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気候危機と新型コロナ禍 バッタの大群が生み出す「食料危機」への備え

東京大学大学院農学生命研究科教授 鈴木宣弘さん

この数年、梅雨時に記録的な豪雨をもたらす「線状降水帯」が九州上空に決まって居座る。夏の太平洋高気圧の勢力も縮小傾向で、昨年は7月と8月に大型台風が関東甲信越を直撃した。豪雨や台風で甚大な被害を受けたのは、日本の中心的な食料産地だ。今年は新型コロナ禍に見舞われ、長引く梅雨で農作物の生育不良が懸念される。海外からはサバクトビバッタの大群が穀物を食い荒らす被害の拡大が伝わってくる。こうしたなか、世界的な食料危機に備える必要があると説くのは、東京大学大学院農学生命研究科教授の鈴木宣弘さんだ。

「バッタショック」で3万5千人分の食料が喪失


 
――今年も日本列島は記録的な大雨による大水害に見舞われました。今後、昨年の様に立て続けに台風被害に見舞われれば、国内の食料生産に深刻な影響が出てくるのは確実でしょう。そんな事態が新型コロナ禍のなかで起きたらどうなるのかと不安になります。

そうですね。まさに「気候危機」という言葉を実感させられるような禍事(まがごと)が続いています。今夏も各地で多くの方々が亡くなり、暮らしの基盤を失うという何とも痛ましいことになりました。あらためて被災した皆様に心からお見舞い申し上げたいと思います。そのうえで、押さえておきたいのが日本の食料生産を支える中心的な産地の鹿児島、熊本、長崎の3県が毎年のように水害の被害を受けているという現実です。昨年は関東甲信越の食料生産県である長野と千葉が台風の直撃を受けました。

それでも幸いなことに小売店の店頭から食品が消えることはなく、驚くほどの価格高騰にはつながりませんでした。とはいえ、気候危機がもたらす食料生産への影響は単年度にとどまるものではなく、翌年はもとより翌々年にまで及びかねないことを忘れてはなりません。さらに被災を機に多くの生産者が営農意欲を失い、廃業が進む恐れもあります。気候危機は日本のみならず、世界各地の食料生産に大きな打撃を与えています。この間、一部のメディアが取り上げているサバクトビバッタ(バッタ)の大量発生も、砂漠などの乾燥地帯に降った大雨が大量繁殖につながったとされています。

バッタによる農作物の被害は今年に入ってアフリカ東部のエチオピアやケニアで発生し、イラン、イラクに広がりました。その後もバッタの大群は1日に100キロメートルから150キロメートル移動し、パキスタンやインドでも穀物が食い荒らされました。すでに3万5000人分の食料が消失し、その被害は世界30カ国に及ぶ危険性があると国連食糧農業機関(FAO)が警告しており、すでにブラジルやアルゼンチンの穀倉地帯が痛手を被っています。

日本はトウモロコシや大豆の大半を米国からの輸入に依存し、米国からの輸入次いで多いのがブラジル産やアルゼンチン産のトウモロコシや大豆です。その両産地がバッタの被害を受け、頼みの米国も新型コロナ感染者数世界一の苦境に立たされているわけですから、いつサプライチェーン(供給網)が途切れても不思議がありません。そうした新型コロナ禍に「バッタショック」が加わった現状を「途上国は大変だな。でも、日本は関係ない」「まさか食料輸入が止まるはずがない」と、高をくくって安閑としていられるはずがないのです。


新型コロナ禍で人の労働が思うに任せず、物流も止めざるを得なくなったことで、世界の農業生産に影響が出てきました。そんな食料危機が懸念される状況をバッタショックが一層悪化させているのですから、生産国が輸出規制に踏み出してもおかしくありません。今後、自国分の食料確保を最優先する国が出てくる可能性が高まってきたといえます。そうなればカネに物言わせるのは実に難しいでしょう。そうしたなか、足元に目を向ければ日本の穀物自給率は、トウモロコシがほぼゼロ、小麦が10パーセントで大豆は7パーセント。とても楽観などしていられない水準にあります。

それでも「コメだけは何とかなる」という人もいるでしょう。確かに目下のところコメは大丈夫ですが、長期にわたる消費量の低下と米価の下落傾向が続くなか、2018年度には減反制度の廃止に伴い奨励金の支給が見直されるなど、多くの農家がコメ作りへの意欲を失いつつあります。今後、自分の家で食べる分しかコメは作付けしないという農家も増えてくるでしょう。先に申し上げたように気候危機の影響も懸念されます。だとすれば、コメは安泰とは言い切れないわけです。
 

人を犠牲にした「ソーシャル・ダンピング」問題

――いまは米国でバッタによる被害が出ているという情報は出ていません。しかし、新型コロナ禍の感染拡大に伴い、食肉加工分野が機能しなくなった結果、牛肉の流通がままならなくなっていると聞きました。

米国産牛肉には牛海綿状脳症(BSE)検査がほとんど実施されておらず、ほぼフリーパスというだけでなく、牛の成長を促進して肉の量を効率よく増やすための「成長ホルモン」の使用が一般的という問題もあります。成長ホルモンは耳ビアスで与えられますが、成分に発がん性物質を含むと指摘されています。そのリスクを予防的知見から回避しようとする欧州連合(EU)は、成長ホルモンの域内での使用を禁止にするとともに、米国産牛肉の輸入も認めていません。

こうした健康リスクに加え、米国産牛肉には低賃金・長時間労働による社会経済的な「格差」を是認し固定化してしまうという問題も抱えています。ひたすら低コストを追求するための移民労働力の酷使ですね。米国の酪農や穀物生産は、メキシコやカリブ諸国などからの移民労働力に依存しています。カリフォルニア州はメキシコ、ニューヨークなど東海岸はカリブからやってきた多くの人たちが過酷な労働に従事しているのです。

私が米国にいた頃は、まだ東海岸の畜産農家には「カリフォルニアのまねだけは絶対にしたくない。移民たちをこき使って、低コスト・低価格を追求するような商売は自分たちの性に合わない」というまっとうな考え方も残っていたのですが、それがあっという間に変わってしまったのです。背景には畜産の工業化があります。もはや農場は工場となり、どんどんカリブの人たちをこき使うようになっていきました。彼らは衛生環境が良くない場所で長時間酷使され、医療を受けるのも難しい賃金水準に置かれたままです。そうした犠牲のうえに成り立つ米国産牛肉や他の農産物の「安さ」は、基本的人権を犠牲にした「ソーシャル・ダンピング」と呼ぶにふさわしい卑劣な行為だと私は見ています。

いまは新型コロナ禍で移民労働力の確保がままならず、牛の食肉加工が滞る状況が続いています。今後、操業が順調に回復し、大量の牛肉が輸出されるようになれば、米国は日本にさらなる輸入拡大を迫るでしょう。そのとき、日本の消費者の選択が問われます。いたずらに「安さ」を歓迎するのではなく、その背景にあるソーシャル・ダンピング構造に目を向ける人が増えてくれることを願ってやみません。
 

求められる「食」の生産現場への財政支出


――ソーシャル・ダンピングから生まれた廉価な商品を含む輸入食品の大量流入が国産品の価格を引き下げ、農家や漁家の経営を圧迫しているという現実もあります。それが自由競争の原理であり「仕方がない」あるいは「日本農業は世界一保護されてきた。それが間違い」と主張する人もいますが、そんなことは決してなく「事実はまったく逆だ」と鈴木さんは訴えておられますね。

詳細は2019年7月の本欄「日本農業は世界一保護されているはフェイク?」と同年9月の「聞いてびっくり!各国は独自の助成制度で『農業保護』」をご参照願い、合わせて『日本農業過保護論の虚構』(筑波書房ブックレット)をお読みくだされば理解いただけるかと思いますから、ここではかいつまんでお話しましょう。2013年の時点で農業所得に公的助成が占める割合はスイスが100パーセント、フランスが95パーセント、イギリスが91パーセントとなっています。一方、日本はどうかといえば、農家所得に占める補助金の割合は平均15.6パーセント(2006年)でした。

その後、民主党政権の戸別所得補償制度の導入で2016年には30パーセントに増えましたが、その制度を現政権が廃止したため、現在は20パーセントになっています。一方、米国の農家所得における補助金割合は40パーセントと日本の倍で、さらに独自の制度を用意して農家の経営を支えています。これでも日本の農家は世界一保護されていると言えますか。言えるはずがありません。むしろ大きなハンディを負いながら自由競争を強いられているのですから、たまったものではないでしょう。日本の農家は自力でよく頑張っているというのが実際の姿なのです。

このようにギリギリの努力を続けている農家が、毎年のように何らかの災害に見舞われています。2年前の大雨の被害を受けた地域では2割の農地しか復旧していないにもかかわらず、日本の政治は速やかにして効果的な財政支出を実行しようとしていません。いまのような緊急時には政府がもっと財政支出を思い切って実行し、必要な時に必要としている人たちにお金を届ける政策を採用する必要があるのです。ところが、プライマリーバランス(財政均衡)の回復に力を入れているからとうそぶき、財務省はカネを使わないことだけに躍起になっています。

2011年の東日本大震災の際もそうでした。確かに巨額の復興予算は付けましたが、条件が厳しくて使えないものが実に多かったのです。たとえ申請しても「交付のための条件を満たしていない」とはじかれ、結局、使えなかった財源が財務省に戻っているという使い勝手の大変悪いものだったと聞いています。「農水予算も同じ。できるだけ厳しい要件を付けて使えないようにし、財務省にお金が戻ってくるようにしている」と農水省の人間が嘆くほどです。
 

予算規模の大きさだけに目を奪われずに

平時には一定程度厳しい面があっても仕方がありません。しかし、いまは非常時。財務官僚にも抜本的に発想の転換をして欲しいのですが、彼らには目の前の人たちの苦境をなんとかしようという発想がまったく感じられません。いささか語弊がありますが、異常というしかないと思うほどです。加えて支出された財源の「分配構造」も大きな問題です。世界的な穀物相場が高騰して飼料価格が跳ね上がり、国内の酪農と畜産農家の経営を圧迫する事態となった2008年の食料危機の際、私は政府の「食料・農業・農村審議会」で畜産部会長を務めました。そのとき、緊急対策費として3000億円から4000億円規模の予算計上が認められたのです。

ところが、規模は額面通りでも中身は付け替え。既存の制度の「看板」の掛け替えが多く、実際に使えるものはかなり少ないばかりか、多くが現場に届かないのが現実なのかと嘆息しました。今回の「Go Toキャンペーン」ではありませんが、何とか機構的なものが数多く存在し、見事なまでに予算が「中抜き」されていき、本当に困っている現場には十分に届いていないのです。当時、酪農家が「乳価を20円上げてもらわないと困る」と訴え、1キロ当たり2円を飲用乳の原乳価格に上乗せする制度ができ、それに100億円が拠出されたのですが、最大4000億円の予算規模にしてこれです。

そんな実態に審議会に参加していた消費者側の委員が「最も必要な農家の所得補填になぜお金がいかないんだ。どこに消えているんだ」と怒りをあらわにしていましたが、まったくその通りだと思いました。大枠で良い方向性に予算が決まったとしても、担当省庁の段階でさまざまな係に割り振られ、彼らが自分たちの仕事が必要だからと設立した「天下り協議会」にも落とされ、さまざまな関連企業にも回されています。

一方、農家はさまざまな申請書類を各市町村に提出し、ようやくわずかな金額を手にすることができるという悪(あ)しき構造が蔓延しているのです。この構造を変えない限り、どんなに大きな規模の予算を組んでも実効性は乏しいというしかありません。新型コロナ対策予算も同様。規模は巨大でも果たしてどれだけ現場に届いているかは疑わしいと見るべきでしょう。政治家の姿勢にも難ありです。この点については次回触れたいと思います。

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