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「おいしい」を科学する

吟結はなもり店主 岡本直城さん

広島で出会った絶品料理の極意


新型コロナウイルスの感染拡大で飲食店への休業要請が続いている。酒の提供も「自粛要請」の対象で、多くの飲食店が経営危機に直面している。かつて広島に出張した際、スマートフォンに魅入られた(いや取りつかれた)先輩が器用に指を動かして探し当てた和食料理の店。30代前半と見受けられる「大将」が独り板場を切り盛りしていた。先輩がメニューを見て太刀魚の焼き物を注文すると「今日の太刀は焼きには向きません。まだ身の大きさが足りんのです。でも、煮物ならばっちり行けます」というはきはきとした声が返ってきた。たとえ客の求めであっても安易に「売らんかな」には走らない。そんな「吟結はなもり」店主の岡本直城さんに話を聞いた。

理を計る。そこに「料理」の奥深さがある


 
「料理」とは文字通り、理(ことわり)を料(はか)る=計ることであり、理は実に奥深いものです。野菜ひとつとっても、一本の同じ大根でも根っこと葉に近いところでは味が違います。その理由は含まれる糖分の量や辛味成分に由来しますし、品種はもちろん、大きさによっても変わります。さらに育った土壌、日照時間、気温、雨の量によっても異なりますし、いつ植えたのかによっても味は変わってきます。ですから、常に個体一つひとつの特徴を知ることが肝心であり、理とは素材を知ることに他なりません。

しばしば日本料理は「マイナスの料理」と評され、「プラスの料理」とされる洋食や中華とは、全く逆の関係に置かれます。世界の料理はソースをかけ、調味料を重ねて味を足していきますが、日本料理の妙はどれだけ少ない調味料で「おいしい」ものを作るかという点にあります。大根でいえば、冬になれば寒暖の差によって非常に甘くなります。それをどうすればより「おいしく」食べることができるかは、すべて料理の腕前にかかってきます。

たとえば同じ火を通すという作業にも焼く、蒸す、煮る、揚げるという調理法があります。まず頭にぱっと浮かぶのは「煮る」でしょうか。しかし、煮ると大根の甘味は煮汁にとけてしまい、味だけみれば「おいしさ」は半減してしまいます。ですが、この理がブリ大根やおでんには欠かせない名脇役を生みます。すでに煮汁に甘さが出ていますから、甘味の調味料は不要な出汁(だし)になります。これが「揚げる」という調理法なら、油のコクを残しながら水分が均等に抜けるので、より深い味わいを運んできてくれるわけです。

「蒸し」なら大根に含まれていた水分がそのまま抜け、甘い出汁が出ます。このように火を通すだけでも様々なパターンが存在します。だから、素材を知り、調理法の意味を知るのが料理なのです。

とれた海域で味が違うのが魚


さて、本題の魚ですが、大根は人の手で作るものですが、天然魚は違います。やはり、何を食べてどう泳いで育ったかで全く味が変わってくるのです。たとえば瀬戸内海の真サバ、日本海の真サバ、九州や東北の太平洋の真サバは全く別のサバといっていいでしょう。むろん個体差がありますから、脂の乗り具合も「うまみ」も違いますが、そもそも食物連鎖が違うのです。たとえば瀬戸内海のサバには脂がほとんどありませんが、小イワシを良く食べているとかわりに旨味が残っています。ですから刺身にして食べれば美味ですが、しめサバや焼きサバにはあまり向きません。逆に鹿児島や日本海の真サバはほどよい脂があり、特に秋から冬にかけては〆サバが絶品。逆にもっと脂のある東北のサバは焼きの方が「うまい」とされています。当然ですが、その時、その魚に合った調理の仕方が求められます。

よく私は釣りに出掛けます。好きというのもありますが、より美味なものを釣り、よりおいしくするための締め方、血抜きなどを学ぶためです。かといって、全てを極められるわけではなく、試行錯誤しながら日々発見と研さんを繰り返しています。魚のどの部分から血抜きをすれば一番いいのか、白身の鯛などは一度泳がし、ストレスを取り除いてやってから締めた方がいいのかと悩むのです。

その魚に最もふさわしい血抜き法を見つけるための学びを続けてわかったのは、その方法ごとに確かに身の質が変わるということでした。そのとき刺身にすればいいか焼き物にすればいいかなどと料理の仕方を見極めます。もちろん美味なる魚はどう調理しても「うまい」のですが、血抜きを済ませた魚の身の状態の見極めこそ、プロの技だと思っています。

日本料理で一番難しい料理は実は刺身だといわれます。『ただ切るだけじゃないか』と思われる方もたくさんいらっしゃるでしょうが、ただ「切る」という料理が最も手ごわいのです。いつ締めたかによって身の弾力が違い、脂ののり、繊維の向きなどを考え、この大きさで切ろうと様々な可能性を考えなくてはなりません。魚を締め、三枚におろすところから刺身は始まっています。切れない出刃包丁で切った魚は断面が死にます。だから、必ず切れる包丁を用いなければ美味なる刺身はつくれません。
 

海外の包丁と日本の包丁の違いは――

日本の包丁は片刃で出来ています。古来の刀と全く同じ造りです。武士が刀を持たないようになり、「それなら家庭で使えるものをと」刀鍛冶が丹精込めて仕上げるのですから、世界的にみてもすごい技術なのです。海外の包丁は両刃になっていて、どちらかといえば繊維を断ち切って入っていきます。対して片刃の包丁は繊維を傷つけず、繊維の中にスッと入っていきます。食材の細胞自身が切られたのに気付かない、繊維が切られたのに長い間気付かない感じが理想。そうすれば切ったあとも弾力やみずみずしさが保たれます。

これが世界に誇れる日本の包丁なんです。理想の刺身とは切られた断面が滑らかで、噛めば噛むほど甘味とうま味が出るものです。ここまで想像し、感じてもらいながら食べてもらえれば料理人冥利(みょうり)に尽きるといえるでしょう。

これなら魚も幸せです。ここで申し上げたいのは、私たち人間は魚から命をいただいているということです。そのいただいた命をおいしくいただくのが一番大切なのです。なぜなら命をとられた方にしてみれば粗末に扱ってほしくないに決まっています。

だからこそ切れる包丁を使い、食べられるところはすべて食べさせていただくという「心」が必要です。それにはちゃんと締め、ちゃんとおろし、おいしく造る。これは命をいただき料理をする者すべてに課された義務だと私は考えています。人間という生物が、この世界で一番賢く偉いものという思いに私たちはとらわれがちですが、人間が生きていけるのは多くの生きものたちから命をいただいているからです。

「おいしい」を丁寧に追求する意味

世界には色々な生物が存在し、互いにその命を分け与え合って生きています。飽食の時代といわれますが、今一度食べるということにありがたみを感じながら「いただきます」という言葉を使ってもらいたいです。たとえばおいしい魚を食べたときに考えてみてもらえたら幸いです。その魚が生まれたのは山の栄養が川に流れだし、そこにプランクトンが発生。それが海に運ばれ、そのプランクトンを食べた小さい魚を大きい魚が食べるわけです。それを人間が食べ、「山の栄養」に変えることで食物連鎖が完成します。

いうまでもありませんが、人が環境を汚染すれば必ず自分たちに返ってきます。むやみにごみを捨てれば、それが河川を汚し、ついには海が汚れます。そこで育った魚が病気になれば、それを食べた人間の健康状態にも影響します。そんなことにならぬよう美しい山に盛り、きれいな川と海を未来の残された地球にしたいものです。

国家間の調整が求められる問題を一個人の力で解決はできないでしょうが、ようやく世界が環境問題に目を向け始め、企業も変わろうとしています。その中で自分には何ができるかを考えることが、いまの子どもたちにしてあげられる本当の意味での教育になるのではないでしょうか。そう考え、いまの私にできることは、豊かな自然の恵みである魚を中心とした食材を使い、いつまでも『おいしい』を追求できる世の中にする努力を怠らないことだと思っています。(談)


撮影/魚本勝之 取材構成/生活クラブ連合会 山田衛

おかもと・なおき
1976年生まれ。広島県北の安芸高田市向原出身。田んぼや畑、山とたくさんの自然がある土地で育ち、幼少期を過ごす。サービス業への就職を機に人が喜んでもらえる仕事がしたいと思うようになる。人のつくったものより、自分で一からつくって提供できる料理の世界に魅了され、大阪辻調理師専門学校に入学。卒業後は大阪の中国料理店で始業した後、広島市中区の和食の店「花守り」の店主に師事する。独立後、同市内に「吟結はなもり」を出店。うまい和食を追求している。


「魚」のおいしさの決め手

魚料理は素材の鮮度が決め手。鮮度さえ良ければ何でもおいしく調理できると考える人は多いはず。だが、「貝類は水揚げ1日後からうま味が増します。イワシはしめてから6時間後、アジなら12時間後。魚体がやや大きめのブリになると4、5日後くらいが最もうまくなるタイミングです」と岡本直城さん。

鮮魚に冷凍ものはかなわないとする認識も依然として根強いが、「水揚げ後すぐに冷凍して鮮度を保ち、熟成を促すことでうま味が増すものもあります。酵素の働きでタンパク質をアミノ酸に変える科学の原理です」

イワシは胃袋にエサが入っていない状態の朝獲りが最もうまいとの定評がある。「ひとつには魚体内にエサがあると臭みが出やすいからでしょう。僕は毎年11月から12月くらいにかけてカワハギ釣りに出ますが、釣り上げたカワハギの腹の中はひどくにおいます。ですが、一定時間おくとエサが消化されるためでしょう。不思議と嫌なにおいが消えてしまいます」


「活魚」として流通している魚には養殖ものが多いという現実もある。天然ものは水槽に移すと短期間で死んでしまうが、養殖魚はより長く生きていられるからだ。また、安定供給が可能な養殖魚には「生」の状態で扱いやすいという利点もある。対して天然物は鮮度保持のため冷凍されるのが一般的。どちらがおいしいかと問われれば、いつ水揚げしたかわからない魚より、漁獲後すぐに船上凍結されて運ばれる冷凍ものに軍配が上がるケースも少なくないという。

最も重要な魚のおいしさの決め手は、どんな生息環境の海域で育った魚で、どんなエサを食べてきたかにあると岡本さんは考える。「瀬戸内海のアジが種類を問わずうまいのは天然のエサ場がいっぱいあり、よく肥えているからです。マグロなら本マグロが一番といわれますが、キハダマグロが青森県・大間に入ったらめちゃくちゃうまくなるという話も耳にします」

いま、岡本さんが頭を悩ますのは沿岸漁業の衰退と漁獲量の減少だ。かつては大衆魚と呼ばれ、食卓をにぎわしたスルメイカにサンマ、アジなどの資源枯渇が叫ばれるなか、漁業で生計の立たなくなった者たちが年間一万人ずつ廃業していく。

「瀬戸内海の小イワシは毎年6月から8月まで広島市内なら食べられました。それが7月で終わりになる恐れが出てきました。魚を自由に食べられなくなる時代が、すぐそこまで来ているのです。そうなったらどうするかと考える自分がいます。もともと僕は山育ちで広島と鳥取との県境の町で生まれ育ちました。もし、魚が手に入らない時代が来たら郷里で作物を育て、川魚や猪を捕まえ、それらをおいしく調理して郷里の人たちに提供したいですね」

取材/ブルーム企画 米澤克恵

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