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山梨県北杜市「だんだん会」 自立支援に注力、切れ目のない地域福祉事業を

ノンフィクション作家・山岡淳一郎さん

山梨県北杜市では新たな福祉の取り組みが始まっている。その主体が「だんだん会」。訪問看護のパイオニアで、全国訪問看護事業協会の事務局長だった宮崎和加子さんの呼びかけに応えた地域の人びとが立ち上げた一般社団法人だ。
 
一般社団法人だんだん会 長坂事務所

市の公募で選ばれたプラン

天空は晴れ渡り、澄んだ空気が高台に建つ民家を再利用した施設を包んでいる。 晩秋の八ヶ岳南麓にあるサロンには十数名の高齢者が集い、2週に一度の認知症カフェが開かれていた。

「一人でも仙人とはこれいかに」。ボランティアが川柳を読み上げる。「一枚でも煎餅と言うがごとし」と70代の男性がつぶやく。「あっても梨とはこれいかに」「なくても蟻と言うがごとし」。川柳は参加者が携えてきた。症状の違いはあれ、皆さん認知症だ。

たとえ物忘れが高じても、さまざまな記憶や、物事への愛着は胸にしまわれている。その扉をひらく鍵を参加者自身が持ってくる。喋り、食べ、お茶を飲み、笑っていると大切な記憶がよみがえる。やがてサロンに懐かしい歌声が響いた。

「赤いリンゴに唇寄せてー 黙って見ている青いそらー」。90代の女性が厳しい戦後を生き抜いた思い出に浸っている……。

認知諸省カフェ「わいわい長坂」
ここは山梨県北杜市「だんだん会」の長坂事務所兼サロン。だんだん会は、訪問看護のパイオニアで全国訪問看護事業協会事務局長を務めた宮崎和加子さんが仲間に呼びかけて立ち上げた、非営利の一般社団法人である。

2年前、宮崎さんは、還暦を機に東京から北杜市に移り住んだ。素晴らしい自然環境とは裏腹に医療や介護への対応は手薄で、認知症の人を受け入れるグループホームが足りていなかった。ちょうど北杜市が介護事業者を公募しており、応募して選ばれた。宮崎さんは過去に9ユニット(81人定員)のグループホームをつくる責任者を務めた。その知識と経験を生かし、だんだん会を船出させる。

そして、2017年4月、「グループホームわいわい白州」(2ユニット・18人定員)を開いた。国からの約4000万円の助成に公的金融機関の融資を受け、1億9000万円の建設資金を用意した。これと前後して訪問看護ステーション「地域看護センターあんあん」、訪問介護看護一体型の「定期巡回てくてく24」、認知症カフェなどの事業をはじめる。さらに空ペンションを使った支援付き共生すまい「わがままハウス山吹」の建設も進めている(2019年4月開所予定)。

在宅介護のノウハウ生かすグループホーム

宮崎和加子理事長
宮崎さんは、目ざす介護をこう語る。

「徹底的な自立支援です。やって差し上げる介護はしません。認知症の方でも、自分でご飯をつくれます。身体で覚えた記憶は消えにくい。自分でできることは自分でやるから活力が保たれ、その人らしく生きられます。介護支援者は、しっかり相手に合わせて臨機応変にお守りする。たとえば、その人が家に帰りたいと言うのなら、じゃあ帰りましょう、と一緒に出かける。歩いても、歩いても着かない。もう日が暮れてきたね、と声をかける。だったらあなたの所に行くわ、とその人の意志で戻る。そういうつき合いをするわけです」

百聞は一見に如かず、だ。長坂事務所から「わいわい白州」へと向かった。起伏に富んだ風景のなかを車で行くこと15分。ワイナリーの葡萄畑に囲まれた「わいわい白州」に着いた。現在、「尾白」、「摩利支天」と名づけた2つの棟に9人ずつ入居しており、要介護5の人が3人含まれる。
グループホームわいわい白州
わいわい白州のリビングルームで寛ぐ入居者
建物に入ると、広いスペースに木がふんだんに使ってあり、こころが和む。昼下がりのまったりとした時間が流れていた。ダイニングで遅い昼食をとる人、洗濯物をたたむ人、それぞれが規則で縛られず、自由に過ごす。リビングでお茶を飲んでいた80代の女性に「こんにちは、わたしの友だちが東京から来ました」と宮崎さんが声をかけた。

「なんで、こんな田舎に」と女性が聞く。「この家が立派なので見にきてもらったの」「あら、そう。どうぞごゆっくり、見ていってください」。女性は親族がここを建てたと思い込んでいる。

95歳の女性は、さっき誕生パーティを終えたばかりだ。もう覚えていないけれど……。重度の認知症の90代の女性が抜群の音感でピアノを弾く。認知症の高齢者たちは、施設ではなく、自宅での暮らしの延長のなかにいた。

わいわい白州の居室
建物のあちこちには在宅看護で培ったノウハウ(意匠)がちりばめられている。風呂場にはリフト装置があり、介護者は一人で要介護5の入所者の入浴介助ができる。階段と手すりは、絶妙の角度と段差であつらえられており、足腰の衰えを防いでいる。各部屋の扉にはステンドグラスがはめこまれて、あからさまな監視ではなく、さりげなく中が見える工夫が凝らされていた。
階段の幅や角度、手すりの位置など絶妙
建物のあちこちにステンドグラス
夜、部屋から廊下に出て、トイレに行く力のない人にはトイレ付きの部屋も用意されている。できるだけオムツはつけない。その人らしく生きるにはオムツが心身を健やかに保つうえで障害になると考えられているからだ。気になるわいわい白州の入居利用料は月約12~14万円。現在、部屋が空くのを18人が待っている。

「訪問看護に決まった形はありません」

人口4万8,000人の北杜市でも、グループホームのキャパシティには限りがある。在宅での介護、看護のニーズは高い。取材当日、「あんあん」の訪問看護と「てくてく」の定期巡回介護で看護師2人、介護士6人が、14人の在宅利用者のもとを36回訪ねていた。

訪問看護は「あんあん」所長で看護師の樋川牧さんが支えている。牧さんは山梨県南アルプス市の出身だ。県内の一般病院で10年、東京都内の病院で2年、葛飾区の訪看ステーションで8年働いた後、「そろそろ地元に戻ろう」と、だんだん会に入った。訪問看護、介護は生活支援が中心なので、ふつうの服装でおこなう。何となく心に壁をつくる白衣は着ない。牧さんは語る。

地域看護センターあんあん所長・樋川牧さん
「在宅医療や介護も地域性があります。葛飾区には往診専門のドクターもいたし、在宅ケアが進んでいました。東京は高齢者がなかなか病院に入院できませんからね。こちらは家族が家で介護をし、何かあれば入院のパターンが多い。訪問看護に決まった形はありません。地域性や、ご本人の希望、性格、家族の考えなどに合わせて、一つずつ手づくりです」

ときには訪問看護や介護を「必要ありません。もう来ないでください」と拒まれることもある。「そういうときは距離を置く。少しお休みして、また調子が悪くなったら声かけてくださいね、いつでも来ますよと申し上げます。そして変調があれば、すぐに対応。じゃあ次も、と変わります。押すばかりではダメ。家に上げてもらわなきゃ、看護も何もないのです」と牧さん。むろん「看取り」も大切な役回りとなる。

訪問看護に向かう樋川さん
こんなケースがあった。極寒の日、基幹病院のソーシャルワーカーから電話が入った。「どうしても息子の小学校の卒業式に出たい、息子と約束した、とおっしゃる末期がんの55歳の男性がいます。移動中に亡くなる危険もありますが、受けていただけませんか」

牧さんは病院に行って状態を確かめ、「お受けします」と伝えた。「あんあん」のスタッフは小学校を訪問し、教員と打ち合わせを重ねる。急変時の対応や、医療機器の電源の確保、寒さ対策など入念に準備した。卒業式当日、男性を車椅子に乗せて体育館に入った。男性は傾眠状態に陥り、無呼吸が頻発する。呼吸がいつ止まるかしれず、空気が張りつめた。

ところが、息子が入場してくると、男性はぱっと目を開いた。卒業証書をもらった息子は、みんなの前で「僕は将来、やさしい人になっていろんな人を助けたいです」と挨拶した。父はじっと息子を見つめ、その姿を心魂に焼きつけていた。3日後、男性は逝った。「お母さんを守ってくれよ。こんどはおまえの番だ。男どうしの約束だぞ」と息子に託して……。

牧さんの周りでは、映画や小説ではとても描けない厳粛で、激烈で、人間らしい物語が日々、くり広げられている。

帰途、小淵沢に寄り、「わがままハウス山吹」になる予定の空ペンションを眺めた。来春、森の樹々が芽吹くころ、ここは10部屋の支援付き住居に生まれ変わる。生命は、循環している。

この空ペンションが、来春「わがままハウス山吹」に生まれ変わる
やまおか・じゅんいちろう
1959年愛媛県生まれ。ノンフィクション作家。「人と時代」「21世紀の公と私」を共通テーマに近現代史、建築、医療、政治などの幅広く旺盛に執筆。『国民皆保険が危ない』(平凡社新書)『医療のこと、もっと知ってほしい』(岩波ジュニア新書)『原発と権力』『インフラの呪縛』(ちくま新書)『神になりたかった男 徳田虎雄』(平凡社)など著書多数。

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