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食べてつながる沖縄 循環の島、久米島を味わう【沖縄物産企業連合、生産者グループ赤土の会】


経済自立による平和を目指し、沖縄県産品の販路を広げる㈱沖縄物産企業連合。生活クラブ連合会では、2年前から企業連合との提携を開始した。提携先の一つ、久米島(沖縄県島尻郡)の生産者グループ「赤土の会」は、循環型の土づくりを基盤に「はればれ育ち野菜」を生産する。
「赤土の会」メンバー。左から、平良正五郎(たいら まさごろう)さん、幸地利治(こうち としはる)さん、本永久(もとなが ひさし)さん、山里滋(やまざと しげる)さん、保久村学(ほくむら まなぶ)さん、中村勇(なかむら いさむ)さん、西銘秀一(にしめ ひでいち)さん
久米島の赤土は沖縄瓦の強度を増すためにも使われる。ジャガイモ畑はこれに他の黒土も混ざり程よい色の土壌となっている

サトウキビのその先へ

赤土の会ではサトウキビとジャガイモ、カボチャを輪作する。サトウキビの収穫は刈り取り機械を持っている農家が担い、その間にジャガイモやカボチャの栽培作業にあたる
1月末、赤みがかった土の中で、薄皮に包まれたジャガイモが掘り起こされるのを待っていた。緑の葉が黄色くなり始めたら、それが収穫の合図だ。

沖縄本島から西へ100キロ、那覇空港から飛行機を乗り継ぎ30分で久米島に到着する。周囲約48キロの島内に、農業、漁業、畜産、絹織物など各種産業がある。離島には珍しく水が豊富なため、かつては稲作も盛んで、「自給可能な島」ともいわれた。

島の主要農作物はサトウキビだ。耕作面積の8割近くを占める。しかし、収穫作業は重労働で、担い手不足が深刻な問題となっている。サトウキビのほかにも安定した収入につながる農作物を作り、複合的な生産体制をつくろうと立ち上がったのが、生産者グループ「赤土の会」だ。

久米島には沖縄の全種類の土が存在するといわれ、その代表が赤土だ。根に必要な通気性や保肥性を備え、この土で栽培した作物のおいしさには定評がある。一方、海に流出すると沿岸に滞留し汚濁につながるため、畑に柵を作ったり、「ベチバー」と呼ばれる植物を植えた緑地帯を設けるなどして耕作時に赤土が流出するのを防ぐ。「せっかく手をかけ良い土を使うのに、それをうたわないのはもったいない」と、グループの名前とした。

設立以来、赤土の会は、農薬や化学肥料をできる限り使用せず、環境に負荷を与えない循環型農業に取り組んできた。亜熱帯の気候をいかし、他の国内産地より一足先にジャガイモやカボチャを生産、出荷する。今年で12回目の収穫だ。

農家が食べて安心なものを

久米島の城跡の一つ、宇江城城(うえぐすくじょう)からの展望。海に向かってサトウキビ畑が広がる。琉球の島々の中でもひときわ美しい島、「球美(くみ)の島」が、島の名の由来だという

「タイミングが良かった」。赤土の会の初代会長、中村勇さんはそう振り返る。本島で古書店を経営していた中村さんは、父親の急死に伴い帰島して農業を継いだ。「就農当時はサトウキビばかり作っていた」と言う。新たな市場に出せる作物ができないかと考えていたところに、沖縄物産企業連合(企業連合)から声が掛かった。当時、農畜産部を立ち上げた直後だった企業連合は、意欲のある生産者の組織化を図っていた。

その頃久米島土地改良組合の総代会後の懇親会で、個々の農家がサトウキビ以外の農作物を生産しても、販売ルートがないことが話題になった。「企業連合の話をすると、新たなルートができそうだと、みな喜んでくれました」(中村さん)。その場で意気投合しグループができた。

赤土の会がまず選んだのはジャガイモだった。各農家が家庭で消費するものとして作り慣れていて、一般家庭の消費量が大きい。ジャガイモの成育期間は台風時期とも外れ、冬場の生産ができると考えたからだ。化学薬品で土壌消毒などをすれば自分たちもその安全性が心配になる。「農家自身が安心して食べられるものを作ろう」と話し合った。

次に作ったのはカボチャだ。本島の有名なカボチャの産地で技術指導を受けたり、植え付けや実が熟す時期には種苗メーカーを招いて勉強会を開くなど、メンバーは頻繁に集まり学び合った。赤土の会では受粉をミツバチ任せにせず、一つ一つ手で着花する。手間ひまかけた栽培方法で、初年度の収穫から成功した。

こうした赤土の会の農法は、生活クラブ連合会が農法の基準として策定した「はればれ育ち野菜」に見合うものであり、企業連合との提携を契機に2年前から供給が始まった。

1:現会長の保久村学さん、2:カボチャのおしべ。一つ一つ手で着花する、3:古新聞で手作りしたカバーをカボチャの実にかぶせ、日焼けを防ぐ山里滋さん、4:初代会長の中村勇さん

5:山里さんの畑には牛舎が隣接する、6:久米島町営の堆肥センター、7:時間をかけて発酵させた堆肥は、サラサラした手触りで臭いも感じない

「ゆいまーる」の精神で

現在、メンバーは11人。勤め先を退職後に農業を継いだ人が多い。兼業農家としての経験はあるものの、個人で作業効率を上げ、生産規模を拡大するには限界がある。月に一度は集まり、酒を酌み交わしながら情報を共有する。それが楽しみだとメンバーは話す。「みんなで支え合い、楽しみながら農業をしていきたかった」と中村さん。赤土の会はメンバーの心のよりどころでもある。 

「次世代の考え方でグループを運営していってほしい」。中村さんの期待に応えて、昨年、保久村ほくむら学さんが二代目の会長に就いた。日照時間や雨量などさまざまなデータを蓄積し、有効な栽培方法はマニュアル化する。地域で取り残される農家がないよう保久村さんは気にかけ、「メンバー以外の農家とも、もっと顔を合わせて情報交換していきたい」と話す。

赤土の会が力を入れるのは、病害虫に負けない土づくりだ。畑に投入する堆肥は、牛ふん、バガス(サトウキビの搾りかす)、おがくずなど、島内の排出物を原料に、何段階もの工程を経て発酵させる。中でも重要なのは土壌菌。最終段階の堆肥の一部を土に戻し入れ、培養し続けている。

自分の労働力を必要とする人に順番に提供することを、「ゆいまーる」という。それは、奪わず、すり減らさず、循環させる、久米島の堆肥作りそのものだ。

支え合える関係を

(左)㈱沖縄物産企業連合社長、羽地朝昭さん、(真中)農畜産部の宮城大志さん、(右)取締役の田場典篤さん

石垣島、宮古島を筆頭に、沖縄経済は今リゾートブームに沸く。しかし、「潤うのは大手の不動産会社ばかりで、地域にお金は落ちてこない」。企業連合の社長、羽地朝昭はねじともあきさんはそう指摘する。だからこそ沖縄県産品の販路を広げ、地元企業の雇用や農家の生産、出荷を増やすことに力を注ぐ。「それが沖縄物産企業連合の使命」と言う。

とはいえ、県産品の価格には物流コストを上乗せせざるを得ず、県外では日常品として定着しにくい。「沖縄の歴史、文化、慣習を学び、伝える努力が欠かせない」と羽地さん。「ものの背景にある物語を伝えたい」と、生活クラブの組合員との交流に期待を寄せる。

伝え手の一人、農畜産部の宮城大志みやぎたいしさんは、入社以来、赤土の会との関係性を築いてきた。生産量は徐々に伸びてきたものの、まだまだ需要に供給が追い付かない。「後継者や若手の育成など、生産者と共に課題を解決していきたい」と言う宮城さん。「それにはまず現状を知り、『当たり前』を疑うことから」と話す。

赤土の会設立時の担当者だった取締役の田場典篤たばのりあつさんは、沖縄県民と県外の人とでは、沖縄に対する考え方に想像以上のギャップがあると言う。「沖縄らしさとは?」の質問に、「人の距離感」と答えた。「誰も落ちこぼれることなく、集まる場がある幸せ、それを継続していきたい」と田場さん。「自立とは、人に寄り掛かることができる強さではないか」とも言う。

多くの国内産地の端境期、食生活に必要な農産物を出荷する沖縄。その現状を知り、正しく寄り掛かることのできる市民でありたい。支え合う関係づくりが、また一つ始まった。
撮影/高木あつ子
文/本紙・元木知子

「ちゃんぷるー」で行こう!

(左)久米島東部の海岸にある畳石。約600万年前に安山岩のマグマが冷えて固まってできたものといわれ、幾何学模様を描く、(右)真冬も咲き続けるハイビスカス
輪切りにしたジャガイモに軽く小麦粉を付け、油で揚げる。マカロニサラダ、ゆで卵などトッピングはお好みで(調理:「赤土の会」の本永妙さん)
沖縄といえば青い海、サンゴ礁、色鮮やかなハイビスカス、「ざわわ」となびくサトウキビだろう。あるいはアジア・太平洋戦争の地上戦、あるいは米軍基地。さまざまある中、沖縄といえば、台風である。

多い年には15回も上陸するというから、台風の備えは怠りない。中でも食。慌てず騒がず、常備している缶詰や乾麺、卵や根菜類を使って、食事の支度ができてこそ、沖縄県民ということになるらしい。どの家庭にも定番の台風メニューがある。

そう教えてくれたのは、久米島の生産者グループ「赤土の会」の女性陣だ。いずれも別の島の出身。赤ちゃんを抱きながら、お茶を飲み、おしゃべりする仲間がいたから寂しくなかったと話す。「ゆんたく」というそうだ。

独身の頃は、農業と無縁の生活をしていたが、今は夫婦、家族でジャガイモを掘り起こし、土を払い、ぬぐう。話を聞けば聞くほど、農作業の苦労と夫婦仲の良さが伝わってくる。「夫が優しいのは、そうしないと逃げられちゃうから」と言い、照れ隠しに笑った。

さまざまな具材を炒め合わせる料理を「ちゃんぷるー」という。動物性タンパク質の具材としてよく使われるのは、マグロの缶詰や豚肉の缶詰。缶詰は米国の統治下にあった時代に県民の食生活に浸透した。炭水化物も同時に取れるソーメンちゃんぷるーは、台風の接近時に頼りになるメニュー。かつおだしが決め手だ。
地球過熱化の影響か、近年、沖縄に上陸する台風は、風雨の強さよりもゆっくり移動することが問題になってきたという。激しい風雨を伴う台風の経路は、東にずれてきている。

琉球王朝の時代から、沖縄はアジアの国々と交易し、異文化を受け入れてきた。染まりきるわけでも、排除するわけでもなく、それらを融合し、独自に築き上げたのがちゃんぷるー文化、多様性をたたえたごちゃまぜ文化である。

台風への備えも、アジアの一員という感覚も、沖縄を見習い、「ごちゃまぜ」「ちゃんぷるー」を取り入れる必要がありそうだ。

撮影/高木あつ子
文/本紙・元木知子

『生活と自治』2020年4月号「新連載 ものづくり最前線 いま、生産者は」を転載しました。
【2020年4月15日掲載】
 

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