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さらなる闇に沈まぬように ―― 子どもたちの自立を支援

複雑な事情を抱えた子どもたちが、自立を目指し人生をスタートさせようとするとき、大きな困難が立ちはだかる。彼らは安心できる居場所を探すことから始めるが、所持金もなければ頼れる人もいないのが実情だ。そんな若者たちの親代わりとなるのがNPO法人「なんとかなる」(神奈川県横須賀市)だ。共同代表を務める岡本昌宏さん(44)を中心に、住まいに食事、さらに仕事も提供し続ける。

左から「なんとかなり荘」の施設長、高木尚さん、NPO法人「なんとかなる」の事務局長、田神明さん、共同代表の岡本昌宏さん、職員の宮入真由美さん

NPO法人「なんとかなる」の起点

建設現場の足場づくりと解体を担う鳶(とび)の世界に19歳で入った岡本昌宏さん。30歳になった2005年に独立し、横須賀市内で個人事業主として「セリエ・コーポレーション」を立ち上げた。大の読書好きで本を読みあさるうちに児童虐待など、子どもをめぐる問題に興味を持った。

「虐待の被害者や親と一緒に住めない子どもたちが児童養護施設で集団生活をしていると知り、すぐに県内の施設を訪ねました。とにかく力になりたいと相談すると担当者も賛同してくれ、子ども二人を引き取ることにしました」と照れくさそうに笑う。

引き取った二人と同じ境遇にある子どもは少なくないが、彼らを支援する団体は限られる。岡本さんの行動はすぐに行政担当者の耳に入り、09年には「NPO法人神奈川県就労支援事業者機構」から少年院を出た子どもの雇用を打診された。その後、厚生労働省所管の児童養護施設と法務省所管の少年院・刑務所という二つの異なる行政と連携し、児童養護施設などから毎年2~3人、少年院・刑務所からも40人ほどの子どもを受け入れてきた。過去11年で10人の女性を含む、80人以上の子どもたちが岡本さんの元に身を寄せたという。

「子どもは心が柔らかいので、良い環境や仲間に巡り合えば早い変化が期待できます。とはいえ、仕事を継続するのは難しいようです」と岡本さん。手に職をつけ、住まいと仕事と学ぶ機会があれば人生のやり直しは可能という信念から、親代わりとして子どもたちを守ってきた。しかし、現在も鳶職を続けているのは5人ほど。悩んだ岡本さんは職業の選択肢を増やし、より細やかな支援を決意した。そして16年にNPO法人「なんとかなる」を立ち上げた。幼なじみでもある前横須賀市長の吉田雄人さんも岡本さんの趣旨に賛同し、一昨年から共同代表を務めている。

自立援助ホーム「なんとかなり荘」

18歳になり、児童養護施設を出所しても、すぐに自立するのは難しい。同NPOでは、施設を離れた子どもたちが数年後には自立できるようにするため、住まいと居場所を提供しつつ、本人の希望に応じて進学や就労への支援を行う「中間支援の場づくり」という新たな課題に挑戦している。18年には横須賀市の認可を受け、市内初の自立援助ホーム「なんとかなり荘」の運営を開始した。

「なんとかなり荘」は京急線堀ノ内駅から15分程歩いた静かな住宅街にあるテラスハウスだ。比較的新しそうな建物で掃除が行き届いている。定員6人の個室制で、家賃は光熱費込で月3万円。掃除洗濯は各自で済ませ、希望すれば食事も提供してくれる。現在は3人の女性が共同生活している。

この施設は横須賀市の援助を受け、岡本さんと吉田さんの他に数人のスタッフで運営している。職員の宮入真由美さん(71)が寮母として子どもたちの暮らしをサポート、事務局長の田神明さん(68)が窓口として受け入れ児童の相談や市との調整を担当する。施設長は高木尚さん(60)だ。他にも4人の宿直スタッフが交代で食事の支度をしながら、パン作りなどの食育も実施する。福祉の専門家こそいないものの、家族的で温かいアプローチが何よりの強みといえる。

「入所してきた子どもが自分のやりたいことを決める過程で、可能な限りの選択肢を与え、自信をつけていくための伴走支援をしたいと思っています」と岡本さん。それには十分な時間と人員確保が欠かせない。子どもにはそれぞれ個性があるからだ。子どもの一人が介護の仕事を希望すれば地元で探して紹介したり、就職支援センターで子どもの特性を一緒に考えたりと多忙を極める。

同NPOの運営は市民からの寄付で支えられる面が大きい。生活クラブなどが参加する「首都圏若者サポートネットワーク」の「若者おうえん基金」では先日選考会を開催し、同NPOへの助成を決めた。助成金は子どもたちが旅立つ際の祝い金や自立支援金の一部に充てられているという。

自立援助ホーム「なんとかなり荘」の共用キッチン。パン作りなども食育の一環として行われる

「お節介な存在でいたい」

児童養護施設出身の子どもたちの自立支援の一方、同NPOでは少年院・刑務所を出所後、行き場のない子どもに鳶職などを通じた社会復帰のサポートもする。鳶職が向かない場合は、市内にある他の業種で就業体験もできる。そうした子どもたちは市内にあるシェアハウスに住み、仕事をしながら週に1回は畑を耕し、読み書き・パソコンなどを学んでいる。対象者がいればアニマルセラピーも導入する。

なかには、知的障害を持ち日常生活をうまく送れなかった子どもが現在では親方として後輩の指導をしていたりもするという。目下、インドネシアで新会社の設立準備を進めている岡本さんは「日本で生きづらさを抱える子どもたちは、海外で働いてみてほしい」と言う。

今、岡本さんの会社には技能実習生として働くインドネシアの人たちの姿がある。日本の若者たちとカタコトの日本語で鳶の仕事を学びあっている姿を見るにつけ「鳶の仕事は日本発祥。その技能を世界に発信するのは日本の職人の役目なはずだし、それができれば彼らは一生涯お金に困らないだろうと思うからです」と親心をのぞかせる。

運営前に近所への説明に努めたため、「なんとかなり荘」の活動を多くの人が理解してくれているようだ。ときには季節の野菜や果物などのおすそ分けが届き、地元の米国海軍やフードバンクからの寄贈品もある。岡本さんは言う。

「かつては地域にお節介なおじさんやおばさんがいて、不良と呼ばれる子どもたちの世話を焼いていました。時代が変わり地域の共同体が失われた現在、犯罪者に対する世間の目も厳しくなっています。だから私は昭和のおじさんのようにお節介な存在でいたい。頼るあてのない子たちがさらなる闇へ沈んでいくことなく、一人でも多く自立できるよう、力を尽くしていきたいと思っています」

撮影/魚本勝之    文/織田千寿

『生活と自治』2019年7月号「連載 手づくりの「地域福祉」を目指して」を転載しました。

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