聞いてびっくり! 各国は独自の助成制度で「農業保護」
東京大学大学院農学生命研究科教授 鈴木宣弘さんに聞く
当レポートでは今年7月に「日本の関税率は高い」という言葉の真偽を確かめました。今月は「日本の農業は世界一保護されている」といわれていますが、それが果たして本当かを東京大学大学院教授で農業経済が専門の鈴木宣弘さんに聞いてみました。
「中国とFTA交渉はしない」と韓国
――韓国では環境と国土保全の要の一つである農業の多面的機能を憲法に明記し、食料安全保障の視点に立った農政の実行を政府に求める「1000万署名運動」が2018年7月に活発化したと聞きました。
米国と自由貿易協定(FTA)を結んでいる韓国では、米国産品への関税率はコメを除けば、実質ゼロの状態です。そんな米韓FTA締結に農業関係者は猛反発し、今回の署名運動には多くの市民が参加しました。韓国がFTAの締結に踏み切ったのは、国内総生産(GDP)に占める輸出の割合が日本の約8倍という事情があるからですが、このまま工業製品の輸出を最優先する状況が続けば、韓国の農業が滅びしてしまうという強い危機感を抱いていることの証しだと思います。
目下のところ、米国と韓国の間には競合するような農産物はありません。日本同様、すでに米国産の飼料穀物などは大量輸入されていますが、韓国が市場開放に応じたくないニンニクやキムチの原料となるハクサイなどは米国からは入ってきていません。こうしたなか、韓国が絶対にFTAを結びたくないと考えているのが中国です。
中国からはニンニクもハクサイもどんどん入ってきてしまう恐れがあり、「それだけは絶対に許さない」というのが韓国のポリシーで、日本とは違って「守るべきものは守る」という姿勢を貫いています。とにかくすごいのはニンニクの関税が「360%」で、パプリカの関税は「270%」という点です。さらにパプリカの輸出には補助金を投入し、国を挙げて輸出促進に力を入れています。
米国と自由貿易協定(FTA)を結んでいる韓国では、米国産品への関税率はコメを除けば、実質ゼロの状態です。そんな米韓FTA締結に農業関係者は猛反発し、今回の署名運動には多くの市民が参加しました。韓国がFTAの締結に踏み切ったのは、国内総生産(GDP)に占める輸出の割合が日本の約8倍という事情があるからですが、このまま工業製品の輸出を最優先する状況が続けば、韓国の農業が滅びしてしまうという強い危機感を抱いていることの証しだと思います。
目下のところ、米国と韓国の間には競合するような農産物はありません。日本同様、すでに米国産の飼料穀物などは大量輸入されていますが、韓国が市場開放に応じたくないニンニクやキムチの原料となるハクサイなどは米国からは入ってきていません。こうしたなか、韓国が絶対にFTAを結びたくないと考えているのが中国です。
中国からはニンニクもハクサイもどんどん入ってきてしまう恐れがあり、「それだけは絶対に許さない」というのが韓国のポリシーで、日本とは違って「守るべきものは守る」という姿勢を貫いています。とにかくすごいのはニンニクの関税が「360%」で、パプリカの関税は「270%」という点です。さらにパプリカの輸出には補助金を投入し、国を挙げて輸出促進に力を入れています。
EUと米国は農業所得を公的助成
――諸外国が採用している関税以外の農業保護策についてはどうですか。
2006年の時点では農業所得に対して公的助成が占める割合はスイスが「95%」、フランスが「90%」、イギリスが「95%」でした。それが2013年にスイスは「100%」、フランスは「95%」、イギリスは若干下がって「91%」になっています。それぞれ農業所得の9割以上が税金で賄われているのです。
イギリスやフランスの主食は小麦ですが、両国の小麦農家の平均経営面積は200ヘクタールで収穫量も多くなります。そうなると小麦の小売価格は安くなりますが、それでは農家は肥料や農薬代を十分に賄えません。そこで政府が補助金を支出し、農家は肥料や農薬の代金を払っても所得が手元に残る仕組みを機能させています。ヨーロッパの小麦農家は政府が投入した補助金でコストの持ち出し部分を補てんし、所得をきちんと得ながら国際競争力を高めているのです。
対して、日本では野菜や果物の農家の所得に助成金が占める割合は、せいぜい「10%」くらいでしょう。フランスでは野菜や果物の農家所得の4割、5割が補助金です。しかし、2006年の時点で日本の農家所得に占める補助金の割合は平均「15.6%」でした。民主党政権が導入した「戸別所得補償制度」が入る前の話です。
その後、米価は下がり、相対的に日本の農家所得も減り、若干補助金の割合は増えました。しかし、2016年の時点でも「30%」そこそこ。ヨーロッパは90%以上ですし、米国は「40%」ですから、日本の農家所得に占める助成金の割合は先進国で断トツに低く、その構造は現在も変わっていないわけです。
米国は「40%」と申し上げましたが、かの国の仕組みは、市場価格の状況によって変わります。たとえば米国の農家が1俵(60キロ)4000円でコメを販売しているとして、生産に12000円のコストが必要としましょう。米国では、その生産コストを政府が自ら計算し、販売価格の差額の8000円を政府が補助金で全額負担しています。だから、米国の農家は政府が提示する生産コストを目安に、安心して作付け計画が立てられるのです。
2006年の時点では農業所得に対して公的助成が占める割合はスイスが「95%」、フランスが「90%」、イギリスが「95%」でした。それが2013年にスイスは「100%」、フランスは「95%」、イギリスは若干下がって「91%」になっています。それぞれ農業所得の9割以上が税金で賄われているのです。
イギリスやフランスの主食は小麦ですが、両国の小麦農家の平均経営面積は200ヘクタールで収穫量も多くなります。そうなると小麦の小売価格は安くなりますが、それでは農家は肥料や農薬代を十分に賄えません。そこで政府が補助金を支出し、農家は肥料や農薬の代金を払っても所得が手元に残る仕組みを機能させています。ヨーロッパの小麦農家は政府が投入した補助金でコストの持ち出し部分を補てんし、所得をきちんと得ながら国際競争力を高めているのです。
対して、日本では野菜や果物の農家の所得に助成金が占める割合は、せいぜい「10%」くらいでしょう。フランスでは野菜や果物の農家所得の4割、5割が補助金です。しかし、2006年の時点で日本の農家所得に占める補助金の割合は平均「15.6%」でした。民主党政権が導入した「戸別所得補償制度」が入る前の話です。
その後、米価は下がり、相対的に日本の農家所得も減り、若干補助金の割合は増えました。しかし、2016年の時点でも「30%」そこそこ。ヨーロッパは90%以上ですし、米国は「40%」ですから、日本の農家所得に占める助成金の割合は先進国で断トツに低く、その構造は現在も変わっていないわけです。
米国は「40%」と申し上げましたが、かの国の仕組みは、市場価格の状況によって変わります。たとえば米国の農家が1俵(60キロ)4000円でコメを販売しているとして、生産に12000円のコストが必要としましょう。米国では、その生産コストを政府が自ら計算し、販売価格の差額の8000円を政府が補助金で全額負担しています。だから、米国の農家は政府が提示する生産コストを目安に、安心して作付け計画が立てられるのです。
ただし、最近はコメ、小麦、トウモロコシ、大豆の国際価格が高値安定で推移しています。実際の販売価格が高ければ生産コストとの差額は小さくなりますから、政府が農家に支払う補助金は少なくなります。それでも米国の仕組みはすごいのです。生産コストと販売価格の差額を全額政府が穴埋めし、多い年には輸出向けの小麦、トウモロコシ、大豆の3品目の差額補填だけで1兆円規模の国家予算を投入した年まであるくらいです。
しかし、日本は米国の様な仕組みを持とうというそぶりさえ見せず、国会では議論すらしていません。日本の政治家には、欧米のような農業保護のための補助金制度ができたら「困る」という人が多いようです。自国農業保護のために本質的に必要な補助金制度については常にあやふやにしておいて、いざ生産者が窮したら自分が出て行って、「緊急対策費をとってやったぞ」と訴えて票につなげたいということでしょうか。この繰り返しですから、日本の農家が日常的に安心して作物づくりに励めるはずがないのです。
「聖域」の確保は当然。だが日本は――
――欧州連合(EU)と米国の動きはわかりましたが、環太平洋連携協定の参加国であるオーストラリアやカナダはどうなのでしょうか。
カナダは穀物生産については助成措置を一切講じていません。ただし、自国の酪農と畜産を徹底的に保護し、とにかく酪農にはだれにも指一本触れさせないという姿勢を貫いています。まさに聖域であり、EUも米国も酪農は聖域です。彼らは守るべきもの、攻めるべきものを使い分けながら主張を巧妙に使い分けて実利を得ようとします。だから、かの国々は日本のようにチーズの関税の全面撤廃などという愚かな選択はしないのです。
オーストラリアとニュージーランドは酪農大国ですから、この分野では貿易相手国に徹底した自由競争を求め、関税を盾に使いません。しかし、両国は「隠れた輸出補助金」という農業保護を続けています。彼らは乳製品や小麦を日本には高く売り、中国に安く売っているのです。これは中国に自国産品を安く売るための補助金を日本の消費者が負担している「消費者負担型輸出補助金」と同じことで、紛れもなく世界自由貿易機関(WTO)の取り決めに反する問題です。
その点については日本政府の要請を受け、私も英文のペーパーを作成し、スイスのジュネーブにあるWTO本部に提出しました。しかし、オーストラリア政府は、この「価格差別」を小麦に適用していたAWB(独占的な輸出機関)が「すでに民営化されたため、政府の手元にデータが残っていない」として、かの国の農産物輸出における「価格差別」を輸出補助金としてカウントするのを阻止する姿勢を示し、いまも同様の措置を取り続けています。いわば「灰色」のままの放置状態に置かれたままなのです。
また、米国の差額補填の仕組みについても輸出補助金にあたるからやめるようにWTOの裁定が下りましたが、かの国も言うことを聞こうとしません。かたや日本の輸出補助金はゼロです。実はWTO合意をまっすぐに受け止め、深刻に解釈し過ぎ、過剰なまでに農業保護予算の削減を徹底してきた日本は哀れな「世界一の優等生」です。欧米各国は、国にとって必要な制度は死守しています。
ちなみにカナダ、EU、米国の乳製品への関税は数百パーセントです。子どもの命に関わる一番の食材である牛乳・乳製品の供給を「外国に依存することなどまかりならん」というのが彼らの考えで、それは「電気やガスの供給と同じように公共事業の一翼を担う分野だ」と言い切ります。
おまけにカナダでは「酪農家の再生産に必要な生産コストに見合う価格」を政府が決めています。その価格に基づき、独占禁止法適応除外の強力な生産者組織である「指定団体」が、メーカーへの納品価格を通告できる仕組みが機能しているのです。だから、原乳が過剰生産になったときには、政府が最低限の価格を守るために無制限に乳製品を買い上げます。それはEUも米国も同じで、同様の仕組みをやめてしまったのは日本だけです。
どうですか。これでも「日本の農業は世界一過保護」と言えますか。前回は「日本の関税率は高い」という主張の “ごまかし” についてお話しました。そんな言葉を巧妙に操り、日本の第一次産業を衰退に追いやり、食料安全保障を求める私たちの権利をないがしろにする政官財の動きを今後も注視し、安直かつ性急な自由貿易の推進に「NO!」を言い続ける必要があるとは思いませんか。
取材・構成/生活クラブ連合会 山田 衛
画/所 ゆきよし
写真/魚本 勝之
画/所 ゆきよし
写真/魚本 勝之
【2019年9月20日掲載】