対談・命と暮らしを守る『協同組合』は一体─JAに期待する(農業協同組合新聞)
2017年10月30日:農業協同組合新聞
『農業協同組合新聞』2017年10月30日号の特集「『農協改革』を乗り越えて─農業協同組合生きる 明日への挑戦」に、東京大学の鈴木宣弘教授と生活クラブ連合会の加藤好一会長の対談記事が掲載されました。同紙の許可をいただき、全文を転載します。
対談・命と暮らしを守る『協同組合』は一体――JAに期待する
◆分断策に乗らない
鈴木 加藤会長は「農協改革」をはじめとするこの間の政策の本質をどう捉えていますか。
加藤 農協改革はもちろん問題ですが、いろいろな話が一気に出てきたことを問題にしなければなりません。TPPと農協改革は一体でした。
それとともに、私が感じてきたことは消費者とは何者かということです。私に対し、生協なんだから消費者の立場で発言してくれという注文が時にあるのですが、消費者といってもさまざまです。
たとえば私たちは長年、飼料用米の取り組みを進めてきましたが、ここにきて全国的な取り組みが進み下落していた主食用米の価格が一定程度回復してきました。ところが、米の価格が上がり消費者の利益にはならないという報道もある。
しかし、われわれは生産者とともに持続的な生産・消費の関係を作っていこうという立場の消費者ですから、報道される消費者とはまるっきりずれているわけです。
鈴木 食料について消費者は安いほうがいい、生産者は高いほうがいいという図式を描き、生産者と消費者、あるいは農協と生協が対立しているかのように報道し分断する。しかし、実はこれは協同組合全体に対する一体的な攻撃ではないか。
なぜかといえば、結局、儲けられる余地が減ってきた経済のなかで、さらに目先の自己利益を追求しようとする、今だけ金だけ自分だけの「3だけ主義」のみなさんにとって、JAが地域農業を振興して農家の所得向上と安全な食を提供し、それによって金融、共済も含めて地域全体を支える事業をやっていることや、そうした産地と提携した共同購入で消費者の安全、安心な食を支えている生協の事業は障害物でしかないからです。
それを岩盤規制だ、既得権益だと悪者に仕立て上げ、農協と生協、生産者と消費者で利害が対立するかのように分断して協同組合そのものを崩していく。それにとどめを刺そうという動きが強まってきている。そう思うのは今、森林組合と漁協が次の標的に挙げられているからです。農水省も体制を整え人事では自分を脅かすような次官候補ははずしました。
加藤 世界では新自由主義の暴走をどう制御するのかが問題になっていて協同組合は注目されています。国連が一昨年定めた持続可能な開発目標(SDGs)の実現に協同組合の存在が期待されている。またユネスコは協同組合を無形文化遺産に登録しました。にもかかわらずなぜこの国はこうなってしまうのか、そこを糾したい思いです。
◆「1%」が動かす構造
鈴木 これは通商交渉でもそうです。TPPについてはアメリカでも日本でも市民が反対し、アメリカ政府はこれはだめだと離脱した。しかし、日本はTPP11を推進している。なぜ、このように一般市民の評価と政治がかい離するのか。
実はトランプ大統領がTPP反対でも共和党議員は今でも賛成です。アメリカでは国民の78%がTPP反対だと言っていますが、共和党の大物、ハッチ上院議員は製薬メーカーから多額の献金をもらっています。だから薬を必要とする人がたとえ死んでも新薬のデータ保護期間を20年に延ばして儲けさせるルールをつくりたい。それがまさにTPPです。
日本でも加計学園問題に象徴されるように、一部の政治家と結びついている友だち企業や事業体の利益になるように政治がうまくルールをつくればいいということです。市民の評価がどうあれ、邪魔なものはつぶす。99%が支持しても政治は1%のために行われているということです。その1%と一部メディアと研究者が結びつき、国民を騙して政策を進めようとしている構造にあることを認識しておかなければなりません。
◆コモンズと協同組合
加藤 生活クラブは岩手県の重茂(おもえ)漁協という小さな漁協と塩蔵わかめの取引きで提携してきました。そこは東日本大震災の大津波で900艘ほどの漁船の大半が流されてしまいましたが、復興に向けた動きはどこよりも早かった。そこには重茂の中世からの、生業としての漁業の伝統があると思っています。「沖は入会、国境無差別」といい、当時から数少ない船で漁業をし、みなで平等に分け合っていた。こういう生業を生産性とか何とかと言う議論の対象にするのは不遜だと思います。今回も船を失うなか、復興に向け限られた船で獲った魚は平等に分けるということをやった。これは中世以来のかの地の漁業の伝統です。協同組合というのは本来そのような生業としてあったあり方の、今日的な姿だと思います。
今は農協法、生協法などに基づいて、農協があり生協がありと考えられているし、政権は法律を改正すればコントロールできると考えている。しかし、重茂漁協の歴史にあるように人の生活や協同とはそのようなものではない。
実際、3・11のような甚大な自然災害が起こったときに、きちんと使命を果たしたのは協同組合でした。今、「総合農協」が批判されていますが、「総合」の裏側には「地域」がある。そこが明確に認識されず、改革だ、などというのはどうしても納得できない。
鈴木 地域で協同して資源を大事にし、自主的な共通のルールをつくって管理していこうという考え方がまずあるわけです。まさにコモンズです。それを組織として体現したのが漁協です。
重茂漁協と正反対のことをしたのが宮城県の村井知事です。漁協があるにも関わらず、別の企業にも漁業権を付与するということをやった。今それを全国に広げようというのが政府の動きです。漁家のみなさんが必死で自分たちの生活を守ろうとして共同管理をしている地域のなかに、別の組織が勝手に入ってきて何やってもいいというかたちで漁業権が与えられるようなことになれば資源管理などできません。
そうした共用資源は漁業だけではなくて農地や水路、森も同じで、それらは個々の個人や企業が自己利益の追求のために勝手なことをやれば資源が守れず共倒れになる。まさに「コモンズの悲劇」です。農林水産業にはすべて本来的にコモンズの要素があり、昔からしっかりとした自主的な共同管理の取り組みがあり、それを体現したのが協同組合です。
しかし、それが非効率だと協同組合を攻撃しているのが今です。協同組合のせいで農家や漁家や林家の所得が増えていない、それを解体しもっと個人個人が好き勝手なことをやればもっと所得が伸びるんだと言っていますが、まったく理屈に合っていません。
なぜか。繰り返し強調しますが、コモンズという大事な資源を個々の人間や企業が勝手に自己利益だけを追求して利用すると資源が枯渇するなど、みんな共倒れするからです。だから、コモンズは絶対に規制緩和してはいけない。漁業権の問題はさらに外資や他の国の資源コントロールも許すことになりかねません。
社会には「私」(自己の目先の利益のみ追及する「3だけ主義」)、「公」(政策)、「共」(共生システム、コモンズ)の3つの要素がありますが、「公」と「共」を潰して「私」だけにするのが社会の最適化だという市場原理主義を振りかざして、「共」に「とどめ」を刺して国家私物化に邁進する「総仕上げ」の強い意思表示がなされています。総力で歯止めをかけねばなりません。
◆改革か、解体か
加藤 農業所得向上をめざし農業競争力強化支援法をはじめ8法案が国会で成立してしまいました。しかし、とくに種子法廃止は、どう考えても種が安く供給されることはあり得ない。しかも外資に日本の食料を生産する種子の供給が委ねられるかもしれない。
鈴木 農業競争力強化支援法について、私は農業弱体化法だと言っています。所得向上のためには有利販売と生産資材価格引き下げだといっていますが、そのための方策は、JAを使うなということです。JAを使わなければ所得が上がるという議論になっている。
これがまったくおかしいと思うのは、自分だけで売っていたら買い叩かれ、自分だけで買っていたら価格が釣り上げられるということにさんざん苦労したから農協を作ってみんなが集まったからです。コモンズの資源を守るという共生のルールとともに、協同組合というのは力が大きくない人たちが強い相手と対抗するために拮抗力をつくるために集まって自分たちの生活を守り所得を増やすことを目的にしているわけです。彼らは所得向上のために共販や共同購入をするなということを言っているわけで、これもまったく農業所得向上に逆行することを言っています。
だから、今回の政策の本当の目的は違う。要するに農協を解体するということです。
◆骨太の連携を
加藤 農村と都市が分断される方向に誘導されているから、飼料用米の助成制度ひとつとってみても政策の意義を理解しようとせず、なぜ米を飼料にし、助成までするのかという批判となり、農家の側も自立した農業をやっていないから後ろめたいといったようなかたちにお互い押し込められているような感じがします。
決してそうではない。都市と農村が分断されたらだめだというのがまず根底だと思います。そこで協同組合セクターがもっと骨太になって個別に攻撃されない抵抗力を持ち、もっと積極的に世の中に打って出ていけるような力を出さなければいけないと思います。
鈴木 本来、農協・漁協(生産者)と生協(消費者)は命と暮らしを守る一体的な共同体です。スイスでは生協が環境にやさしい作り方をしてくれれば卵1個を80円でも買うという生産基準を作り農協と生産者が一緒になってその基準を守り、消費者とのネットワークをつくって量販店の安売りに負けない仕組みを作りあげています。
協同組合全体への攻撃は必ず来るわけです。ところが、よく水遁の術などといって、自分たちのほうには火の粉がこないようにじっと通り過ぎるのを待つという協同組合の方々がいるようですが、それは違う。農協・漁協などの横の連携、生協の横の連携を強め、そして、農協・漁協などの産地と消費地を中心とした生協との縦の連携を強化する仕組みをつくる必要があります。
加藤 経済評論家の内橋克人さんがかねてから自覚的消費者ということを提唱されています。モノの値段は安いにこしたことはないが、なぜそうなのか理解できる消費者。そのような意味だと理解していますが、私たちとしてはそういう消費者を「大ぜい」にしていく。これが生活クラブの使命だと考えています。加えて協同組合間の連帯関係を強める、つまり協同組合セクターと言えるような存在感を社会に押し出していく、そんなふうに考えているところです。
▼【対談・命と暮らしを守る『協同組合』は一体-JAに期待する】加藤好一生活クラブ会長・鈴木宣弘東大教授
http://www.jacom.or.jp/noukyo/tokusyu/2017/11/171107-33981.php
【2018年2月5日掲載】