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介護福祉のキーワードを考える 『長生きしても報われない社会』の著者に聞く

「地域包括ケアシステム」って何ですか?

「長生きしても報われない社会―在宅医療・介護の現実」(ちくま新書)には、そのタイトル通り、だれもが内心は見たくもなく、聞きたくもない不都合な真実が克明につづられている。同時に、だからこそ知恵と力を出し合い、長寿が報われる社会を築いていこうとする人たちの価値ある実践があることを同書は伝える。「このまま現政権の政治姿勢が変わらなければ、日本の国民皆保険制度に基づく医療行政、介護保険制度といった社会保障制度は後退の一途をたどる恐れが高い」と著者の山岡淳一郎さんは指摘する。そこで今回は介護保険のキーワードである「地域包括ケアシステム」の実態について山岡さんに聞いてみた。
ポイントは医療と介護の垣根外し
――今後の介護福祉事業は「地域包括ケア」を軸として進めるといわれています。しかし、この地域包括ケアの具体的な内容がよくわかりません。
そうですね。確かに社会保障制度を所管する厚労省は「地域包括ケアシステム」という言い方をずっとしています。しかし、それは具体的にこういうシステムだと明示できるものでは決してなく、Aという自治体をモデルに、それをBという自治体にそのまま持って行けばシステムとして通用するものでもありません。
やはり大切なのは「地域包括ケア」を実現するための人と人の関係性づくりなのです。人と人のネットワーク、地域の中の人の繋がりをどうやって「ケア型」に変えていくかが一番のポイントになるということです。
それに「地域包括ケアシステム」という言い方をすると、そのシステムにのっとっていれば物事がスムーズに進むかのようなイメージもありますが、そうではなくて、あくまでも人が中心になり、中心になる人の考え方次第で、その形態がどんどん変わっていくものと捉えるべきだと私は考えています。
著書の「長生きしても報われない社会―在宅医療・介護の真実」(ちくま新書)に書きましたが、すでにさまざまなパターンの地域包括ケア的な取り組みが各地で実践されています。たとえば神奈川県川崎市では、40年前から在宅ケアに取り組んできた「さいわいクリニック」の医師や看護師が高齢者宅を往診する活動を起点として、地域の福祉介護事業が行政も巻き込んで続けられています。
東日本大震災の被災地である宮城県石巻市には長純一さんという非常にリーダーシップの高い医師がいます。長さんは被災してずたずたになった地域の医療と福祉を石巻市とともにどう再生させるかという課題に挑んでいますが、「自分は医者として地域包括ケアに携わっているが、その鍵を握るのは生活支援。そこで暮らしている人たちが安心して生活できるようになる支援体制を確立していかなければならない」と主張しています。
そのとき重要になってくるのが、介護福祉士やケア・マネジャーといった福祉の第一線で働いている人たちであり、その人たちと医師や看護師がどう連帯していけばいいかという仕組みづくりに長さんたちは力を注いでいます。同様の動きは各地に広がりつつあり、これまでの医療重視というか、医療中心主義的なものからケア重視の生活支援の拡充という考え方が社会に浸透しつつあるという感じを私は持っています。いまお話しした事例のように、今後は医療と介護の垣根を取っ払っていくような取り組みが間違いなく必要になるはずですし、これが地域包括ケア実現のための要諦です。
――そうはいっても、医療と介護の間にある垣根は高いのが実情ではないですか。
確かに多くの医師が介護や介護保険制度の内容まで考えるゆとりがなく、「退院したら地域で何とかやってください」というケースが多いのは残念ながら現実です。この状況をとにかく変えていく必要があるわけですが。それには地域福祉との連携を一向に考えようとしない病院や医師に対しては、診療報酬を削るぐらいのことはやっていいと私は考えています。
それはまさに政治的な課題とつながってくる話です。厚労省に地域包括ケア実現のための最大のニーズは「病院と福祉の現場をつなぐことですよ」と私たち有権者が強く訴えなければならないのです。集中的な延命治療をどんどんおこなうより、在宅ケアをしながら最終的に人が住み慣れた場所で終末を迎えられる方向性を具体化したほうが、より公平・公正な医療が実現するはずです。
その仮説が成り立つなら、厚労省の政策立案が大きな鍵の一つになってきます。同時に、いま福祉の現場で頑張っておられる人たちが、どうやって医療と介護をつなごうとする心ある医師たちを獲得していくかが問われるのです。とにかく常にアンテナを張って、自分たちとともに地域福祉の拡充を目指してくれそうな評判のいい医師を福祉事業者の方には探していってもらうしかありません。
北杜市の「白州わいわい」に注目
――医療と介護をつなぐとともに、地域の人間関係のなかにある「お互いさま」の精神でやれることはやるというのも生活支援の具体化ですよね。
そう思います。ただし、そういった相互扶助制度を利用する際に、やはり個々人が自立的に自分のことは自分でできるという意識を持つ必要があると思います。一方的に何か与えられるのを待っていて、「これもあれもやってくれ」「それはあなたたちの仕事だろう」ではいけないということです。自分のことは自分でするというのは、ある意味一番の支援なわけですよ。具合が悪いからといって、ずっと寝っぱなしになったら体動かなくなるのと同じように、できることをどうやっていくかを支援される側も考えていくのが大事なのです。
表現としては好ましくありませんが、「老老介護」という言葉があります。60代後半の元気な方々が、それより上の人たちを生活支援していく、助けていくという意味で用いられ、そうした現実への批判があるのは承知していますが、老老介護も一つの方策として成立しないと地域包括ケアは実体化できないと思うわけです。まさに元気なシニアはケアの貴重な地域の戦力といえるのです。
その良きモデルとなる取り組みが山梨県の北杜市で展開されています。中心になっているのは宮崎和加子さんという人です。宮崎さんは東京都の足立区などの下町で、全日本民主医療機関連合会(民医連)に所属する「健和会」という病院に看護師として勤務し、在宅医療や在宅介護の具体化に尽力されてきました。その宮崎さんが60歳の定年を機に北杜市へ引っ越し、地域のなかで「白州わいわい」という施設を立ち上げたのです。
医療か、福祉かという話のなかで、その両方のつなぎ役的な看護師は医療的なケアや処置もできますし、介護士的な世話もできます。だから、看護師がしっかりしていれば、ある程度の在宅医療は実現可能なのです。「白州わいわい」には立ち上げの年に北杜市の福祉課長を定年退職した女性もスタッフとして加わり、地域全体の人間関係づくりに励んでいます。他にも北杜市にUターンしてきた人たちや看護師が「白州わいわい」にはたくさん集い、「看取り」もやれば「在宅看護」もやろうと活気溢れる面白い展開になっています。
宮崎さんたちは最初に介護施設をつくり、それだけではだめだとなって、今度は地域に出て行く「見守り隊」みたいなものを発足させました。さらに今後は持ち主に頼んで、使われていない別荘などの建物を利用し、ホスピスをつくろうといった結構壮大な計画まで立てています。すごいと思いませんか。
そうした一連の行動を私は「心地良いお節介」と呼びたいです。お節介というと、厄介なものと感じる人もいるでしょうが、自立が前提でも、ある程度体が弱ってくると、お互いにお節介をやきながら、それが互いに楽だと思える関係性をもう一回つくり直すしかないと思います。それが地域包括ケア実現の推進力になるのではないでしょうか。

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