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【連載】東日本大震災から10年 Vol.4


今年(2021年)3月11日で東日本大震災から10年になる。本欄では来年3月10日までの1年をかけて関連記事を掲載していく。今回は被災直後から地道に話し合いを重ね、同意の水準を高めていく「共同体主導型」の養殖漁業を追求。
前浜の資源管理を主体的に進め、地域のなりわいを次世代につなぐ「持続可能なカキ養殖」を実現した宮城県漁協志津川支所の取り組みの意味を考えてみたい。

座談会(下)
東大大学院・鈴木宣弘さん
宮城県漁協戸倉出張所カキ養殖漁業者・後藤清広さん
丸壽阿部商店社長・阿部寿一さん

いま、そして今後の日本の漁業は――

東北地方沿岸の漁村に足しげく通い、各地の暮らしと伝統文化を記録してきた民俗研究家の結城登美雄さんは「もはや人びとにとって海は遠い存在になりつつあるのでは」と問いかけます。実は食べられる海藻は100種を超えていますし、水揚げされる量が限られているため、スーパーの店頭に並ぶことはなくても各地の漁家に愛されてやまない「おいしい魚や貝類」は少なくありません。

そうした藻類や魚介類の一部は高額で取引される場合もありますが、都市部の消費者の目に触れることはまれであり、商品価値が低いものとして扱われがちだと聞きます。これが沿岸から3ないしは5キロの範囲で操業する家族経営の漁家の暮らしを厳しいものにしている要因の一つとなるのはいうまでもないでしょう。

1985年度に過去最高の1282万トンの漁獲量を記録した日本の漁業は、その後衰退を続け、2018年度の漁獲量は442万トンと最盛期の3分の1にまで減少してしまいました。背景には前回(対談上)触れたたように輸入依存が招いた魚価の低迷に加え、沿岸から200海里(約370キロメートル)の範囲を各国の排他的専管水域と定めた国際的な取り決めにより、遠洋漁業が影響を受けたこと、中国や台湾に代表されるアジア諸国の漁業が活発になったなどの事情をはじめ、食の洋風化による魚離れの加速化や乱獲による資源の減少といったさまざまな要因があるとされています。

漁獲量の減少すなわち漁家の減少という点も見逃せません。2011年3月11日に発生した東日本大震災による大津波は、東北地方沿岸部一帯に押し寄せました。いずこも漁業と水産加工業が盛んな地域であり、日本漁業が大きな痛手を被りました。高齢化し後継者のいない被災地の漁家のなかにはなりわいの復旧を断念した人が少なからずいます。これを好機といわんばかりに政府が導入したのが「水産特区制度」でした。この制度は県知事が漁協に付与してきた沿岸漁業権(沿岸から3ないしは5キロの海域において養殖、定置網・刺し網漁、潜水漁などを操業する権利)を漁協組合員ではない企業にも付与する制度です。

さらに政府は70年ぶりに漁業法の改正を進め、水産資源管理の遂行を理由にアジ、サバなどの特定魚種の漁獲可能量(TAC)に基づき、船舶ごとの漁獲量を制限する漁獲割り当て(IQ)の導入を決めました。今回の漁業法改正には「資源管理の徹底という意味では一歩前進だが、大きな船舶を保有し、装備も最新式の大資本漁業と中小資本、家族経営の漁家の漁獲量の違いは明白。大資本に有利な法改正とみることもできる」という警戒感が漁家の間に広がっているのも事実です。


今回の漁業法改正について、東大大学院教授の鈴木宣弘さんは「前浜の実情をよく知り、組合員である漁家のなりわいを守り育てながら、漁家の所得向上に努めてきた漁協の共同体的運営の否定にほかならず、日本国民の共有財産である海を大資本に明け渡す振る舞いというほかない。政府は資源管理をお題目に掲げているが、それも以前から漁協が漁家と自発的に進めてきたことであり、共同体の知恵の一つだ。それを岩盤規制と称して破壊しようとする政治を認めるわけにはいかない」と訴えています。

規制緩和の名目で同様の法改正が農業でも林業でも進められようとしています。いささか長目の前置きで恐縮ですが、それが新型コロナ禍に翻弄されながら東京五輪・パラリンピックの開催に向けてひた走ろうとする日本の現実でもあることを視野に入れ、今回の座談をお読みください。

中小・家族経営の漁業との連帯強化を

――水揚げの減少、輸入品の大量流入による魚価の低迷で漁業の現場を離れざるを得ない人も少なくないと聞いています。水産資源の枯渇も叫ばれるようになってきました。その主たる要因の一つに気候危機が挙げられています。
 

鈴木 気候危機の影響は大きいと思います。だからこそ、海の状態を誰よりも知る漁業者が主体となる資源管理が求められているのです。ノルウェーのような企業による資源管理型漁業が一定の効果を発揮しているのは事実でしょう。しかし、そのノルウェーを含め、いま欧米が最も注目しているのは、漁業者自身の主体的な合議による総意に基づく共同体的な漁業の資源管理能力です。同様の自主管理手法を取り入れた資源管理型漁業をしていきたいと彼らは考えているのです。それを後藤さんたちがカキ養殖で実践したというのは素晴らしいことだと思います。

国家や企業が船舶ごとの漁獲量を個別に割り当てる(IQ)制度を導入し、次にそれを証券化して売買可能にする「ITQ」システムを確立するという構想が具体化すれば、海という人類の公共財が私物化され、漁業とはまったく無縁な人、たとえばウォール街に集う投資家のような人たちの投機対象にされてしまうリスクが高まります。要するに公共財からの恵みの商品化ですね。そんなまねだけは何としても許してはならないと私は思っています。

後藤 天然魚の場合は小さい魚が網から逃げられるような漁法をあえて選択して資源を枯渇させないようにする管理型漁業に対する「MSC認証」制度があります。いまや最新鋭の魚群探知機なら、数センチの大きさの魚の群れまで捕捉可能になっていますから、それはとらない、あえて逃がすという選択ができるはずです。いまでは日本の漁師は最盛期の20分の1しかいません。最も漁家が多い時代には1人平均1日20キロの魚をとっていましたが、いまはその10倍くらいの水揚げがないと暮らしていけないのが実情です。そうしたなか装備は格段に向上し、もはや船外機はF1並のエンジンを使うようになってきています。


阿部 漁業には最新の装備を備えた大型船を使った大資本型漁業もあれば、家族経営の沿岸漁業や中小資本による漁業もあります。ここが消費者には見えにくい点ですが、彼らが大手資本と競争させられたらひとたまりも無いことだけは声を大にして伝えたいです。

鈴木 そう。その恐れが高まってきているのです。今後は大資本型漁業がより漁獲量を高めていけるような法改正にならなければいいがと不安になります。懸命に海の環境を守りながら、資源管理にも自主的に努めて養殖や沿岸漁業をやってきた漁業者がなりわいからの退場を余儀なくされ、揚げ句はかつての小作人ではありませんが、大手資本に雇われて好ましくない労働条件と低賃金を強いられるという小林多喜二の描いた「蟹工船」のような世界に身を置かざるを得なくなるとしたら、とんでもない話ですよ。

認証制度には「ビジネス」の側面が

阿部 おそらく巨大資本は小さな仕事には手を出さないでしょうね。規模にして100万円、200万円の取引には見向きもしないのではないですか。私たちは100万でも200万でも収入になることにはチャレンジします。それが我々のような小さな事業者の強みですし、だからこそ中小資本の漁業者との連帯も生まれ
るわけです。
 

鈴木
 そうしたネットワークでの守り合いというか、互いに支え合える人たちが身近にいることが海という人類の公共財を守っていく力になっているということ。にもかかわらず、何かといえば企業による効率化と言い、競争力強化には大手資本の力が不可欠と政府は説いてやみません。彼らは漁協による自主管理型漁業を「時代遅れ」と決めつけ、企業化が進んだ世界を見習えといわんばかりですが、全くの事実誤認ですよ。日本の漁業者は世界がやろうと思ってもできないことを実践しているのであり、それは日本の漁村が元来持っていた強みだと私は考えています。

――なるほど。コミュニティーの力ということですね。

鈴木 あえてもう一つだけ申し上げておきたいことがあります。後藤さんたちの共同体的資源管理漁業が成功したのは単にASC認証を取得したからではないはずです。ASCの取得が有効なチェック機能の一つとして働いたのは紛れもないことでしょうが、はじめに認証ありきではないことが最も重要なのです。

いうまでもなく国際認証には「ビジネス」の側面が付いて回ることは否めません。農業の農業生産工程管理(GAP)もそうです。GAPはヨーロッパが盛んに進めています。当初は「これをやらないと日本の農産物は欧州連合(EU) に輸出できません」と言われていました。そんなに厳しいことをやっているのかと思って調べてみると、EU域内にはGAP認証を取得している人は「ゼロコンマ数パーセント」しかいないと知りました。にもかかわらず、グローバルGAP協議会は日本の農家には「取得なさい」と言うわけです。当然、取得すれば認証費用が発生します。

農家はいろんな書類を書かねばならず、毎年認証コストを負担するわけですから、まさにすごいビジネスになっています。国際認証を取得すれば資源管理意識をしっかりと保てるという効果は是非発信し続けていただきたいと思いますが、認証のビジネス化に便乗するかのように政府が団体を設立して予算を付け、そこが官僚の天下り先になっています。こうした側面があることも頭の片隅に置いておく必要があると思います。

後藤さんたちの資源管理型養殖漁業は日本の漁村が本来持っている自発的な共同体のルールに基づき、皆で前に進んで行こうという力を引き出した画期的な事例です。あえて繰り返しますが、はじめにASC 認証ありきではなく、漁民自身の自治に基づく持続可能な資源管理型漁業が生んだ世界に誇れる最先端の漁業の裏付けがASC認証なのです。心から素晴らしい取り組みに敬意を表したいです。
 

撮影 / 高木あつ子 / 魚本勝之
取材構成 / 生活クラブ連合会 山田衛
 

すずき・のぶひろ
1958年生まれ。東京大学大学院教授。農林水産省、九州大学教授を経て現職。国民のいのちの源である「食」と「農」の価値を訴え、国内の一次産業を切り捨て、大企業の利潤追求を最優先する新自由主義経済への厳しい批判を一貫して続けている。著書に『食の戦争』(文春新書)がある。

ごとう・きよひろ
1960年生まれ。2011年3月11日に発生した東日本大震災の直後に宮城県漁協志津川支所戸倉出張所カキ部会長に就任。前浜の漁業復旧に尽力し、資源管理型漁業への転換を推進した。同出張所の漁業者が出荷する「戸倉っこかき」は資源管理型養殖漁業から生まれた水産物であることを保証するASC 認証を取得している。

あべ・じゅいち
1970年生まれ。半農半漁の家庭で生まれ育ち、家業の水産物の加工販売会社を引き継ぐ。生カキの販売が中心的事業で、宮城県内の唐桑、歌津、志津川、戸倉地区の漁業者の養殖するカキを生協をはじめとする各地の小売店に届け続けている。
 

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