はぐくみの杜君津 赤ちゃんの家
生活クラブ千葉のグループ団体である社会福祉法人「生活クラブ」(生活クラブ風の村)が、2017年5月に乳児院「はぐくみの杜君津 赤ちゃんの家(赤ちゃんの家)」をオープンした。風の村は、13年より児童養護施設「生活クラブ風の村はぐくみの杜君津(はぐくみの杜)」を運営してきたが、赤ちやんの家はその敷地内に建設された。
「はぐくみの杜君津」は、2歳から18歳までの子どものための小規模児童養護施設。花と緑に囲まれた広々とした敷地内に6棟の建物があり、それぞれの棟に6~7人の子どもが暮らす。 一つ一つの建物を「家」と呼び、家庭的な環境下で子どもたちが暮らせるような工夫をしている。はぐくみの社にとって、隣にできた「赤ちゃんの家」は七つ目の「家」だ。
「昨年5月に赤ちゃんの家が開所したとき、生活クラブの組合員がおおぜい見学に訪れ、赤ちゃん用のタオルやスタッフが使う文具など、たくさんの品物を寄付してくれました」と話すのはNPO法人「はぐくみの社を支える会」の事務局の川端孝子さんだ。支える会は、生活クラブの組合員が会員の8割を占める。はぐくみの社に入所する子どもたちの食事づくりや、施設の草とりなどのボランティア活動を通して、子どもたちの生活・自立支援をする。また生活クラブ千葉では、子どもたちに地元でとれる「ちばあさひ米」を食べてもらおうと、はぐくみの社、赤ちゃんの家、自立援助ホーム「人力舎君津」の三つの施設にコメを届ける「お米の寄付活動」も行っている。
念願だった乳児院の建設
乳児院「赤ちゃんの家」を運営する意義や将来の展望を語る高橋明美さん
乳児院は、親の死亡、入院、経済的な事情などにより、保護者のもとで養育が難しいとされた乳児が入所する施設。必要がある場合には満2歳まで養育を継続できる。だが、近年は虐待が主な理由で入所する子どもも増えている。2013年に厚生労働省が行った「児童養護施設入所児童等調査」では、乳児院児のうち虐待を受けた経験のある乳児は35.5%に上った。
赤ちゃんの家の定員は15人で、18年3月現在、0~2歳までの10人の乳児が暮らす。千葉県内の七つの児童相談所から預かり、県からの委託で26人のスタッフが運営する。これまでに2人の乳児が家庭に戻り、1人が里親のもとに行くため退所した。
「みんな、お客さんが来たよー」と赤ちゃんの家の施設長の高橋明美さんが子どもたちに声をかける。「家」に入ると、肉の焼ける匂いが漂ってきた。キッチンをのぞくと、エプロンを着た職員がフライパンを片手に食事を作っている。この日の夕食のメニューは、子どもたちに人気のハンバーグ。キッチン台には生活クラブの消費材の瓶詰めのケチャップが置かれている。
「ここは1~2歳児の部屋です。広々とした空間の中に、リビング、ダイエング、寝室、風呂、トイレがあります。生活の場にキッチンがあるので、子どもたちは作っている人の姿を、そばで感じることができます」と高橋さん。ほとんどの乳児院では、子どもに見えない場所で料理が作られ、皿に盛られた状態で運ばれてくる。「そういった環境では、子どもたちは鍋やフライパン、炊飯器などの料理道具を見たことがないまま成長し、おままごとがうまくできません。例えば、しゃもじでごはんを食べる仕草をしたり。しゃもじを知らないのです。ここでは料理するところを見せ、おかわりのときは鍋やジャーからしゃもじやお玉を使って取り分ける工夫をしています」と高橋さん。洗濯などの家事も、子どもに見せるなど、意識的に家庭環境に近づける工夫をしている。
高橋さんは、児童相談所、児童養護施設、乳児院での就労経験があり、20年以上にわたり、児童福祉に関わってきたベテランだ。高橋さんにとって、児童養護施設の敷地内に乳児院をつくることは念願だったという。乳児院では、おおむね2歳以上になると措置変更といって、児童養護施設での養育に切り替わる。幼い子どもに「これからは児童養護施設で過ごす」と言い聞かせても、まだその理由が理解できる年ではないため、これまでそばで暮らしてきた人と引き離されることが、精神的負担になる子どもが多い。
「早い子では、生後5日で乳児院に来ます。ある子どもは職員とのお別れのとき、白かった服が泥だらけになるまで職員を探し回りました。できるだけ措置変更をなくしたい」と高橋さんは当時を振り返って涙ぐむ。
多くの人や地域で子どもをはぐくむ
社会的養護を必要とする18歳以下の子どもの数は全国で約4万5,000人。138カ所の乳児院、615カ所の児童養護施設がある(厚労省平成29年)。
国は里親への委託を増やす方針を示しているが、現状は施設での養育が約8割。欧米などでは里親養育の割合が高く、日本は「施設偏重」との指摘がある。
「施設養育か、里親養育かどちらが子どもにとって望ましい環境か」という議論について、はぐくみの社の施設長である高橋克己さんは次のように話す。「家庭、親戚、里親は、養育する人がずっと同じで変わらないので愛着関係が作りやすく、望ましい環境だと思います。しかし、子どもにとって、 一つの選択肢として施設養護があることは重要です。社会的養育を必要とする子どもは必ずいます。ただ、時代のニーズに応じ施設のあり方は変わっていく必要があり、どんな施設でもあればいいというのではありません」と話す。
はぐくみの社では、地域の人たちとのつながりを大事にしている。キャンプや運動会、餅つきといった地域主催のイベントにはぐくみの社の子どもたちが積極的に関わり、地域の人は子どもたちやそのスタッフのために、ボランティアで食事を作る。「地域との交流を通じて、こういう子どもたちがいてこんな職員がいると、知ってもらうようにしています。こちらも地域のためにできることは一緒にします。地域の方との触れ合いにより、『たくさんの大人に見守られている』と子どもたちに実感してもらいたい。赤ちゃんの家もその延長線上で地域と関わりたいです。といっても、まだ赤ちゃんなのでね」と克己さんは笑います。
乳児は感染症などへの抵抗力も弱く、多数の大人との接触は慎重にならざるを得ない。しかし、地域の住民が赤ちゃんの家に来て、 一緒に食事し、テレビを見たりするような「夕食会」の実現を構想しているという。克己さんは「一般家庭であるような、お客さんや親の友人が遊びに来るようなイメージの会にしたいですね。普段と違ってワクワクしたりスタッフ以外の人から『かわいいね』って頭をなでられたりするのは、子どもにとってきっといい体験になるはず」と将来の展望を話す。
部屋全体が見渡せるように設計された部屋で打ち合わせをするスタッフ
撮影/鈴木貫太郎 文/平井明日菜
『生活と自治』2018年4月号の記事を転載しました。