コメ余りの背景を考える ―福岡県糸 島市二丈町の農家に聞く―
【対談】福岡県糸島市二丈赤米産直センター 吉住公洋さん 生活クラブ連合会顧問 加藤好一さん
新型コロナウイルスの感染拡大に伴う「外出自粛」により飲食店の経営が深刻な影響を受けるなか、コメの需要が年間22万トン規模で減少したことを受け、より一層のコメ減産を求める動きが生じつつある。需要減による生産者米価の下落傾向にあり、このままでは一俵(60 キログラム)1万2000円の生産コストを大きく下回る1万円を割る恐れも出てきた。とりわけ2020年に打撃を受けたとされる九州の農家を生活クラブ連合会の加藤好一顧問が訪問し、現状について意見を交わした。
日照不足にウンカとイノシシ被害にも見舞われ
吉住 はじめまして。福岡県糸島市の二丈町で赤米の生産に取り組んでいる農家の吉住公洋です。早速ですが政府の発表では2020年の九州のコメの作況指数は「80」でした。ですが、生産現場の実感としては例年の5~6割といったところだったと思います。生育期である梅雨時が日照不足でした。これで株が張り損なって、花が咲く時期にまた日照不足。8月中旬までは良かったのですが、開花期の8月20日から一週間くらい日が照らず。その後、台風の風が吹いて花粉がかからず、秕(しいな)ばかりの状態になりました。だからコンバインに籾が溜まりません。普通なら田んぼの外周を2回周ったらタンクがいっぱいになるのですが、3回周っても駄目でした。
「おかしいな、どこか漏れているんじゃないか」というくらい籾(もみ)が少ない。
乾燥機に入れても秕が多いから飛んでしまい、ごっそり減ってしまう。減ったものを籾摺りで玄米にしようとすると、粒が大きくなってないから、どんどん下籾が網から落ちて上がってきませんでした。(網目の)基準が決まっていて九州は「1.85」。農協が自主的に決めているのですが、これが最低です。東北・北海道は「1.90」。だから悲惨ですよ。平均で1反(10アール)あたり4俵。普通なら8俵。実感でいえば半作です。
そのうえウンカの被害です。7月に来て、3世代目で被害が出ました。3反が全滅したところもあります。ウンカにやられなかったところには、イノシシがやってきました。コメの作柄が悪いときは、木の実も悪く、山に餌が少ない。例年なら9月下旬頃に出てくるのですが、今年は8 月下旬に降りてきました。よほど空腹だったのでしょう。いつもは通らない県道を横切って、ここにはイノシシは来ないと金網をしなかった田んぼにまで入ってきてしまいました。
山際の田んぼはフェンスで囲っていますが、向こうも地面に鼻面を突っ込んでフェンスを必死にねじ曲げて入ってきます。コメの不作に、ウンカとイノシシの被害が出てひどい目に遭いました。
加藤 はじめまして。今日はよろしくお願いします。いま、話に出ましたが、網目からこぼれたコメはクズ米扱いで、お金にならないそうですね。
吉住 北海道で「1.90」の網でふるったコメを九州に持ってきて、「1.85」で振り直すと1.85から1.90の間のコメが残ります。北海道で網から落ちた網下米の一部を九州に持ってくると上米として流通させられます。ただし複数原料米といって「福岡県産」とは書けません。たとえ1.85 からこぼれ落ちても、外食など業務用米で互いに共通理解ができていれば、食用として流通させられるわけです。ただし、ちゃんとした名称では出せず、ディスカウントストアなどでは「板前が選んだお米10キロ2500円」などの商標で販売されていたりします。いくら産地が一俵(60キロ)12000円で出したとしても、どんなにがんばって安く運び、安いコストで精米・袋詰めしたとしても10 キロ2500 円は無理です。1.85から落ちたコメをもういちどふるい直した網下のナカ米をブレンドしないと、あの値段には絶対になりません。いまでも自家用で作っているところは「1.80でいいよ。そんなに味は変わらないから、小さい網でふるってね」と言います。ただし農協や問屋に出荷するには、1.85 じゃないと受け入れてもらえません。
耕畜連携による飼料生産がカギに
加藤 コメの生産調整を目的とする減反制度が2018年で終わり、農家はコメを自由に作れるようになりました。農協が自主的な生産調整を呼びかけていますが、九州でも過剰生産に傾きそうですか。
吉住 たぶん、そんなことにはならないでしょう。自由に作付けしていいといわれても、専門で米作りしている農家は、絶対に多くは作りませんよ。政府から3分の1の補償をもらい、コンバインを買い替えるにしても、その裏側には「生産調整に協力していますか」という確認があっての話ですから。
生産調整と関係なく自由に作りたい人は、3~5反の自家用農家でしょう。直売所で野菜が売れるから、1反くらい野菜を作ったほうがいいですし、農地の100パーセントを田んぼにすることはまずありません。いまならホールクロップサイレージ(WCS) か飼料用米のほうが売れます。この周辺ならコシヒカリはWCSのほうが儲かるでしょうね。中途半端に自家用米を販売していた人はコメを作らず、1 反だけ自家用にして残り3反はWCSを作っている人が増えています。
さらに裏作にイタリアン用の野菜を栽培するとか、耕畜連携の資源循環型農業に参入すれば助成金がもらえますから、そのほうが、よほど良いのです。
加藤 このあたりの栽培品種は「ヒノヒカリ」の占有率が高いのですか。
吉住 たぶん、そんなことにはならないでしょう。自由に作付けしていいといわれても、専門で米作りしている農家は、絶対に多くは作りませんよ。政府から3分の1の補償をもらい、コンバインを買い替えるにしても、その裏側には「生産調整に協力していますか」という確認があっての話ですから。
生産調整と関係なく自由に作りたい人は、3~5反の自家用農家でしょう。直売所で野菜が売れるから、1反くらい野菜を作ったほうがいいですし、農地の100パーセントを田んぼにすることはまずありません。いまならホールクロップサイレージ(WCS) か飼料用米のほうが売れます。この周辺ならコシヒカリはWCSのほうが儲かるでしょうね。中途半端に自家用米を販売していた人はコメを作らず、1 反だけ自家用にして残り3反はWCSを作っている人が増えています。
さらに裏作にイタリアン用の野菜を栽培するとか、耕畜連携の資源循環型農業に参入すれば助成金がもらえますから、そのほうが、よほど良いのです。
加藤 このあたりの栽培品種は「ヒノヒカリ」の占有率が高いのですか。
吉住 自家用米はヒノヒカリが多いですね。販売している大きな農家は、労力分散もあるので早生(わせ) の「コシヒカリ」中心。ヒノヒカリは中生(なかて)です。
WCSは収穫期を選ばない作り方になります。私は稲刈りが一息ついたころ、早期米と準早期が終わって一週間ほど余裕ができる時期にやっています。WCSは、実を取らなくていい。植物体ができてしまえば、籾が赤かろうが充実しようが成熟してなかろうが、いつでもいいんです。
加藤 ヒノヒカリと作業時期は重ならないのですか。
吉住 重ならないようにやっています。田植えをちょっと早くするとか。WCSは苗もうちの法人で作っています。それを農家に購入してもらって田に植えてもらい、うちがまとめて収穫するので、こちらの計画通りに仕事が進められます。
茎さえ伸びてしまえばいいので扱いやすいです。畜産農家にいわせると籾が付いてないほうが牛は好きだそうです。かたくなった籾は胃の中を素通りするだけ。
籾殻はそのためですから。動物が食べて、そのまま出てこないと種の意味がありません。WCSの人気品種は籾の数が少ないもの。実がなるべく付かない品種です。
どんどんそういうものが人気になっています。ただし粒が少ないので、種籾が高い。
普通のコメなら、一反作れば300キロの種籾が取れるけど、そういう品種は100キロくらいしか種籾を取れません。
「カネを払っても田植えをしたい」という人が
加藤 効率面も含めて、耕畜連携という恵まれた条件を考えれば、こちらは良い土地柄といえそうです。先ほど転作作物として麦や大豆の話は出ましたが、地域オリジナルなものは何かありますか?
吉住 オリジナルというほどのものは無いですね。もともと水稲、稲が裏作です。
全国的にもそうじゃないですか。本当に作りたくてコメを作っている人はあまりいませんよ。もちろん値段が上がれば別。昔のように一俵25000円になればという話です。だから、このあたりは地域営農集団を農事組合法人のように法人化して、水田の面倒を見させています。地域集団の法人にしないと、まともに水稲を作る人がいないからですよ。専業農家で生き残ろうとすると、ネギ、トマトなど集約型の園芸にいくか、キャベツ、ブロッコリーの面積型でいくか、大豆と麦で助成金をもらいながら、ついでにコメを作るかというパターンですね。そうしたなか、驚かされたのは「お金払うから田植えをさせてください」という人がけっこう来るんです。昨年は「10家族限定」で募集をかけたらどんどん来ちゃって、最終的には25 家族くらいになりました。コロナ禍で、何かやりたいとみながウズウズしている気がします。田んぼなら密集・密閉は無いですから、リスクが低いだろうと考えたのかもしれません。
加藤 吉住さんは何歳になられました?
吉住 60歳。
加藤 後継者は?
吉住 娘一人と息子一人。3人でやっています。最初は経営的に楽しむ余裕が無かったですね。楽しいのは、自分で休む日を決められることだけですが、結局、誰も休ませてくれません(笑)。この間、気になっているのは、消費者は知らないうちにまずいコメを食べさせられていないかということです。先ほどお話ししたように網下のナカ米流通をやめたら、だいぶコメの消費が伸びると思いますね。
自分で精米所をやりはじめ、コメが集まるようになって「あそこの地域のコメはまずい」といわれていたところの農家が「買ってくれ」とコメを持ってきたことがあります。やはり普通の値段では売り切れないだろうと、若干価格を下げて出したのです。するとそれを買ったお客さんから「この間のお米、おいしかった」と言われ、驚いたことがありました。やはり、ディスカウントスーパーなどで廉売されているナカ米中心のコメはいただけない。安かろう、まずかろうがコメ需要を低下させている要因であることも忘れてはならないと思います。
加藤 実に勉強になりました。今日はありがとうございます。改めて九州の農業の強さを認識した次第です。
撮影/魚本勝之
取材構成/生活クラブ連合会 山田衛
取材構成/生活クラブ連合会 山田衛