「社会的養護下にある子」の自立に向けて 「若者おうえん基金」をスタート
子ども時代につらい経験をしただけでなく、自立にあたってもさまざまな困難を抱える、社会的養護下にある子どもたち。その自立を支援する仕組みづくりに向けて、今年6月、首都圏の生協と社会福祉団体等が連携し「首都圏若者サポートネットワーク」を設立、基金づくりを始めた。
見えにくい、子ども・若者の貧困
村木厚子さん(むらき・あつこ)1978年労働省(現厚生労働省)入省。女性政策、障害者政策などに携わり、2013年7月から15年10月まで厚生労働事務次官。現在、津田塾大学客員教授、伊藤忠商事㈱社外取締役など。
「社会的養護下にある子」とは、保護者のいない子、被虐待児など、家庭環境上問題を抱え、公的責任として養護を必要とする子のことをいう。対象児童は4万5,000人(2017年現在)。子どもたちは、児童相談所を経て、里親家庭、乳児院、児童養護施設、児童自立支援施設などで暮らしている。原則として18歳になると「措置解除」され、里親や施設を離れて自立するという厳しい現実に直面しなければならない。18歳の若者が大人たちのサポートなしに自立するには、多くの困難を伴う。この問題を何とかしたいと立ち上がったのが、「首都圏若者サポートネットワーク」だ。
「大学等進学率の比較データには大きなショックを受けました」と話すのは、元厚生労働事務次官の村木厚子さん。首都圏若者サポートネットワークの運営委員会顧問を務める。全高校生の8割近くが大学または専修学校に進むのに対して、児童養護施設出身児は2割強に過ぎない。一人親家庭で約4割、生活保護受給家庭で約3割の子どもが同様に進学するが、公の施策である児童養護施設の子どもの進学は非常に難しいというのだ。
「それでも、なんとか踏ん張って進学する力のある子は非常にラッキーなのです」と村木さんは言う。バブル経済の崩壊後、貧困、格差が拡大し、児童相談所の虐待対応件数は17年度、13万件を超えた。現在、児童養護施設で暮らす子どもの半数以上が被虐待児だ。貧困が社会からの孤立を生み、虐待につながると考えられる。
社会養護下にある子は、親の愛情を受けることなく、虐待されてきたことに伴って生じる「愛着障害」をはじめ、発達障害、精神障害などを抱えることが少なくないという。しかし、虐待への公的な対応は、命のリスクにさらされる0~3歳児を最優先とせざるを得ず、中高生や養護施設を退所した後の若者に対する支援は、非常に薄いのが現状だ。
当事者でない者が、貧困や虐待を自分の問題としてリアルにとらえるのは難しいかもしれない。しかし、子どもは生まれる環境を選べない。少子化を課題に挙げ、子育て支援の必要性を重視するのであれば、まずは一番困難な状況にある子ども・若者に向き合うことが重要ではないかと村木さんは語る。
「施設にいる子のライフヒストリーを見ていくと、『よく頑張ったね。ありがとう』と言いたくなるような子ばかり。中には反抗的な子もいるかもしれないけれど、大人がその子に背負わせてきたものを知れば、『よくぞ、生きていてくれた』と感謝したくなるほどです」
伴走型の支援が不可欠
とはいえ、重たい運命を背負った子たちを、プロではない市民一人一人が直接支えることには限界がある。子ども・若者が少しずつ重荷を外しながら一人で前向きに生きていくプロセスを、プロの支援者たちと一緒に支援する仕組みをつくるのが、首都圏若者サポートネットワークの目的だ。
事業計画の柱は三つ。まずは「若者おうえん基金」造成による自立支援と伴走型支援助成。児童養護施設や里親を巣立った子ども・若者、また保護された経験がなくても、困難な家庭環境で育ってきた子ども・若者に寄り添い支える活動をしている団体への支援だ。制度を超えたアフターケア等の支援は、専門性のある支援者の資金と時間の「持ち出し」で成り立っている現状がある。実績のある支援者の先駆的な活動を応援する。次に、就労・キャリア支援。困難に直面した子どもたちが安心して働いていくためには、信頼できる事業者と連携し、さまざまなスタイルの就労機会を用意する必要がある。そして最終的には、調査研究を経て政策提言につなげたいとしている。支援先からのフィードバックをもとに、従来のメニューでは支援しきれないニーズを明らかにし制度改善に向けた政策提言を行うことを視野に入れている。
この計画を推進する首都圏若者サポートネットワーク運営委員会には、学識経験者、基金を造成する各種団体の担当者、基金を道具として活用する支援側の代表者等が参画する。プロジェクトの研究段階から参加していた生活クラブ共済連は、引き続き運営委員会に参加。基金造成のために、18年度は首都圏3単協で組合員カンパを実施する。また、生活クラブをはじめとする千葉県内の三つの生協が参画する、特定非営利活動法人「ちばこどもおうえんだん」の活動実践紹介やシンポジウムの開催などにより、子ども・若者がおかれている状況を組合員に伝え、理解を広げる計画だ。
厳しい環境で育ち、心に大きな傷を負っている子ども・若者は、一人一人異なった問題を抱えており、進学または就職できたとしても、順調に進まないことが多い。一人一人に寄り添った、長い支援が不可欠だと村木さんは語る。
「認知症の人に必要なものは、安心できる居場所、味方、誇りの三つだと聞いたことがあります。子どもも同じ。味方ってとてもいい言葉。最後にその子自身の誇りを大事にしてくれる場所があって、『体調崩しちゃって……』とか『上司とうまくいかなくて……』などと言って、立ち寄れるといいですよね。そこはぜひ生活クラブに期待したいところです。就職や就労支援もそう。いろいろな形で応援団になれると思います。ただ、お金は支援の中でもオールマイティーなので、まずは、基金を集めるのが第1ステップですね」
撮影/魚本勝之 文/本紙・元木知子
『生活と自治』2018年10月号の記事を転載しました。