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【連載】東日本大震災から10年 Vol.1


今年(2021年)3月11日で東日本大震災から10年になる。本欄では来年3月10日までの1年をかけて関連記事を掲載していく。今回は被災直後から地道に話し合いを重ね、同意の水準を高めていく「共同体主導型」の養殖漁業を追求。前浜の資源管理を主体的に進め、地域のなりわいを次世代につなぐ「持続可能なカキ養殖」を実現した宮城県漁協志津川支所の取り組みの意味を考えてみたい。

座談会(上)
東大大学院・鈴木宣弘さん
宮城県漁協戸倉出張所カキ養殖漁業者・後藤清広さん
丸壽阿部商店社長・阿部寿一さん

いま、そして今後の日本の漁業は――

資本主義経済は人間のあくなき欲望をかき立てることで成立するといわれる。欲望は進歩を生む力になりうるが、行き過ぎれば社会を破壊する要因ともなる。この途方もなく厄介な人の欲望を膝詰め談判を重ね続けることで抑制する道を切り開いた漁業者の後藤清広さん、その挑戦を支え続けた水産加工業者の阿部寿一さん。「自然のリズムに合わせた無理のない食料生産の確立」を求めてやまない東大大学院教授の鈴木宣弘さんが日本の水産業の現状と展望を語り合った。2回に分けて掲載する。

―― 鈴木さんは三重県志摩市の漁家のご出身で、いまも漁業権をお持ちだそうですね。

鈴木 はい。私の実家は真珠の養殖がメインの漁業者で、後藤さん同様、カキにノリ、ウナギも養殖していました。同時に田畑も耕すという半農半漁の暮らしを送っていましたので、漁業には強い親近感を感じています。特にカキは冬場の重要な収入源で、私もイカダから引き揚げたカキの殻をむく仕事を手伝いながら育ちました。現在は農学部の教員をしていますが、私の原点は漁業であり、そこに立ち返って勉強したいと思っています。


後藤 宮城県の南三陸町でカキ養殖をしている後藤です。実は10年前の震災を機に漁師はもうやめようかと思ったくらいでしたが、大勢のみなさんのお力添えもあって何とか漁業を続けることができました。私は若いときに7年くらい機械メーカーで働いた経験があり、トヨタの看板方式のまねごとをしてみるなど日本の製造業のノウハウを勉強させてもらう機会に恵まれました。
 ですから漁業の世界に入ったときには友だちは皆一丁前の漁師になっていたのに、私はゼロからのスタートになってしまいました。これで本当に大丈夫かと悩みもしましたが、いまになって考えれば、そんな回り道をした体験が生きたと心底思っています。あの経験があったから、震災後の前浜復旧と復興に知恵を絞り、独自の工夫ができたかなと自負してもいます。


――おいくつで東日本大震災を経験されたのですか。

後藤 50歳になる年でした。この宮城県漁協志津川支所の戸倉出張所のカキ漁師として若いほうでした。それでたまたまカキ部会長を引き受けてくれということになって……。丁重にお断りしたのですが、とにかく頼むと言われてお引き受けしたのですが、どうせやるなら震災前の過密養殖と決別して資源管理型漁業への抜本的な転換を図ろうと腹を決めました。それには国際的な団体が勧めている「持続可能な養殖漁業を認証する制度」のASC認証を取得したいと考えたのです。
 改めて世界の先行事例を調べてみると、大変先進的で日本の漁業は大きく遅れを取っているのがわかりました。バブル経済に沸いた1980年代半ば、周囲を海に囲まれた強みもあって日本の水産業は年間1200万トンの漁獲量を誇っていました。いまも潜在的な可能性は高いに違いないのですが、漁獲量は当時の3分の1の水準まで落ちています。背景には日本の漁業者の操業方法が好ましくないという事情があります。産卵のために帰ってくる魚を根こそぎとってしまうばかりか、稚魚も全部とってしまうわけです。これがサンマの水揚げ激減の要因の一つと私は見ています。

本当に「輸入すればいい」で大丈夫か

――日本の漁業者は毎年1 万人ずつ減っているようですが、その理由はどこにあるのですか。

後藤 一番の問題は魚がとれないこと。とれないから売るものがないわけです。
浜値自体は下げ止まっていると思います。後継者難と高齢化も痛いですね。

鈴木 輸入の自由化もかなり進んで、水産物の関税は平均で4.1パーセントという問題もあります。農産物の関税は平均11.7パーセントで、世界的にも低い方ですが、漁業の場合は、さらに、農産物の半分以下。このように貿易自由化が急速に進んだため取引価格が下がったのも非常に大きかった。そのあおりで所得が減り、漁家が減ってくると漁獲量も少なくなる悪循環が続いているわけです。
 

――輸入品が大量流入することで価格引き下げ圧力が働くということですか。そのせいか日本の漁業者がとった魚でなくても輸入品があればいいし、おまけに安いのならそれでいいという意識を持つ消費者も増えている気がします。一方、海外では魚食への関心が高まっていて、水産物の争奪状態も生まれているようです。
となると、日本は安くなど買えなくなるばかりか、買えない、つまり買い負ける恐れもあるわけですよね。


鈴木 そうです。これからは買い負けがどんどん当たり前になってきます。私の研究室では世界の食生活変化の分析に取り組みました。とりわけ中国の消費者の皆さんが魚を食べる勢いがすごい。中国の消費者がこれまでメインだった川魚に加えて、海の魚を消費するようになり、牛肉や豚肉よりも水産物需要が激増しているのです。そうなると日本は中国に買い負けるという事態も容易に想定されうるのです。だから、このままではいかんわけです。
 日本漁業に踏ん張ってもらって、消費者も国産を大事にしないと。日本の漁業者と消費者が一緒に考えてほしい。漁業者には、まさに無理をせずに魚にも優しく海にも優しく、人にも優しい漁業に取り組んでもらいたいのです。そうしてとれた魚を消費者が生産コストを考慮した適正価格で購入するようになれば、長期的、総合的に見て、利益も上がるし、環境も守れ、若い人も興味持ってやってくれるようになるのではないかと私は常々考えてきました。後藤さんたち戸倉出張所のカキ養殖部会の取り組みは、その典型。これをまとめ上げた関係者に心から敬意を表したいと思っています。

海外が注目する日本の「共同体主体型」漁業

――後藤さんたちの漁業を支えてきた地元の支援者のひとりである阿部さんはどう思われますか。

阿部 わたしは南三陸町でカキの仲買人をしています。後藤さんたちが育ててくれたカキを買い上げ、それを販売するのが私の仕事で、後藤さんとの関係は震災前からのものです。とにかく、あの震災は大打撃でした。本当に前浜のカキ養殖がゼロになってしまったのです。復旧復興をめぐってもさまざまなもめ事があり、私の父は「自分より漁業者が最優先」と代々引き継いできた漁業権を返上しました。
前浜の漁業権の割り当てをめぐり、なかなか調整がうまくいかなかったのです。
 わが家は漁協結成時からの組合員ですから漁場を持っていました。しかし、いまは水産加工が本業ですから、漁業をなりわいとする皆さんが困っているのであれば、自分の分は手放そうと父は決めたようです。そんなもめ事が後藤さんたちの浜では顕在化せず、後藤さんを中心に前向きに動いたのには感動しました。とはいえ、戸倉のカキといえば、震災前は率直に申し上げて最低ランクでした。後藤さん、ごめんなさいね。
 

後藤 いやいや。確かに過密養殖がたたって、そこまで落ちてしまっていましたもの(笑)。

鈴木 宮城県漁協志津川支所戸倉出張所の取り組みが本当に素晴らしいのは、部会長としての後藤さんのリーダーシップと漁業者同士が胸襟を開いて徹底的に話し合いを重ね、それでやっていこうと合意したことではないでしょうか。欧州連合(EU) や米国のように、何かしら規定に基づく枠が決まっていて、それに従えというやり方ではないのが実に素晴らしいですよ。自分たちでルールを決めて、それで皆で侃々諤々(かんかんがくがく)の議論をして、それで最終合意にたどり着いているという「共同体的合意形成力」が貴重な財産であり、それが欧米にはないものです。
 ですから、日本漁業が資源管理で欧米に後れをとったから衰退した、なので、欧米型にしないといけない、それを実現したのが後藤さん達の取組みだ、というストーリーではないということですね。欧米型への移行ではなく、日本漁業が持つ本来の良さの原点を体現したということではないでしょうか。上からの押し付けでなく自分たちでとことん議論して決めたルールだからみんなが守る力も強くなります。

後藤  そうですね。自分たちで決めたことであれば失敗しても納得がいきますが、誰かに押し付けられると反発してしまいがちです。私をリーダーシップというテーマで取り上げてくれるメディアなどもありますが、私の場合はリーダーシップがないリーダーシップかな。たとえ私が何かを言ったとしても、次の日には「知らないよ」と平気で言われましたし、いつでも解任できるわけですよ。1年限りで代えられるのだからという感じで思われていたと推察するのですが、意外と強情で、倒れそうで倒れなかったに過ぎません。
 だから皆で決めようやなんです。どちらかといえば自分は不安に感じていることを皆に聞くのですが、その点は皆も同じ。むろん、不安はあるのですが、もし資源管理型がだめで食えなかったら「そのときはそのときで、やり直せばいい」と皆が異口同音に言ってくれました。それで安心はしたのですが、カキの海中投下量を意識的に減らせば良くなるということはわかっていても、成功しない場合ということも十分あるので不安なんです。でも、こうなりたいという思いは皆がいっしょでした。
 

鈴木 私の郷里の漁業者たちも年に何回も集まり、再調整しながら議論を重ねつつ、「今年は過密になっているぞ」など、いろいろ調整は昔からやっていましたね。だから、我々が忘れかけていたかもしれないのですが、そもそも日本の漁村、漁家の皆さんは共同体的な合意形成力を持っていて、それは今回、ここ戸倉地区で見事に発揮されたという側面があると思うのです。実は今、ノルウェーから東北大学に来ている環境保全型漁業がご専門の准教授が、漁家同士の合意形成力、協同組合的な漁業という点で「日本が一番進んでいるんではないか」と言うのです。
 とにかく欧米は国からの罰則付きのトップダウン型の指令で「これ以上とっちゃだめ」と縛りをかけますが、結局は違反者が出てくるといった問題が頻発するわけです。だから当局の取り締まりのためのコストがかさんで大変なことになってしまっていると聞きました。

――重要なのは「セルフコントロール」ということですか。

鈴木 そうですね。実は世界が一番注目しているのが共同体的合意形成力であり、ある意味、日本が最先端を行っているのです。とかく何事も日本は欧米より遅れているというイメージを人は抱きがちですが、本来、日本の漁村が持っていた自発的な共同体ルールによって、みんながそれをなんとか守るようにしていくという「地域自治」に欧米はすごく注目しているんです。

後藤 確かに多くの漁師はやっぱり自分たちで決めたことはしっかり守ろう、ちゃんとしようという思いを持っていると感じています。ですが、だれかが違法操業をすると、どうしても追随してしまうというか、同じようにやらないと自分だけが遅れてしまうとなりがちでもあります。自分だけが取り残されるという不安があるからでしょう。
戸倉にもそういう人がいたので、「なんで違法するんですか」と聞いてみたら「どうせ皆がやる。だから先にやった」と言いました。それじゃあ、いけないと膝詰め談判したわけですが、たとえ自主的に決めたルールでも、守ることに当初は抵抗があるわけです。しかし、守り出したら、ものすごく楽になって、守ることがむしろ自分たちを守ることに通じるとしまいには理解してもらえました。

鈴木 判断の根拠が国の法律ではない。そこが何よりすごい。それができれば低コストで環境が守れ、利益も得られる最高の手法だという論文を発表した人がノーベル賞を受賞しています。経済学者のオストロムさんという女性です。それほど日本の漁業者の自主管理・自主運営による「共同体的資管理ルール」はうまく機能しているのです。いろいろ改善すべき問題もあるでしょうが、自主管理共同体的なルールによる操業の精神は各地に根付いていると私は信じています。

震災の混乱に便乗した「特区制度」

――問題は収入源に悩む被災地域の漁業振興をうたった「特区制度」による一般企業の参入促進ですか。

鈴木 ええ。個々が勝手にやったら資源管理が崩壊するから、共同管理するために、各地の浜の事情をよく理解している漁協に沿岸漁業権を付与し、その分配・調整を漁協を中心に行うという最も望ましい制度を形骸化させ、衰退に追い込む恐れが高いのが企業に直接漁業権を県知事が付与する「特区制度」の導入でしょう。
 事実、宮城県漁民の合意としてカキの初出荷は10月10日以降と決めているのに、特区参入企業は、共同体ルールは関係ないと無視して、9月から出荷を開始してしまいました。そんなフライング出荷をこの2年やっています。その結果、どこか別の地域で水揚げされたカキを自社産として販売するという「産地偽装」まがいの行為にとうとう及んだことがメディアの報道で明らかになりました。これでは産地の信頼も損なわれ、資源管理も崩壊します。
 政府は特区導入に心血を注ぐのではなく、現行の漁協による「自治」を守る、どうしても漁業をやりたいという企業にはちゃんと漁協の組合員になってもらうようにすればいいのです。つけこむ隙を与えると自分だけ儲けようとする人が出てくるはずですからね。それなのに、こんな「特区制度」の考え方が漁業法の改定で実質的に全国展開されることになってしまったのです。

阿部 宮城県知事が特区制度の導入を決めたのは、震災直後の4月でした。そのとき我々は何していたかというと、体育館での避難生活でした。冗談じゃないという気分でしたし、腹が立ってしかたなかったです。
 

鈴木 まさにショックドクトリン、火事場泥棒的な話です。そういうタイミングでの提案は常にいかがわしく思えます。人々の苦しみにつけ込んで、頑張ってきた人たちを追いやって、規制改革の名目で、オトモダチ企業のもうけにつなげてしまう意図が見え見えです。
 いま大事なことは、「今だけ、金だけ、自分だけ」の人々につけ込まれないことです。切に求められているのは、まさに無理をしない漁業であり、実はそれが最も儲かることに関係者が気づくことだと思います。「今だけ、金だけ、自分だけ」の企業に生産を集中していくのが「成長産業化」だというのは真っ赤なウソです。
多くの漁家が苦しみ、資源も枯渇し、一時的にもうけた企業自身も長続きしません。
 環境にもやさしく、カキにもやさしい、自主的な共同管理に基づく資源管理型漁業なら、自然と結果がついてくることを後藤さんたちは立証してくれました。
後に続く漁業関係者が増えてほしいと願っています。
 そして、もう一度、強調したいのは、後藤さんたちの取組みは、日本漁村の自発的な共同体的なルール形成力の見事さを示した典型であり、「日本が欧米に後れをとったから欧米を真似た」という説明はつながらないということです。本来、日本の漁村が築き上げてきた良さを発揮したものです。上からの押し付けでなく自分たちでとことん議論して決めたルールだからみんなが守る力も強くなります。
世界的にも、こういう日本の共同体的自主管理こそが最先端だと注目されています。
 漁船漁業も同じで、日本だけが乱獲で衰退したから、欧米型の規制を入れるべき、という説明を鵜呑みにしたら、漁船ごとの個別割当から売買可能となり、さらにトン数制限撤廃となって大手企業の独占が進み、沿岸漁民が職を失うか、『蟹工船』みたいな世界になりかねないですよね。柔軟性もある共同体的な自主的な努力量管理の仕組みの良さと強みを明確に発信する必要があります。
 日本漁業の後進性を示そうとするデータを意図的に提供し、いま頑張っている漁家を非効率として、漁業権の企業への開放や漁獲割当を導入し、最後は自分が権利と資源を根こそぎ独占しようとする人たちを見抜くことが必要です。そういう人たちにとって、日本型漁業の原点に帰ることこそが持続可能な道だと立証した後藤さんたちの成果は、不都合な真実でしょう。ぜひ、欧米にも学ばせたい日本の良さを体現したものとして発信してほしいと思います。

(下)に続く
 
撮影/ 高木あつ子/ 魚本勝之
取材構成/ 生活クラブ連合会 山田衛

すずき・のぶひろ
1958年生まれ。東京大学大学院教授。農林水産省、九州大学教授を経て現職。国民のいのちの源である「食」と「農」の価値を訴え、国内の一次産業を切り捨て、大企業の利潤追求を最優先する新自由主義経済への厳しい批判を一貫して続けている。著書に『食の戦争』(文春新書)がある。

ごとう・きよひろ
1960年生まれ。2011年3月11日に発生した東日本大震災の直後に宮城県漁協志津川支所戸倉出張所カキ部会長に就任。前浜の漁業復旧に尽力し、資源管理型漁業への転換を推進した。同出張所の漁業者が出荷する「戸倉っこかき」は資源管理型養殖漁業から生まれた水産物であることを保証するASC 認証を取得している。

あべ・じゅいち
1970年生まれ。半農半漁の家庭で生まれ育ち、家業の水産物の加工販売会社を引き継ぐ。生カキの販売が中心的事業で、宮城県内の唐桑、歌津、志津川、戸倉地区の漁業者の養殖するカキを生協をはじめとする各地の小売店に届け続けている。

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