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[本の花束2019年7月] 隣国の女性作家のベストセラーが私たちの現実を変える一歩に 翻訳家・斎藤真理子さん


今、韓国と日本で一冊の小説が話題となっています。
女性が生きていくうえで次々と降りかかる問題や様々な抑圧……。
この本を読むと、隣同士のこの2つの国は驚くほど似ていることがわかります。
翻訳を手がけた斎藤真理子さんに寄稿いただきました。

韓国で100万部超えの大ヒット

『82年生まれ、キム・ジヨン』は、韓国で100万部超えという記録を打ち立てたベストセラー小説。そして昨年12月に刊行された日本語版も、海外文学の翻訳書としては異例の売れ行きを見せ、話題になっています。

しかもテーマがフェミニズムとあっては、なぜそんなに? と驚いてしまいますよね。今までに耳にした日本の読者の皆さんの声を総合すると、支持の理由はどうやら次の3つに整理できそうです。①すぐ読めて、②ずしーんと効いて、③読むと、読んだ人どうしで話をしたくなる。
この三拍子がそろってどんどん広がっているようなのです。

主人公は33歳のワンオペママ

主人公はタイトルそのまま、1982年にソウルに生まれたキム・ジヨンという女性です。
「キム」は韓国でいちばん多い姓、「ジヨン」はその年生まれの女児の中で最多の名だったそうですから、現実に立脚して作り出されたヒロインということになりますね。

そんなジヨンはソウル郊外で夫と幼い娘と3人暮らし。広告代理店に勤めていましたが、出産を控えて退職、今はワンオペ育児に励んでいます。しかしある日、公園で娘を散歩させているとき、近くにいた会社員から「ママ虫(ちゃんと子育てをせず遊び歩いている母親という意味のネットスラング)もいいご身分だよな」という陰口を浴びせられたことから、徐々に精神に変調をきたしてしまいます……。

著者のチョ・ナムジュさんはもと放送作家。ですからこの本もまるで再現ドラマのようなわかりやすさで、女性が社会で直面する様々な困難や差別を、精神科医のカルテという体裁で淡々と描き出していきます。

家庭内での男の子へのえこひいきから、高校時代に体験した恐怖のストーカー事件、圧倒的に女子に不利な就活、面接でのセクハラもどきの質問。やっと就職しても、重要な仕事は「女性は結婚や出産で辞めるから」という理由で任せてもらえません

読者を襲う「あるある!」の嵐

このあたりにさしかかると日本の読者にとっても「あるある!」の連続です。「たいしたことじゃない、いちいち気にしていたらきりがない」と心の底に沈めてきた過去の思い出が「ずしーん」と蘇り、あのとき悔しいと感じた自分は間違っていなかったんだと思うと泣けてきた……そんな感想を話してくれた方もいました。

本書は、一冊まるごと問題提起の小説です。キム・ジヨンを助けるためにはどうしたらいいのか? という課題は、誰にとっても無関係な話ではないからです。

韓国でこの本は最初口コミでじわじわと広がり、やがて国会議員が自腹で300冊買って全議員にプレゼントするなどしてどんどん話題になっていきました。一方ではK-POPアイドル、レッド・ベルベットのアイリーンがこの本を読んだと発言しただけで男性ファンたちから猛烈なバッシングを受けたりと、まさに一種の社会現象となったのです。

読むというより「使う」本

韓国と日本では兵役の有無など違う点も多々ありますが、同じアジアの家父長制的文化を背景に持つ家庭や企業内風土はよく似ています。

読みながら「あるある!」とうなずき、「ずしーん」と心に響き、まわりの人に「読んだ?」と聞きたくなる、読んだ人どうしでいくらでも話し合える、そんな一冊です。

女性だけではありません。
「女の人たちがこんな経験をしているとは知らなかった。この本は男こそ読むべき」という声が、男性たち自身からも多数上がっているのです。どうぞこの本を使って、身近な人と話し合ってみてください。

東京医科大学の不正入試事件や多々のセクハラ事件は決して遠い話ではありません。隣国の女性が書いたこの小さな本が、今ある矛盾を次の世代にまで負わせないために、何か一つでも身近な問題を変えるきっかけになればと思います。
翻訳家 斎藤真理子さん

●訳者:さいとうまりこ/翻訳家。訳書に、パク・ミンギュ『カステラ』(共訳/クレイン/2015年第1回日本翻訳大賞受賞)、チョ・セヒ『こびとが打ち上げた小さなボール』(河出書房新社)、チョン・セラン『フィフティ・ピープル』(亜紀書房)など多数。

書籍撮影:花村英博
 

『82年生まれ、キム・ジヨン』

チョ・ナムジュ 著
斎藤真理子 訳
筑摩書房 2018年12月
18.8cm×13cm(四六判)189頁

●チョ・ナムジュ/1978年、ソウル生まれ。
梨花女子大学社会学科卒業後、放送作家として活動し、2011年に作家デビュー。本書で第41回今日の作家賞受賞。フェミニズムをテーマにした7人の女性作家による短篇集『ヒョンナムオッパへ』(白水社)に「ヒョンナムオッパへ」が収録されている。
図書の共同購入カタログ『本の花束』2019年7月2回号の記事を転載しました。

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