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【エスコープ大阪】きっかけは阪神大震災 障碍者福祉にも挑む

エスコープ大阪(本部・堺市南区)の福祉事業を大きく前に進めたのは1995年の阪神・淡路大震災だったという。現在は高齢者福祉に加え、福祉の中でも最も多くの困難を伴うとされる重度障害者の福祉にも挑戦する。

 障害者デイサービス施設「ピース八田西」

「阪神・淡路大震災の救援活動をする中で血縁より地縁の助け合いが必要だと考えました。高齢者も含め助け合いの仕組みをつくっておかないといけないと痛感しました」。こう振り返るのはエスコープ大阪専務理事の石川雅可年まさかねさんだ。

同震災の翌年の1996年を「福祉元年」として検討を重ねた。ホームヘルパー養成講座を開き、組合員や職員が参加、介護分野での人材育成から始めた。2000年の介護保険制度スタートで、ケアマネジャーによるケアプランの作成や、高齢者の訪問介護のためのヘルパー派遣などを行なう事業所「エスコープ大阪サポートセンター(SOS)」を設置。01年には高齢者向けデイサービス施設(現在はNPO法人化された福祉ワーカーズコレクティブに業務移管)も開所した。

組合員や職員には生協が福祉事業を始めることに違和感もあったという。「だから話し合いがなかなか進みませんでした」と石川さんは笑う。「ただ食べ物を供給してもらうだけでは長く住み続けられない、(人生、生活の)トータルで生協を使えないと安心して暮らせる状況にない、自分たちのためにも生協の中に福祉の仕組みが必要だと手を上げてくれた組合員がいたから実現できました」

現在は福祉専従の職員だけでも約120人が福祉事業にかかわり、組合員らでつくるNPO法人の福祉ワーカーズ(企業組合)などと連携して事業を展開する。

「SOS」は5カ所に。福祉事業を担当する「たすけあい事業推進フロア」マネジャーの陶山和彦さんは「介護保険の制度外のサービスも含め、利用者にとって何が最善なのか、困っていることをどう支援していくのかをどのスタッフも考えています。これが生協ならではです。継続することが重要で、それによって地域でエスコープ大阪が福祉分野でも認められてきていると思います」 
たすけあい事業推進フロアの陶山和彦さん(左)と松原絢子さん

重度障害者向けデイサービス

さらに、05年に障害者デイサービス施設「ピース八田はんだ西」(堺市西区)を開設した。看護師を含めたスタッフをそろえて、主として重度の障害者を受け入れ、入浴介助、送迎もこなす。ワーカーズ「つむぎ屋」が生活クラブの組合員が共同購入する消費材でつくった食事を提供する。障害の種類も症状も違い、それぞれの人に合わせた体調管理も欠かせない。スタッフは高齢者のデイサービスより気遣いも体力も必要となる。取材時も多くのスタッフが息つく暇なく動いていた。障害者福祉を中心に担当する「たすけあい事業推進フロア」の松原絢子さんは「看護師が常駐していますが、体調不良が頻繁に起きるときもあり、病院に運ばなければならないこともあります」と障害者福祉ならではの苦労を明かす。 

 「グリーン・ピース光明池」責任者の門義行さん

また09年からは障害児向けの学童保育となる放課後等デイサービス施設「グリーン・ピース光明池」(大阪府和泉市)も開設した。小学生から高校生までの子どもたちが特別支援学校などからやってきて、平日は放課後から午後5時まで勉強したり、おやつを食べたりして過ごす。夏休みなどの長期休暇には終日をここで過ごす。こちらも送迎の必要があり、通常の学童保育よりも子どもたちへのさまざまな配慮が必要だ。

エスコープ大阪は障害児や重度の障害者への支援という、あえて重い課題に挑んでいる。「障害者デイサービスもやれるならやってみましょうと始めました。地域にも結構、障害者がいることは分かっていましたが、重度の障害者は行き場がなく、特に入浴したいとの要望が強く実現させました。また障害児支援をしている組合員がいて、最初はその組合員がエスコープ大阪を活用する形で、障害児の福祉も始まりました。それまでは見えていませんでしたが、障害児を抱えている組合員がいるなど、周囲にたくさんの障害児がいると知ってびっくりしました」と専務理事の石川さん。
障害児向け学童保育の「グリーン・ピース光明池」で遊ぶ子ども

新しいつながりと助け合いを

 泉北ニュータウン

エスコープ大阪は1970(昭和45)年設立の泉北生協が前身。67年の入居開始から昨年で50周年を迎えた泉北ニュータウンにあり、ニュータウンの発展とともに歩んできた。しかし、高度経済成長期に建設されたほかのニュータウンと同じく、今は高齢化に直面する。独り暮らしも多いだろう。
ニュータウンが変容する中で、生協が福祉事業に乗り出したのは必然だったのかもしれない。 

 常務理事の吉田正美さん
ニュータウンは地縁もないまま、ほぼ同時期に移り住んできた人々がつくった新しい町だった。福祉担当の常務理事の吉田正美さんは「できたばかりのころの泉北ニュータウンは生協の班ができて、生協を通じて近所付き合いが始まり、そのメンバーで助け合って暮らしてきたそうです。そうした人々が高齢者となり、生協へのニーズも変わってきたのだと思います」と話す。

さらに「地域に拠点をつくり、組合員もほかの市民も集まり、新しいつながりをつくっていきたいと思っています。地域の課題をエスコープ大阪の中だけで解決するには限界がありますが、つながることからスタートし、そこに市民も自治体も巻き込み、エスコープ大阪がリーダーシップを発揮できればいいと考えています。理想かもしれませんが、それが本来の生協の役割ではないかと思います」。ニュータウンから育った生協ならではの「助け合い」の模索が始まっている。

撮/田嶋雅已 文/墨 威宏

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