[本の花束2020年4月] 物語には、子どもたちが長い人生を生きていくためのヒントが詰まっています。福音館書店・編集者 西 裕子さん
1968年の創刊以来、長きにわたって多くの人々に愛読されている福音館古典童話シリーズ。
一冊刊行されるまでに、およそ3年から5年もの時間をかけて丁寧に編集されています。今回は、そのシリーズのなかから『若草物語』を中心に、編集者の西裕子さんにお話を伺いました。
──福音館古典童話シリーズは、現在は何巻まで刊行されているのですか?
1968年に第一弾として、ジュール・ベルヌの『二年間の休暇』を刊行しました。『十五少年漂流記』のタイトルでも知られる作品ですが、この作品から最新刊の『狐物語』(2015年)まで、42巻刊行しています。
──シリーズ誕生のきっかけを教えてください。
その頃は高度経済成長期のまっただなかで、出版活動もますます盛んになっていった時期です。そんななか、子どもたちのために上質な本を届けたいという思いで始められたのがこのシリーズです。それ以前にも各国の古典と言われる名作は出版されていましたが、原典に忠実な完訳を新しい訳者で子どもたちに届けたいと考えました。石井桃子さんや瀬田貞二さんなど当時日本の児童文学を牽引していた方たちにもご相談し、何を底本にすべきか議論を重ね、作品を選んでいきました。そして、子どもはもちろん大人にとっても読み応えのある、文学性の香り高い美しい日本語で刊行することを目指しました。そうでなければ、子どもたちに届ける本物の一冊にはならないと考えたからです。
──『若草物語』の訳者は、新進気鋭の作家であり、翻訳者だった矢川澄子さんですね。
古典童話を新しい訳文で出す際にこだわったのは、作品世界を深いところで読み取る感性に加えて、伝統的な日本語をしっかり身につけている方にお願いしたいということでした。当時すでに『ハイジ』で矢川さんとご一緒していた担当者によれば、英語に関しての知識はもちろん、物語を感覚的に捉えるセンスが抜群の方だったそうです。いただいた原稿は最初からまさに打てば響くというような、非の打ち所のない完成度だったと。古い時代に海外で出版された物語を訳すということは骨の折れるお仕事だと思いますが、的確な表現と描写で、見事に訳しきってくださいました。
──『若草物語』の挿絵は、再評価が著しいターシャ・チューダーのものですね。
どの作品もまず初版本を手に入れて、可能な限り当時の挿絵を復刻しようと心がけました。初版に挿絵がないなど、復刻が難しい場合は、物語を最も正確に、そして美しく表している絵を探して探して選んだり、原作の豊かなイメージをさらに深めてくれるような挿絵を、新たに日本の画家の方にお願いしたりもしました。また、交流のあった海外の児童図書館員の方たちからいただく意見も、とても貴重でした。ターシャの『若草物語』の挿絵は1969年に描かれたもので、アメリカの図書館員の方から推薦されたものなのです。
──そこまでのこだわりを持って作られてきた本だからこそ、今読んでも時代を超えて瑞々しい魅力を保つことができているのですね。
今回、私もあらためて『若草物語』を読み直しました。子どもの頃は、四姉妹のうち誰が自分に似ているか?などと友だちと想像し合いながら読んでいたように思いますが、今は母親のマーチ夫人やローレンス氏の視点に立って共感していることに気づきます。それにしても四姉妹はそれぞれとても魅力的ですよね。言動の一つひとつから少女たちの姿が鮮やかに、まったく古びることなく立ち上がってきます。互いに助け合う姿にも胸を打たれます。長く読み継がれる古典には、そのような普遍的な人々のいとなみが描かれています。時代は変わっても読者それぞれの年齢に応じて共感できるものなのでしょうね。物語に出会うということは、自分の世界を広げることであり、登場人物を通して人間を知ることでもあります。物語には、子どもたちが長い人生を生きていくためのヒントが詰まっています。本は一生の友だちであり、大人になってからも私たちを助けてくれるもの。改めてそれを再確認できました。ぜひ大人から子どもたちに手渡していただきたいですね。
──多くの子どもたち、大人たちに読んでもらいたいシリーズですね。貴重なお話をありがとうございました。
インタビュー:「本の花束」事務局 岩崎眞美子
取材:2020年1月
取材:2020年1月
書籍撮影:花村英博
『福音館古典童話シリーズ 若草物語』
ルイザ・メイ・オールコット 作
ターシャ・チューダー 画
矢川澄子 訳
福音館書店(1985年2月)
21.2cm×16.5cm 496頁
図書の共同購入カタログ『本の花束』2020年4月5回号の記事を転載しました。