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どうなった?「地方創生」前編

明治大学農学部教授 小田切徳美さんに聞く
聞き手/農業ジャーナリスト・榊田みどり
構成/生活クラブ連合会 山田衛


「東京一極集中」が叫ばれて久しい。こうしたなか地方では「少子高齢化」に悩まされ、過疎化も進む。この打開策として政府が2014年に打ち出したのが「地方創生」。6年を経た現在、その現状と課題を明治大学農学部教授の小田切徳美さんに聞いた。(前後編に分けてお伝えします)

性急な政府の動きに疑問


榊田 今日は政府の「地方創生政策」の現状と課題について伺いたいと思います。日本各地を訪ね、フィールドワークを重ねておられる小田切さんにお話を伺う前に、私が記者として取材するなかで見えてきた地方の現実について、感じたところを少しお話ししたいと思います。

農業白書に「農業所得が上がっている」という記述があり、トピックスのトップにあげられています。農業の成長産業化は着実に進んでいるといいたいのでしょうが、農産物の品目別生産量を追っていくと、おしなべて下がっています。生産量が減って単価が上がり、所得が上がっているというのが実情です。

つまり、家族農業の担い手が高齢化し、後継者もやめていくなか、やめた人は文句を言わないし、もうかっている人も文句を言わないということです。農産物の集荷販売を担う農協としては取扱量の減少は問題ですが、だれにもお尻を叩かれないため、漠然とした危機意識はあっても何ら対策を講じてはいません。政府は「農業の成長産業化」といいますが、残念ながら日本農業は弱体化を続けているのです。

政府が「農業・農村所得倍増計画」を発表したのは2013年。翌2014年に「地方創生策」が提示されました。市町村合併が推進されるなか、農業分野では法人を優先し、家族農業を軽視する流れが強まりました。農業予算による助成措置も法人には使いやすくなりましたが、家族農家では適用要件を満たしにくい、利用しにくいものに変わりました。こうした変化とセットで出てきたのが地方創生だったという印象を私は持っています。


小田切 そう、地方創生のはじまりは2014年です。この年の5月に「増田レポート」が発表され、7月には政府内に地方創生準備室が発足し、9月には石破茂地方創生大臣が任命され、11月には「まち・ひと・しごと推進法」が成立しました。その後「地方版総合戦略」が動き出します。何より驚いたのは、ひとりの民間人が雑誌で問題提起したレポートにもとづき、わずか半年後には日本全体を動かすような大きな法律ができてしまった点。その時間の余りの短さに、何か最初から仕組まれていたのではないか疑問すら覚えます。

振り返ってみると、地方創生に類する動きは何度か起きています。有名なのは1988年に竹下内閣が提唱した「ふるさと創生事業」で、その後、小泉構造内閣で所得格差をめぐる論議が活発となり、実際に都道府県の県民所得を見ていくと所得格差が拡大していることが明らかになりました。この問題が「限界集落」の増加とあいまって地域再生の議論が盛り上がり、2007年の参議院選挙で、第一次安倍政権の自民党が大敗したのです。

こうしたなか自民党政権は、従来できてこなかったことを政策化しました。それが「地域再生」と言われる動きで、2008年に「集落支援制度」、2009年には「地域おこし協力隊」が創設され、ほぼ同時期に「ふるさと納税」制度が導入されました。どれも政治の波のなかで十数年に1回出てくる政策ですが、今回の地方創生が従来とまったく違うのは2008年から日本が人口減少社会に入ったということです。人口減少社会を前提とした地域再生論議は、これまではありませんでした。

この点を増田レポートの筆者の増田寛也氏は逆手にとるように「消滅可能性都市896のリスト」を作成し、市町村を名指しして、あたかも「お前たちはもう死んでいるんだ」と言い出したわけです。もはや従来の手法とはレベルというか、インパクトが違うやりかたです。人々の危機意識を利用して、何がしかの方策を実現しようという力が永田町にも、霞ヶ関にも働いたのではないかと思います。

とりわけ政治主導の市町村合併が一段落し、総務省の一部では、もう一段何がしかの自治体再編が必要だとの問題意識から、消滅の恐れがある自治体に対する手立てが必要だと考えていたようです。彼らはさまざまな自治体が広域的に連携する手法をスタンダード化、標準化しようともくろんでいるようにも見えます。それが現実になれば、基礎的自治体は再度の合併を余儀なくされ、大変なことになってしまいます。このように、霞ヶ関は、地方消滅の大きすぎるインパクトを利用しながら、従来できなかった新しい施策を導入しようと考えたのではないですか。

トップダウンではなく「積み上げ」で


榊田 道州制の議論もその頃でした。

小田切 そうですね。道州制も自治体再編のひとつだと思います。それを含めて、地方創生はかなり政治的に仕掛けられたものです。第一次安倍政権では限界集落問題で大騒ぎしました。しかし、それも政治的な仕掛けであったため、一過性の動きで終わり、今回の地方創生も同じ道をたどる可能性があるわけです。そうならないようにするための、目下の最大の課題は従来からあった地域づくりの動きと地方創生政策がどのように連携できるかにあると私は捉えています。

90年代のバブル崩壊の際、地方でのリゾート開発は大きく揺さぶられました。その経験から、政府の政策に頼るばかりでなく、自分たちの力で「内発的」に何かしなければ何もはじまらないという意識が生まれ、地域づくり運動の原動力となりました。それを立体的かつ体系的にまとめたのが鳥取県の「ゼロ分のイチ運動」で、中国山地から全国に広がっていきました。そんな地方の主体的な動きを意識せず、きちんと受け止めることもなしに地方創生策が進められているのが、とても不思議です。


榊田 内発的な動きがあった地域にとっては、法律ができ予算が付くことで助かった部分もあるのではないですか。政府は具体的なアイデアを何ら持たないわけですから、何かを押しつけられることなく、地方は自由な予算の使い方ができる。となれば、やる気と工夫のある地方にとってのメリットはあったはずですよね。

小田切 たしかにメリットがあったところもありますが、今回の地方創生の持っていき方は「地方版総合戦略を早く作ってください。早く作ったところには特別の交付金を出しましょう」というものです。交付金自体は自由度が高くて良いのですが、「できるだけ早く作ってください」と急かされたことが、地域づくり運動で住民参加を基盤とする地域でさえも、従来の基盤を崩す力として働いてしまいました。

逆にきちんと対応できたところは、岡山の真庭市や、北海道のニセコ町など限られた自治体です。ニセコは政府の短兵急な動きに乗ってしまってはいけないと考え、1,000万円の前倒し型交付金は喉から手が出るほど欲しかったはずですが、それは「(何事も住民の自発性に基づく、住民参加で創造していく)私たちニセコの文化ではない」と、町をあげて子どもたちも含めた階層別のワークショップを開催し、時間をかけて地域創生プランを練り上げました。だから、交付金を満額受け取ることはできなかったのです。

ニセコの域にはいかないにしても、内発的に積み上げてきた運動を続けた自治体もあれば、せっかく町ぐるみで盛り上がった地域づくりプランを崩し、トップダウン型にしてしまったところ、何も考えずにコンサルタントに計画作成を丸投げした自治体もあります。こうした現実を踏まえ、私はプロセス重視の地方創生が必要だ、むしろ良質なプロセス自体に価値があると主張しています。

英語に「距離の暴力」という表現がありますが、それをもじって私たちは「時間の暴力」と言っています。「急げ、急げ」と性急さを要求されるのは、地域の時間軸で暮らしている人たちにとっては、ものすごく暴力的なのです。しかも、そこにお金を付けてしまう。自由度の高い本当に必要とされるお金です。地方創生の交付金自体は、榊田さんがおっしゃったように意味あるものなのですが、その活用にあまりに性急なプランづくりが求められるため、各自治体はひたすら急いで、できるだけ政府に気に入られるような方向に走りがちです。これではいけません。何よりプロセス重視で進む必要があるのです。(次回に続く)


小田切徳美(おだぎりとくみ)
1959年、神奈川県生まれ。明治大学農学部教授。 東京大学大学院単位取得退学。博士(農学)。 高崎経済大学助教授、東京大学大学院助教授などを経て、2006年より現職。専門は、農政学・農村政策論、地域ガバナンス論。著書に 『農山村は消滅しない』(岩波書店)、共著に『世界の田園回帰』(農文協)『内発的農村発展論』(農林統計出版)、『農山村からの地方創生』(筑波書房)などがある。

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