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【連載】斎藤貴男のメディア・ウオッチ

連載開始にあたって


菅義偉政権の支持率は 57%で、9月の発足直後における64%より7ポイント下がった。また、「日本学術会議」の新会員候補105人のうち6人の任命を菅首相が拒否したことについて、「問題だ」と答えた人は37%。「問題だとは思わない」は44%で、「どちらともいえない」が18%だった――。

毎日新聞と社会調査研究センターが2020年11月7日に実施した全国世論調査の結果だ。「問題だ」とした人の8割近くが、菅内閣を「支持しない」と回答したことなどから、同紙は〈任命拒否問題が支持率低下の一因となったようだ〉と分析している(同月8日付朝刊)。

全国87万人の科学者たちの代表組織・日本学術会議をめぐる異常事態が明るみに出て1ヶ月半。任命拒否に関する賛否両論が出揃った、目下の世論をどう捉えるべきなのか。

前述した毎日新聞の調査結果は実に微妙だ。学術会議の一件も政権支持率を低下させた要因の一つだという指摘は、たぶん正鵠(せいこく)を射ている。今回、任命されなかった6人はみな、安倍晋三前政権が強行した安保法制や特定秘密保護法、共謀罪などの諸政策を批判していた。菅首相は任命拒否の理由を説明していないが(11月末日現在)、権力に従順でない人間を排除したのだとする大方の見方が当たっているとしたら、状況はきわめて深刻というしかない。

そう感じた人々が少なくないからこそ、支持率にも影響したはずだが、ならばなぜ、個別の設問では、「問題だとは思わない」人のほうが多数派を占めたのか。このギャップは、政治権力による論点の設定と、これに呼応した大量の報道によって生み出されたのではないかと、筆者は受け止めている。民意は現実に支持率を低下させたのだから、細かなことはどうでもよいという発想もあるかもしれないが、それは違う。

ある政権を、自分はどうして支持するのか、または支持しないのか。自らの物差しを自覚せず、ただなんとなく、で済ませてばかりいると、人は容易に流され、操られてしまうからだ。何によって? 多くの場合、新聞やテレビの報道、ネットニュースやSNSの書き込みなどによって、である。

私たちがマスメディアの実態を承知しておく必要があるのはこのためだ。もちろん政治の分野に限定される話ではない。これから約半年間、合計6回の予定で、読者と一緒に考えていきたいと考えている。よろしくお付き合いお願いします。

しかし、現実は違った――


 
日本学術会議(以下、学術会議)の問題をめぐる全国紙(在京紙を含む)各紙の論調は、政権に批判的な朝日新聞、毎日新聞、東京新聞、その反対の読売新聞、産経新聞、日本経済新聞の2派に大別できてしまった。テレビは朝日新聞社系のテレビ朝日、毎日新聞社系のTBSも合わせて、ことごとく後者の側と言っていい。前政権下で “反アベ” と “アベ応援団” とに分裂した報道界の状況は菅政権になっても変わっていないようである。

菅首相の姿勢を難じ、これは学問の自由を脅かす重大事だとして、6人を速やかに任命せよと迫る朝日、毎日、東京新聞。共通しているのは、学術会議の「特別の機関」という位置づけを重視するスタンスだ。 内閣総理大臣の所轄であり、国の予算で賄われてはいる学術会議だが、1949年の発足当初から、関連法令でそう定められてきた。背景にあったのは、真理を探究するべき学問が戦争の道具にされた過去への反省だ。この位置づけゆえに、たとえば朝日新聞は〈政府はこれまで、学術会議の独立性を尊重し、首相の任命は形式的なものであって、学術会議の推薦をそのまま受け入れると、国会などで説明してきた〉と11月7日付朝刊の社説で、その経緯を説明している。

一方の読産日経は、歴史の教訓に向き合わない。〈菅首相は、判断の根拠や丁寧に語らねばならない〉としつつ、〈情報技術が飛躍的に発展した現在、科学の研究に「民生」と「軍事」の境界線を設けるのは無理がある。旧態依然とした発想を改めることも必要ではないか〉と強調したのは読売だ(10月6日付朝刊社説)。

ここでいう境界線とは、学術会議が2017年に発表した、防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」は〈政府による研究への介入が著しいので問題が多い〉とする声明を揶揄した表現。声明に強制力があるわけではないが、多くの大学がこれに沿った方針を打ち出したため、政府は科学界を国策に動員させにくくなった。発足当初から軍事目的の研究を戒めてきた学術会議としては当然の意志表示だが、この一件をはじめ、とかく “お上” の意向に従順でない科学者コミュニティをかねてから自民党政権は敵視していたらしい。読売の社説は彼らの代弁でもあった。

何のことはない。政府の学術会議人事への介入が、すでに安倍前政権時代から始まっていた流れも、次第に明らかになってきた。少し前までの日本社会であれば、これだけで “勝負あった” ではなかったろうか。民主主義の常識に照らして、戦前もかくやの強権を振るった政権側の負け。世論調査をすれば、任命拒否を「問題だ」とする人が、きっと過半数を占めていたに違いない。

しかし、現実は違った。戦後4分の3世紀を経た私たちの社会では戦争の記憶も風化し、他の先進国と同様に、知的な権威を軽視、さらには敵意すら抱く “反知性主義” が蔓延している。それはインターネットの普及で言論表現の大衆化・フラット化が進んだためかもしれない。といって平等な世の中が獲得されたわけではなく、むしろ階層間格差の拡大と連動した潮流である実態は興味深いが、この点はひとまず措くことにしよう。

こんなところにも「情報隠し」が

いずれにせよ、大手広告代理店「電通」との蜜月が続いている自民党政権は、そうしたトレンドを熟知している。彼らとその周辺は、記者会見やツイッター等で「(学術会議の)年間予算10億円は高すぎる」とか、「会員が国庫から法外な報酬を得ている」、「政府の科学政策などに関する答申や提言を出す責務を果たしていない」などといった批判を連発。その多くはデマであり、論点のすり替えも甚だしい。さすがの読売や日経もこの手の “情報” の扱いには慎重だったが、くだんの言説は時に異様な影響力を発揮する。

とりわけ学術会議一般の情動を刺激したのは、中国の「千人計画」(海外ハイレベル人材招致計画)に〈積極的に協力している〉という怪情報だ。発端は甘利明・自民党税制調査会長(元経済財政担当相)が発信した「国内では軍事研究に否定的なくせに、これでは “一国二制度” だ」などとしたブログ。確かに中国科学技術協会との間で「協力覚書」が交わされた事実は存在するが、その内容は出版物や会議情報の交換程度で、軍事研究などとんでもないという学術会議側からの反論に、甘利氏はブログのトーンを大幅に弱めたものの、いったん拡散された言説は、デマだろうと独り歩きするのが自然の成り行きだ。

中国の脅威という話題は日本人に冷静さを失わせやすい。明治以来の差別意識とも結びつくから厄介だ。ネトウヨ的な誌面で知られる月刊『Hanada』(飛鳥新社)が2020 年12月号で「『日本学術会議』と中国共産党」の特集を組んだのはまだしも、記事のレベルに定評のある『週刊新潮』までが、同年10月22日号から4週連続で「日本の科学技術を盗む『中国千人計画』」の大見出しを掲げていたのには唖然とさせられた。 明らかな扇動が “売れる” と判断されているらしい。政権寄りメディアの中でもとりわけ過激な産経に至っては、11月5日付朝刊社説で、前述した学術会議の2017年の声明に言及し、こうまで書いた。

〈日本を侵略しようとする国(引用者注・中国のイメージか)を抑止し、有事に撃退するには自衛隊の装備が優れていなくてはならない。そのための研究をさまたげる学術会議の声明は撤回が急務だ。首相も与野党も、国民を守るための議論をしなくてはならない。〉 以上のような報道の流れが形成されていく過程で、菅政権は学術会議を行政改革の対象とする考えを表明。民営化の可能性も含めて、あるべき姿を検討するプロジェクトチームが自民党内に設置された(座長=塩谷立・元文科相)。このプロジェクトには三菱ケミカルホールディングス会長で元経済同友会代表幹事、未来投資会議や総合科学技術・イノベーション会議など政府審議会の委員も歴任している小林喜光氏らが名を連ね、日本経団連幹部らとの会合を重ねながら、年内に提言をまとめる予定と伝えられる。なお、多くの報道は小林氏を公益財団法人「日本工学アカデミー」会長とのみ報じていたから、政権に近い財閥系財界人としての実像が広く知られているとは言い難い。情報操作は、こんなところにもあるのだ。

任命拒否の問題は、そしていつの間にか、アカデミズムの牙城の解体にも通じてしまっている。政権にとって、おそらくはこれこそが本命とする狙いだったに相違なかろう。

スクープか情報漏洩か?

ここまで生協とはさして関係がなさそうに見えるテーマを長々と綴ってきたのは他でもない。これからの私たちの生活や生き方にも深く関わってくるに違いない問題だと、筆者は考えているからだ。

日本学術会議をめぐる政財官界の動き、メディア状況の全体像は、残念ながら容易には掴(つか)めない。新聞やテレビの報道で分かった気になったとしても、情報源(情報発信の起点となる人物や機関)の思惑や、メディア側の立ち位置に左右されがちなのは、すでに例示した通りだ。特に日本経済の将来はイノベーション(技術革新)にかかっていると啓蒙してきた日経までが、ほとんど政府の主張を垂れ流している様は無惨だ。異論を排斥するアカデミズムに、どんな創造ができるというのだろう。

本連載の読者諸氏には、真っ当な月刊誌のチェックを薦めたい。きちんとした論者や書き手が、理解に必要なボリューム(原稿分量)を以て、わかりやすく教えてくれる記事を発見できるからだ。ここでは保守系の “国民雑誌” こと月刊『文藝春秋』(文藝春秋)2020年12月号と、リベラル派の砦『世界』(岩波書店)同年12月号を紹介したい。月刊『文春』の佐藤優「権力論――日本学術会議問題の本質」は面白かった。元外務省主任分析官で官僚機構のインサイダーだった著者は、長期化した前政権の下で、行政権だけが無意識の “欲動” のまま立法権や司法権の優位に立っていたと述べる。

そのうえで、今回の “欲動” の標的は任命拒否された6人のうち、共産党系の「民科(民主主義科学者協会)法律部会」に関係している3人の法律家だったのではないか、それがあからさまになるのを避けるため、別の3人を適当に加えたのだろうとしている。〈下品な言い方をすれば、“まぶした” わけです。しかし、その “まぶし方” があまりに杜撰で、言ってみれば、“欲動” の暴走です。〉 佐藤は菅政権にはさほど強烈な意識はなかったはずだと見てはいるが、バランスをとる役割を果たさなかったことに問題があったとして、〈下の官僚が「政府の方針に反対する者は排除すればいい」という決裁書を書くのはごく普通のことなので、上(うえ)が止めなければ排除の論理が暴走し、それがそのまま “国家意思” になってしまいます。〉と指摘している。


今回の事態を最初にスクープしたのは共産党の機関紙『しんぶん赤旗』だった。ここにも佐藤は注目し、“反共” は情報官僚にとっての国是であり、共産党にとっては “政権攻撃” が党是なのだと述べている。

〈人事発令の前に、なぜこういう情報が革命政党である共産党に流れたのか。官邸からすれば、これは “スクープ” ではなく、情報漏洩です。(中略)いずれにせよ『赤旗』が「これは学問の自由への侵害だ。六人の任命拒否を撤回せよ」と主張した時点で、双方ともに退けない “政争” になってしまいました。“政争” になってしまった以上、政府としては、絶対に譲れないゲームです。〉

なるほど経験の裏打ちは大きいというしかない。〈いま政権に問われているのは、「真の意味での権力の強さとは何か」です〉という結論も、統治する側にとっては有意義な苦言だろう。近年の『文春』らしい視座である。とはいえ、『赤旗』が報じなかったなら、この問題は闇に葬られていた公算が大きい。任命拒否された者の1人である立命館大学の松宮孝明教授(刑事法学)が、それ以前から事実関係をフェイスブックに書いていたにもかかわらず、新聞やテレビは、ことごとく無視を決め込んでいた。

では、次に何が起こりうるか――

『世界』の対談企画「ファッショの構図を読み解く」もより深く、かつ事態の本質に迫っていた。昭和史研究家の保阪正康氏が、「ことの本質はパージです。パージとは思想や政治の問題ではなく、基本的な人間の "存在" に対する否定です」と言えば、東京大学名誉教授で女性学が専門の上野千鶴子氏が「(引用者注・東西対立が激化した1950年に連合国軍総司令部(GHQ) の指示で進められた)レッド・パージでは、ほとんど根拠のない噂や憶測だけで人々が密告・告発されました。ということは、これから何の根拠もなく、誰がいつ標的にされるかわかりません」と応じている。 身の毛がよだつようなやり取りもあった。

上野「では次に何が起こりうるか。私が恐れているのは、国立大学の学長の任命拒否です。(中略)その次に狙われるのが科研費(引用者注・科学研究費補助金の略称。学術振興を目的に国が交付する助成金のこと)と学内経費で、科研費に関してはすでに始まっています。」

保阪「私が恐れているのは地方自治体や民間会社への波及です。国が介入してくる、それが重なる、それによる自己規制に傾く。個々人の市民意識が解体される危険性を感じますね。現実にそうなっているとの声も聞きます。」この通りだとすると、いずれこの国には政府御用達でない研究は存在を許されなくなってしまいかねない。そんな世の中がどのようなものなのか。私たちはもっともっと想像力を働かせる必要があるはずだ。

それにしてもメディアの責任は重い。

地方紙などに記事を配信している共同通信は2020年11月8日にスクープ記事を飛ばした。それによると、官邸はくだんの6人が、〈安全保障政策などを巡る政府方針への反対運動を先導する事態を懸念し、任命を見送る判断をしていた〉と断じている。それを複数の政府関係者が明らかにしたというのだ。 それまでは憶測でしか語られてこなかった真相を、関係者らへの独自取材を重ねて審(つまびらか)にした意義は大きい。だが問題は書き方だ。これではまるで、6人が過激派で、危険思想の持ち主であるかのようにも読めてしまう。証言内容がこの通りであるならあるで、読者に誤解を与えぬように、たとえば学者としての実績をしっかり伝えるのが報道の使命であるはずなのに、共同通信はそれを怠った。

この問題の根は実に深いのである。むろん、成り行きに任せておいて許されるものではない。この問題に関するメディアの動きを今もしっかりウオッチしていきたい。

撮影/魚本勝之
担当/生活クラブ連合会 山田衛


さいとう・たかお
1958年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。英国バーミンガム大学大学院修了(国際学MA)。日本工業新聞記者、「プレジデント」編集部、「週刊文春」記者などを経て独立。『機会不平等』(岩波現代文庫)、『ルポ改憲潮流』(岩波新書)、『「あしたのジョー」と梶原一騎の奇跡』(朝日文庫)、『子宮頸がんワクチン事件』(集英社インターナショナル)、『決定版消費税のカラクリ』(ちくま文庫)など著書多数。
 

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