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民間企業への「漁業権」開放に思う

宮城県漁業協同組合十三浜支所 運営委員長 佐藤清吾さん
東日本大震災の際に発生した巨大津波は、国内屈指の漁獲量を誇った東北地方の太平洋沿岸地域に押し寄せ、壊滅的な被害を与えた。地元漁業の早期再開を訴える宮城県は、地元の漁業者に割り当てられていた「漁業権」を民間企業に開放する「水産業復興特区制度」を導入。この水産特区導入を糸口に、政府は漁業権のさらなる民間開放を進める意向を示している。これら一連の動きの背景を宮城県漁協十三浜支所運営委員長の佐藤清吾さんに聞いた。
佐藤清吾さん
──「漁業権」とはどういうものですか。
ワカメ、カキ、ホタテ、アワビなどの海産物には、宮城県の三陸地域で養殖された海産物が少なくありません。これらが都市部の小売店の店頭に並び、みなさんの手元に届くのは漁業者の仕事があるからです。漁業者の仕事場である海には、生産条件のいい場所もあれば、生産効率の悪い場所もあります。同じ地域で暮らしを営んでいる漁業者に、条件が異なる漁場(生産現場)を割り振るには、みなで話し合って平等に調整する必要があります。
加えて、海産物の種類によっては、採取の禁止区域、禁止期間、体長(大きさ)制限などを設定して、限られた海洋資源を取り尽くさないようなルールも作ります。そうした調整や規則をもとに、「とりすぎない」「よごさない」という漁業秩序を守りながら、水産資源を維持しようとする漁業者に与えられるのが、海を利用する権利として、漁業法で定められた漁業権です。
漁業権は江戸時代に原型が作られました。漁村に住んでいる人間が魚や貝を採り、将来に渡って海のそばで暮らせる、資源が枯渇しないような持続的な漁業を続けながら漁村で暮らしていくための知恵といってもいいでしょう。漁業権は漁業をやめた時点で失われ、売り買いできるものではありません。
漁具の使い方を説明する佐藤さん
──「漁業権」はだれにでも取得できるのですか。
漁業権は都道府県知事の免許制度に基づいて与えられます。しかし、だれに操業を認めて、どんなルールを適用するかは個別の地域でなければ判断しにくいため、各地の漁業協同組合(漁協)が免許を受け、運用しています。全国に979(2013年3月末現在)ある漁協が、それぞれの構成員である組合員と調整した結果を踏まえ、各漁業者に漁業権を付与し、海の利用を認めています。あくまでも漁協は漁業権の配分を調整する組織であり、権利の主体は漁業者です。
漁業権は大きく2種類に分けられています。一つは特定のだれかに与えられれば他の人は使えなくなる権利で、カキやホタテなどの養殖業に適用される「区画漁業権」と、漁具を固定してブリやサバなどの漁獲を目的に定置網を仕掛ける「定置漁業権」。もう一つが、漁場を交代で利用する「共同漁業権」です。貝や海藻、刺し網漁など、比較的陸地に近いところで行われる漁業に必要とされます。「区画漁業権」と「定置漁業権」は5年ごと、「共同漁業権」は10年ごとに更新され、だれに付与するかは漁協が調整して判断します。
養殖ホタテの作業をする漁師
──東日本大震災の後、宮城県の村井嘉浩知事が「水産業復興特区」の構想を発表。漁協の組合員に与えられてきた漁業権が、漁協を通さなくても企業や法人にも与えられるようになったそうですね。
水産特区構想は震災直後の2011年5月10日に急浮上したものです。津波で疲労困憊している漁民に、上から石を投げているようなものではないかと強い憤りを覚えましたね。当時はちょうど漁業権の更新時期の直前で、大災害に乗じて許認可権を持つ知事が、漁業者の権利の割譲を迫った制度改変を許してはならないと思いました。というのも、あえて特区にしなくても、民間企業が漁協の組合員になり、漁業に参入している事例があるからです。特区導入を急いだのは、別の狙いがあるとしか考えられません。
問題は特区推進論者が求めてきた漁業権の更新時期に隠されていると私は捉えています。宮城県の特区構想の前身となったのが2007年に経団連が発表した「高木提言」です。元農林水産省事務次官と水産庁の資源課長、財界、金融、流通、大手水産会社の代表者らがまとめたものです。そこには漁業権の更新時期を20年に1回とし、その権利を譲渡可能なものとする方向性が示されています。事実、宮城県の水産特区で漁業権を取得した場合、当該企業が返上の意思を持たない限り、更新時期が来ても漁業権を喪失することはないと聞いています。
漁業権は本来、資源管理をして漁業を営み、漁村で暮らしていく人びとのためにあるものです。漁業をしなくなれば、割り当てられた権利はいったん手放す形になりますし、権利自体に金銭価値はありません。今後、水産特区構想が一般化するようなことがあれば、宮城の事例のように更新時期が来ても、参入企業は漁業権を失うことなく、他の企業に渡すときには金銭交換できるようになる可能性も否定できません。さらに最終的には漁業権は証券化され、投機対象として自由に売買できるようになる恐れまで出てきます。私たちの共有財産であり、いのちの源でもある海の「切り売り」が許されていいはずがないのです。
作業が終わり、漁船を掃除する漁師
──昨年12月、「津波のあとの十三浜」という本を自費出版されたそうですね。
東日本大震災から、多くの人の力をもらい、支援を受けて復興につなげられました。とてもありがたく思っています。震災は実に悲しく厳しい体験ですが、見て見ぬふりをしない人間のいいところが、あの震災で顕在化したなと実感しています。私は十三浜に支援に来てくれた人たちの受け入れ窓口でしたし、自分が死んだらだれも被災体験を語り継ぐ者がいなくなるという思いから、どういう人が支援をしてくれたかという震災後の記録を残しておきたいと考えました。
──震災後の十三浜の漁業の様子や、水産特区に対する思いも書かれていますね。
310人いた十三浜支所の正組合員は、120人になりました。私たちは減った組合員の漁場を、残った漁業者に割り当て、経営面積を増やしました。これにより所得が向上し、一度は故郷を離れた子どもが戻ってきたという漁業者もいます。対して、村井宮城県知事の主張は「この震災で30%の漁民がいなくなり、漁場が余る。そこに企業をいれよう」という発想でした。
そうではなくて、空いた漁場を残された漁業者に割り当てれば、所得も上がり、後継者は増えるのは確実です。えさのないところに生き物が住まないのと同じように、安定した暮らしを支える所得が確保できなければ、別な道を選択するしかありません。漁業者の所得問題を解決するには、漁場の規模拡大が重要です。
たとえば養殖漁場が拡大すれば、ゆったりした面積でカキやホタテが育てられます。資源管理も進み、良質な水産物が出荷でき、所得もおのずと向上するはずです。株主利益のための利潤追求を至上目的とせざるを得ない企業とは異なり、組合員の暮らしを守るための協同組合である漁協は、常に地域の漁業者とともにあり、彼らを見捨てたりはしません。

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