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「看板付け替え」「中抜き」無用 必要とする人にダイレクトに届く財政支出を

東京大学大学院農学生命研究科教授 鈴木宣弘さん

3000億円規模の「緊急財政支出」が予算化されたにもかかわらず、切に支援を求めた酪農家や畜産農家に届いたのは100億円だった。こんな事態が起きたのは国際的な穀物相場が高騰し、「食料危機」や「穀物危機」の到来をメディアが盛んに報じた2008年。なぜ、そんなことになったのかを東京大学大学院教授の鈴木宣弘さんに聞いた。

規模は大きく、実際に使える「真水」はわずか

――2007年から08年にかけて国際的な穀物相場の高騰によりトウモロコシや大豆、小麦にナタネの輸入価格が急激に上昇。これらを原料とする食品が値上がりし、飼料価格も異常な高値となりました。2008年当時、鈴木さんは政府の「食料・農業・農村審議会」で畜産部会長として緊急対策予算の確保に尽力されています。そのとき、たとえ予算規模が大きくても切に支援を求める人たちには十分届いていない財政支出の姿を痛感したと伺いました。

そう。本当にため息するほど落胆しましたよ。あのときは3000億円から4000億円の緊急対策予算が計上されたのですが、中身は既存の制度の「看板」の掛け替えが多く、新たに使える財源は限られていました。おまけに条件が厳しくて使えないケースが大半で、たとえ申請しても「交付のための条件を満たしていない」とはじかれ、結局は財源が財務省に戻っているという仕組みになっていると知りました。これでは効果的かつ十分な財政支出など望めるはずがありません。

「中抜き構造」の固定化という問題もあります。まず霞ヶ関の各省庁の担当部署ごとに予算が振り分けられ、役人が退職した後も報酬を得る天下り先の「〇〇協議会」に振り分けられ、さらに民間企業や団体にも回され、わずかに残った予算が「真水」としてようやく必要とする人々の手に届くことになるのが現実です。私が目の当たりにしたのは、酪農家が「乳価を20円上げてもらわないと困る」と訴え、1キロ当たり2円を飲用乳の原乳価格に上乗せする制度ができ、最大4000億円の予算規模に対して100億円が拠出されたに過ぎないという誠に情けない結果でした。


緊急対策予算の「看板付け替え」と「中抜き構造」は、東日本大震災の復興予算でも起きています。となれば政府が世界一の規模と豪語している新型コロナ対策予算でも同様のことが起きていないという保障はありません。こうした無体な現実がまかり通る背景には「財政均衡」を一義とする姿勢を緊急時にもかたくなに変えようとしない財務省の頑迷さがあることも付け加えておきたいですね。

こうした諸問題を解決しない限り、いつまでたっても真に支援を必要としている人に十分な資金が行き渡ることはありません。しかし、その解決が何とも難しい。「おいしい」思いをしている既得権益者たちの抵抗がとてつもなく激しいからです。そうした人たちにご退場願い、窮地に立たされた人の手元にダイレクトな支援を届けるには、政治の力が不可欠なのですが、これもうまくいきません。というのも、政治家には緊急事態の際に国家からどれだけの予算を引き出せたかで自分の票数が決まるという思惑が働く、つまり、緊急対策予算は票になるとの考えが強いからです。

それではいけません。本来は財政支出がダイレクトに支援先に届くような恒久的なシステムを確立しなければならないのです。たとえば農業分野なら欧州連合(EU)や米国のように、持続的かつ安定的な食料生産のために必要な農業所得水準を設定し、そこまでは政府が補填するというように政府が政策を組み換えるだけで、まったく違う世界が開けてくるはずです。これは農業分野に限らず、社会保障など他の財政支出にも通じるテーマであるといえるでしょう。

政治家の「手柄」に使われる緊急支援にNo!

――では、現行の悪しき構造を変えるにはどうしたらいいとお考えですか。

各省庁間で予算の取り合いするのではなく「国家戦略会議」を設置し、もっぱら財務省主導の予算編成から脱却を目指そうという動きが民主党政権のときにありました。そうした方法を選択すれば予算の決め方も大きく変わってるはずです。たとえば国家戦略予算として防衛予算にこれだけ拠出するなら、農水予算も同じくらい必要だという議論が出てくる可能性が出てくるわけです。先般、私がコメンテーターとして招かれたBS放送の番組で防衛省の担当者が「国家安全保障という意味では、防衛と農業は重要な役割を担っている」として意見の一致を見たりするように、現状より踏み込んだ議論ができると私は考えています。

あえて繰り返しますが、いまの日本に切に求められているのは「非常時」であることを認識した大胆な財政支出と、真に支援を必要としている人に迅速かつダイレクトに届く十分な「真水」の財源なのです。この原則に立ち、平時には恒久的な財政支援システムが稼働している状態を構築していかなければなりません。「そんなことを言ったって政治は簡単に変わらない」という人も多いでしょうが、そんなに希望がない話でもないのです。たとえば、イギリスでは第二次世界大戦後49パーセントだった食料自給率(カロリーベース)を一時は75パーセントまで回復させ、現在は60パーセント台後半の水準を維持しています。その原動力の一つとなったのがEU加盟でした。

それまでイギリスはEUが制度化していた農家への直接支払いによる所得補償政策を取り入れていませんでしたが、それをEU加盟と同時に採用。これにより農家の収支が大幅に改善され、農家の営農意欲が一気に高まったのです。さらにサッチャー政権の時代に農協が解体され、乳価が暴落しましたが、これもEUの最低価格保証制度の力で下げ止まりの状態になりました。日本にはない最低価格保証と所得補填という仕組みがEU諸国と米国では確立されているのです。

政府買い上げで最低限の価格を支え、直接所得補填もする恒常的なシステムですから「看板の掛け替え」も「中抜き」も入る余地がありません。これなら農家は一定の安心感を持って日々の生産に励めます。この点は米国の農家も同じで、今回は新型コロナの影響で農業所得への緊急補填が実施されましたが、普段から農家は政府から財政支援を受けられるシステムの存在を知っていますし、いくらお金が出るかという点もある程度は承知しています。そうした恒常的なシステムの導入を日本の政治家は嫌うのです。システムが導入されて政策が決まってしまうと自分たちの出番が無くなるからです。


彼らにしてみれば、常に農家を不安にさせておき、緊急時に「よし、俺の出番だ。俺が予算を付けてやったぞ」とアピールしたいのではないですか。だから、確たる政策と恒常的な財政支援システムの導入に本腰を入れたがらないのではないかという疑念が湧いてくるのです。彼らが自分の「手柄」とアピールする緊急対策はせいぜい半年か1年間で終わり。おまけに満足な支援が届かないのが実態で、農家はまた不安になるという切ない繰り返しになるわけです。これではいけません。やはり支援をダイレクトに拠出する方法を確立し、中抜きを減らして最低限必要な額がみんなに届くようにすれば、たとえ総額を増やさなくても、もっと効率的に現場を守り、振興することはできますよ。

都市離れ、在宅勤務に対応した「半農半X」支援

――新型コロナ禍を機に都市部を離れ、農村、漁村、山村で暮らしたいと考える人も増えてきていると一部メディアが報じています。一次産業の担い手に対する直接所得補償と作物の最低価格保障制度に加え、都市部からの移住者を支援する「半農半X」への財政支出も重要になってくるのではないでしょうか。移住者に限らず、在宅勤務が可能となって地域で過ごす機会が増えた人たちを対象に積極的に一次産業に関わってもらうのを支援する財政支出の用意も重要になるかと思います。「半農半X」といえば、農民作家の山下惣一さんが旧ソ連崩壊後のモスクワで広がった「ダーチャ(農地付別荘)」に注目し、「芋植えりゃ、国滅びてもわが身あり」という言葉で「市民皆農」の精神をたたえています。

どこかに勤めながら地域の農林水産業生産に関わっていく人を増やしていくことが重要になってきているのは間違いありません。目下の大きな課題は一次産業従事者の所得補償ですが、人手不足も深刻な問題です。だとすれば、自分もいっしょにやるしかないと考え行動する人を増やしていくしかないわけです。岩波書店発行の月刊『世界』の2020年7月号にも書きましたが、消費者がもっぱら消費するだけにとどまらず、どんな形でも生産に関わるようになれば、次第に流れは変わっていくはずだと私は考えています。


「半農半X」の重要性は2020年3月末に閣議決定された「食料・農業・農村基本計画」(新基本計画)でも言及されています。それが本当に具体的な政策となり、その達成につながる予算化がなされるかどうかを注視していく必要がありますが、重要なのは地域が持続していくためには、生産現場を現在支えている人たちをみんなで支えていかなければならないという点です。新基本計画の策定に際し、農水省の担当者も地域の現場を実際に歩いて、「企業を含む特定の担い手だけを支えればいい」という前の基本計画ではコミュニティが崩壊すると実感したようです。だから、今回の新基本計画では地域の家族農業に「半農半X」の人たちを含めて、みんなで支え合うという方向性が強く打ち出されているのです。

その方向性をしっかりと政策化し予算化していくのが政治の使命であり、私たちの暮らしを守っていく仕組みの構築でもあるはずです。にもかかわらず、新型コロナ禍が収束すれば、食料は輸入すればいい、心配する必要はないと高をくくっているかのような政治を容認するわけにはいきません。前回の本欄で触れたように、自国民の分を最優先した食料の輸出禁止措置が発令される可能性は消えず、輸入できたとしても穀物の国際相場の高騰から入手が困難になる恐れもあります。また、順調に調達できたとしても輸入食品には健康へのリスクを抱えたものが少なくないことを忘れてはならないでしょう。この点については次回に触れたいと思います。

撮影/魚本勝之 
取材構成/生活クラブ連合会 山田衛


すずき・のぶひろ
1958 年生まれ。東京大学大学院教授。農林水産省、九州大学教授を経て現職。国民のいのちの源である「食」と「農」の価値を訴え、国内の一次産業を切り捨て、大企業の利潤追求を最優先する新自由主義経済への厳しい批判を一貫して続けている。著書に『食の戦争』(文春新書)がある。

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