だった。
原料がほしいコーミと売り先を探す沼田町。両者が出会ったのは2011年末、生活クラブ北海道の職員の紹介がきっかけだった。
「全量を買い取ってもらえるという話を伺い、まさに救世主に思えました」と沼田町長の金平嘉則さんがいえば、「真夏でも朝晩は涼しく、寒暖の差が大きい北海道は加工用トマト栽培の適地」と牧戸さん。さらに長年の栽培実績があり、自前の加工場があることが最大の決め手となった。
温暖化により、年々農産物の栽培適地は北上している。将来的に北海道が主産地になると見込んではいたものの、愛知まで運ぶにはコストがかかりすぎるのがネックだった。だが、地元で1次加工しピューレにして運べばコストは大幅に削減できる。牧戸さんにとって願ってもない産地との出会いとなった。
提携の話が盛り上がったちょうどそのころ、国の経済緊急対策として「地域の元気臨時交付金」の募集があり、助成を受けられたことも新工場建設への大きなはずみとなった。昨年8月、総工費8億5千万円をかけ町営の農産加工場「北のはたるファクトリー」がオープンした。
小さな町の挑戦
「なるべく余計なことはしないというのが今の地方自治の流れ。こんな小さな自治体が大金かけて工場を新設するなんてありえないでしょう? 無謀だと笑われているかもしれません」と金平さんは苦笑する。それでも工場新設を決断した背景には、人口減少や高齢化が進むなか、何とか町を存続させたいという強い思いがあった。少ない面積でも栽培ができ、特別な設備投資のいらない加工用トマトは、稲作をやめた後の高齢者にも栽培できる。
「作物の栽培には人を元気にさせる力があります。高齢になっても何らかの役割と仕事を持っていることは重要です」と金平さん。町がきちんと買いとる体制があれば住民の安定した収入になる。加工場の稼働率が高まれば雇用も増える。
同時期、沼田町では、工場同様に赤字を抱える町営病院の存続問題にも直面した。病院を廃止する代わりに診療所や介護、住宅施策を充実させ、他地域との医療の連携を進める情想が立案され、住民も参加してその実現をめざそうとプロジェクトがスタートした。
「きちんとした医療、介護と生活基盤の充実。これからはそうした町をつくっていかないと、どんどん人が都会に出て行ってしまいます。出て行った先の都会でも20年後には、介護不足や孤独死の問題が表面化するでしょう。今からここで、安心して暮らせる町を準備していくしかありません」と金平さんは将来を見据える。
新しい関係づくりを
沼田町の農産加工場「北のほたるファクトリー」では、トマト入荷時に糖度を測定し、それに応じた単価で引き取る。加工用トマトの平均糖度は通常4~5度だが、ここでは6度を超えるものも多い。
トマト生産組合の組合長、絵内勝已さんは、糖度の高いトマトをつくるため、土壌や肥料、収穫のタイミングなどさまざまな工夫を施し、組合内でも共有する。「努力した結果が買い取り価格として形になると励みになります」と絵内さん。新工場となったことで、収穫した分すべてを引き取ってもらえるようになったことは何よりありかたいという。トマト栽培農家も24軒に倍増した。
コーミの牧戸さんは、沼田町に頻繁に足を運ぶ。工場の人材育成、技術指導に力を注ぐほか、畑にも出向き生育状況をみては生産農家と話し合う。昨年は沼田町の工場職員や生産農家を愛知県の工場に招いた。「生産物を預かり最終製品に仕上げて消費者に届ける責任があります。生産農家、加工場とのコミュニケーションは何より重要です。彼らにとってもどんな人がどういう工場で最終製品にするか、見えている方がいい」とつなぎ役としての労を惜しまない。
「地方の農村の維持には都会のみなさんが生産品を食べてくれることが一番です。都会の人にとっても、子どもや孫の世代に国内の産地を残していくのは大事なことです。コーミさんがいたから両者がつながれました」と町長の金平さんは今回の提携の意義を強調する。
「いつも食べているケチャップの産地として沼田町を身近に感じてもらいたい。ぜひ一度訪れてこんな町もあると思ってもらえればうれしい」とこれからの交流に期待する。
◆広がる可能性─「北のほたるファクトリー」
●第1号はポーグビーンズ 商工会との連携も
「コーミさんとの出会いがなければトマト加工といえばジュースしか考えていませんでした。ピューレという発想はなかった」と沼田町営の農産加工場「北のはたるファクトリー」工場長の嶋田英樹さん。ピューレに加工するノウハウを学んだことで、さまざまな可能性がみえてきたという。今のところ、1次加工したピューレのほとんどはコーミに納品し、愛知県の同社工場で、ケチャップその他のトマト加工製品に使われるが、今後は、「北のほたるファクトリー」内でもさまとまな製品開発を行っていく予定だ。
同工場がはじめて手がけたトマト加工製品の第1号は、コーミの製品として生活クラブ連合会で扱うポークビーンズ。沼田町産のトマトに、北海道産の豆類・野菜、平田牧場の豚肉と厳選した素材を原材料に用いた。
「何度もレシピをつくり直しようやく満足のいくものができました。素材の良さを味わってほしいです」と嶋田さん。子どもが大好きなトマト味で、体にいい豆類をたくさん食べられるのがポイントだ。「できるものがあればこれからもいろいろ開発をすすめたい」と嶋田さんは意欲をみせる。
沼田町商工会との連携による製品開発の試みも行われている。商工会では女性部を中心に、数年前から町内の資源を生かして特産品をつくろうと活動してきた。コーミ常務取締役、牧戸正博さんがこれをサポート。沼田産の穀物とトマトを生かしたトマトリゾット風の試作品も完成した。今後、いかに製品化していくか、町をあげての話し合いが重ねられている。
●工場の可能性をさまざまに
トマトの収穫適期は夏の2ヵ月間のみ。完熟トマトをシーズンパックするからこそ甘味もうま味も際立つ。しかし、それだけでは年間の雇用を確保できず、せっかくの設備を遊ばせることになる。 トマト加工品以外にも製品を広げていくことが急務だ。現圧は、近隣にある暑寒別岳の麗でとれたネマガリダケやフキを加エした缶詰めなど、地域資源を生かした何種類かの総菜缶詰めを製造している。
嶋田さんは「税金で助成をいただいているので、国民から応援していただいたと思っています。計画以上に工場を活用し、サポートしてくれた方々にお返ししたいです」と話す。
牧戸さんは、沼口町だけにとどまらず北海道全体にも目を向ける。「今、トマト加工業界でトマト産地として北海道に注目が集まっています。」今後、道内にトマト栽培を広げようという計画もあり、沼田町は今の経験、実績から先進的な役割を担っていくだろうと予測する。
「北のほたるファクトリー」が、沼田町だけにとどまらず、周辺地域で栽培されたトマトの加工を担う可能性もあり、その役割には今後さまざまな期待が寄せられている。
『生活と自治』2015年10月号の記事を転載しました。