北朝鮮の脅威があるからこそ「核兵器禁止条約」を
核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)運営委員 川崎哲さん
世界の歴史上、初めて核兵器を法的に禁止することになる「核兵器禁止条約」が、2017年7月に122カ国の賛成で採択された。11月には同条約の実現を働きかけた国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)が、ノーベル平和賞を受賞した。ICAN創設時から参加する国際交流NGO「ピースボート」の共同代表で、運営委員として核軍縮に心血を注いできた川崎哲(あきら)さんに、この条約の意義と、日本の北朝鮮問題への対応、核抑止の有効性などについて聞いた。
(聞き手:フリーライター 高橋真樹)
画期的な条約採択
――「核兵器禁止条約」には、どんな意味があるのでしょうか?
核兵器は、国際社会では「必要悪」として位置づけられてきました。この条約は、その核兵器を初めて全面的に禁止したものです。約50年前に締約された核不拡散(NPT)条約によって、世界は核を持っていい国と、持ってはいけない国とに分けられました。持っている国は核兵器を減らす義務があると定められたのですが、一向になくなりません。
核兵器禁止条約は、核を持っている国に任せても何も変わらない、と感じた核を持たない国々が、もっとトータルで禁止の枠組みをつくろうと努力した結果です。内容としては、核兵器に関する活動を例外なく禁止し、核兵器廃棄へのプロセスを具体的に描いています。また核被害者への支援や、汚染された土地の回復といったことも含まれた画期的なものです。
――核保有国が参加しない条約には意味がないという批判もあります。
この条約だけで核保有国が核を廃棄するわけではありません。でも、これまでは5大国は核兵器を持っていいことになっていました。それを否定する条約ができたことには十分意味があります。核兵器を持つことが国際的に違法であるとなれば、核保有国への政治的な圧力になります。
署名する国の数が増えてくれば、保有国の肩身は狭くなるはずです。さらに、核保有国や核の傘の下にある国の中から署名する国が一カ国でも出てくれば、大きく流れは変わるでしょう。すべての国際条約は、できた時点で完成するものではありません。これから議定書などを盛り込みながら発展させていけば、核軍縮を進める力となり、大きな変化につながります。
北朝鮮との交渉こそ
――北朝鮮の核の脅威があるのに核兵器を禁止して大丈夫か?と思う人は多いと思います。
日本政府が核兵器禁止条約に参加しないことに賛成する理由として、確かに北朝鮮の脅威を挙げる人は多いです。もっともな意見のようにも聞こえます。しかし私は実は反対に、北朝鮮問題があるからこそ、核兵器禁止条約が重要だと考えています。「北朝鮮の脅威」と、「核兵器の脅威」をどちらも考える必要があるのですが、多くの人の中では「北朝鮮の脅威」だけで止まってしまっています。北朝鮮だけが問題ならば、それこそ核を含めてどんな手段でも使って対抗した方がよいという話になりがちです。でも、そもそも核兵器こそが脅威なんだということを忘れてはいけません。
核兵器禁止条約は、北朝鮮はもちろん、中国にも米国にもすべての国の核を公平に禁止するものです。今の状態では北朝鮮の政権は、「我が国の核兵器だけ問題にするのは許せない」という言い訳をするでしょう。すべての国で禁止にすることで、そのような正当化をできなくするべきです。
――核兵器の力がなければ北朝鮮の核開発、使用を止められないという意見もあります。
いわゆる「核抑止の神話」には根拠がありません。米国はかつてより減ったとはいえ、現在も約7000発の核弾頭を保有しています。それで北朝鮮の核開発を抑止できたかというと、まったくできなかった。むしろ、北朝鮮の側に「俺たちも持たないと!」という危機感を呼び起こしました。次は核の使用を抑止できるかという点です。米国は、通常兵器でも世界最強の軍事大国です。その意味では、北東アジアの小国である北朝鮮に対する抑止力は十分に保持しています。核がなければ成り立たない関係ではありません。
そして最悪の事態を想定するなら、北朝鮮の政権は圧力で追い詰められていけば、最終的には核の発射ボタンを押す可能性があることを誰も否定できません。現実的に考えると、米国がいくら核を持っていても、それが北朝鮮の核を止めることにはつながりません。
――北朝鮮と交渉する余地はあるのでしょうか?
「北朝鮮はまともではないから、交渉など不可能だ」と言っている人もいますが、交渉せずにお互いが挑発を繰り返し、事態がエスカレートしていけばどうなるのでしょうか。
1993年や94年に、北朝鮮の核開発が深刻な問題となった際、米国と北朝鮮が交渉をして、核を放棄する見返りにエネルギー協力と経済支援を行うという合意に達しました。その後、米国の議会が予算執行をしぶるなど、さまざまな理由が重なってうまくいかなかったのですが、同じような枠組みをつくり、北朝鮮政府にある種の安定を認めれば、放棄する可能性はあるはずです。かつてほど簡単ではありませんが、今なら非核国に戻る可能性はある。でも、この状態が長く続けば破局が近づいていきます。
例えば中国は1964年に初の核実験を行い、核保有国になりました。中国は、北朝鮮よりもはるかに大きな国ですね。それでも1972年に日中両国は、国交正常化を果たします。さらに日本は非核三原則を掲げ、核兵器を持たない決断をした。「中国が核を持ったから自分たちも」とならなかった点はすごいことだと思います。
市民が進める核廃絶
――「核兵器に反対する人たちは現実の政治を知らない夢想家だ」と言われることもありますが。
万が一、朝鮮半島で核兵器が使われるような事態が起きれば、日本は甚大な被害を受けます。核兵器が必要だ、核兵器を使うことも辞さないのだ、という政策を取り続けるのであれば、本当に核兵器が使われた場合を想定し、あらゆる訓練を実施すべきです。でも、そういうことは行われていません。警報を鳴らして、床にしゃがみ込んでと言っているだけで、それでは何の対策にもなっていない。
実は心のどこかで、「抑止が働くから使われないだろう」と勝手に思い込んでいるのでしょう。もし実際に核が使われてしまったら、今、核抑止を唱えている人たちや政治家たちは絶対に責任取りませんし、取りようがありません。
例えば、国際赤十字が核兵器に反対しているのは、平和主義や理想論からではなく、むしろ戦争と現実的に向き合っているからです。もし核戦争が起きたら、被災地は放射能に汚染され、負傷者を救助に行くことさえできない。そんな対処しようがない兵器を使わせるわけにはいかないという立場から発想される反対の表明です。「相手が持っているから自分も」という論理をつきつめれば、いずれ世界中の国が核兵器を持つべきだということになります。それこそ非現実的な話ではないでしょうか?
――最後に、ICANがノーベル平和賞を受賞した意味をどう考えますか?
今回は核廃絶運動の関係者が受賞するのではないか、と事前にうわさされていました。例えばイランの核開発活動を制限する6カ国間の合意に携わった国々の高官が受賞するのかともいわれました。しかし、結果的にはそういう政府高官などではなくて、草の根の市民運動であるICANが受賞できたのはよかったと思います。
ICANの国際事務局はスイスのジュネーブにあり、そこのスタッフはたった3人です。それを世界各国にある460の参加団体がみんなで支えるという形で進めています。そしてそれぞれの団体が世界の国々に核兵器禁止条約に参加しようとか、積極的に行動しようなど働きかけてきました。
「核兵器を禁止して廃絶しよう」などと言うのは、従来の国際政治の枠組みでは「非現実的な理想論」と考えられてきました。でも122カ国もの国が賛同して条約が採択された。しかもそれを実現に導いたのは、カリスマの政治指導者ではなく、普通の人々が携わる草の根の市民運動だった。ノーベル委員会もそこに光を当ててくれました。そこには「普通の人々でも国際社会を動かすことはできる」ということや、「核保有国もこの条約を真面目に受け止めないといけない」というメッセージが込められているのだと思います。