事件から45年 『ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』の著者に聞く
ジャーナリスト 春名幹男さん
いまから45年前の1976年。旅客機の機種選定に関わって5億円の収賄と外為法違反の容疑で田中角栄元首相が逮捕され、一、二審とも有罪判決を受けた。捜査はかくして終わったロッキード事件だが、田中角栄逮捕を米国による陰謀とする説があるだけでなく、未解明な問題も残されていた。これらの点を綿密な資料分析と関係者への取材で、驚くべき真実を明らかにしたのが『ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』(KADOKAWA 2020年10月刊)だ。著者の春名幹男さんに話を聞いた。
日米安保に深く根ざした利権
――いまなぜ、ロッキード事件をテーマにした『ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』をお書きになられたのですか。
これまで明らかにされていなかった、事件の核心に届く新事実をようやく突き止めたというのが一番の理由です。取材と資料収集にはかなりの時間をかけ、書き終えるまでの間に『米中冷戦と日本』(PHP研究所)と『仮面の日米同盟』(文春新書)の2冊を上梓しています。後者は2015年の平和安全法制(安保法制)可決の年に出版。2016年はロッキード事件の発覚から40年の節目の年ですので、それまでに何とか出したいという気持ちはありましたが、間に合いませんでした。
これまで明らかにされていなかった、事件の核心に届く新事実をようやく突き止めたというのが一番の理由です。取材と資料収集にはかなりの時間をかけ、書き終えるまでの間に『米中冷戦と日本』(PHP研究所)と『仮面の日米同盟』(文春新書)の2冊を上梓しています。後者は2015年の平和安全法制(安保法制)可決の年に出版。2016年はロッキード事件の発覚から40年の節目の年ですので、それまでに何とか出したいという気持ちはありましたが、間に合いませんでした。
――依然として、決断力と実行力があった田中角栄元首相の人気は高いようです。そして、事件をめぐっては、田中氏が独自の資源外交を進めたから、米国の虎の尾を踏んだというジャーナリストらの陰謀論もあるようですが。
陰謀論はいくつもあって、その一つひとつを私は丁寧に検証しました。ほとんどの陰謀論は根拠がない、という事実を私は綿密な取材で突き止めました。『ロッキード疑獄』ではそれぞれの陰謀論の真相をしっかりと暴いています。
確かに田中角栄という政治家は行動力に富み、実に積極的に物事を一つひとつ迅速に片付けていくのですが、外務大臣をやっていませんし、外交は素人でした。もちろん、米国との関係の重要性は分かっていて、日中国交正常化に関しても、「米国に相談する」と言うのですが、現実の問題では、認識は甘かった。日中国交正常化でも、第一次石油ショックでもニクソン大統領とキッシンジャー国務長官の逆鱗(げきりん)に触れたのは事実です。田中氏は自分の自主外交の結果、米国に潰(つぶ)されたという事実を本書ではしっかりと解き明かしています。
――田中角栄元首相は民間航空機の機種選定に際し、5億円の収賄と外為法違反の罪に問われ、有罪の判決を受けました。しかし、一連の事件の本当の主役である児玉誉士夫氏にロッキード社から渡されたのは21億円に上ります。いまも児玉ルートのカネの使途は不明なままです。
そうです。明らかにロッキード事件は田中角栄氏とその取り巻きが捕まったことで終わりじゃなかったということです。ことは「総理の犯罪」ですから、それ自体が巨悪だと世間は認識したわけですが、本当の巨悪は児玉氏らであり、日米安保体制の根幹に結びつくような利権に巣くっていました。こうした最も重要な点は捜査ではまったく解明されませんでした。日米安保体制はそうした形で維持されてきました。こうした日米安保体制の深層にロッキード事件の取材で迫りました。
だから『ロッキード疑獄』の締めくくりとなる部分では、安倍政治の正体にもつながることをあえて指摘しました。安倍晋三前首相の母親洋子氏は岸信介氏の娘です。彼女は自著で岸信介氏が「カネは濾過(ろか)してから使え」と言っていたと書いています。しかし田中角栄氏は「湯気の出るようなカネに手を突っ込む……総理になると危険」と洋子氏に言っていたというのです。
「濾過した」というのは今の言葉でいえばマネーロンダリングした金、つまり元は汚いカネということです。彼女は、父である岸信介氏もおじの佐藤栄作氏も息子の安倍晋三氏も元首相という、最高権力に最も近い女性でしょう。そんな人がカネは濾過すればいいのだと、平然としている。そんな異常な時代に我々は生きているのです。
角栄逮捕も沖縄返還も米国による「ガス抜き」
――安保体制に根ざした利権とマネーロンダリング。実はロッキード事件の核心部分は防衛装備の一環として政府が購入を決めた対潜哨戒機P3Cをめぐる工作にあったのではないかという指摘もありますね。
しかし、P3Cのような日米安保関係の核心に触れる部分は、証拠がなく、東京地検特捜部も捜査ができませんでした。ではなぜ田中氏は逮捕されたのか。本書に真相が書かれています。
1976年当時、日本では、日米が事件を隠して小物の政治家を逮捕して捜査を終えるのではないか、と危ぶむ世論もありました。田中のような元首相の大物が逮捕されなかった場合、米国の陰謀が疑われた可能性があります。事件捜査終了後、当時のホジソン駐日大使は「これは奇跡だ」と言うのです。田中という大物を逮捕して、世論を押さえ、しかも自民党が政権を追われる結果にもならなかったのが奇跡だというのです。
しかし、P3Cのような日米安保関係の核心に触れる部分は、証拠がなく、東京地検特捜部も捜査ができませんでした。ではなぜ田中氏は逮捕されたのか。本書に真相が書かれています。
1976年当時、日本では、日米が事件を隠して小物の政治家を逮捕して捜査を終えるのではないか、と危ぶむ世論もありました。田中のような元首相の大物が逮捕されなかった場合、米国の陰謀が疑われた可能性があります。事件捜査終了後、当時のホジソン駐日大使は「これは奇跡だ」と言うのです。田中という大物を逮捕して、世論を押さえ、しかも自民党が政権を追われる結果にもならなかったのが奇跡だというのです。
別の側面から見れば、田中逮捕は米国が得意とする「ガス抜き」でもありました。つまり日本国民の不満のガスを抜くことができたのです。沖縄返還も同じ側面があります。
ニクソン大統領は1969年に就任した翌日の「国家安全保障検討メモ」で沖縄返還を検討せよと書いています。国務省高官が来日し、沖縄を回って「大変なことになっている」と報告し、「返還しなければいけない」と訴えました。CIAもまた別の文書で「返還しなければ大変なことになる」としています。当時、日本の佐藤栄作首相は「沖縄が返還されなければ、戦後は終わらない」と政治生命をかけていました。キッシンジャー氏も「69年内に沖縄返還の方向性が示されないと、我々はすべての基地を失うかもしれない」と回想録に書き残しています。
日本の現政権もそうですが、自民党は国民をずいぶん甘く見ています。しかし、米国政府は日本の国民感情をストレートに見ようとします。だから沖縄返還を決めました。ただし、確実に「実」は取っていて米軍基地はそのまま存続、日本の金銭面での負担を増やし、普天間基地返還は困難な状態に置かれています。
1995年に小学5年生の女の子が性的暴行を受けて騒ぎになり反基地闘争が燃えさかりました。その結果、クリントン政権は「普天間返還しかない」と判断します。翌96年2月に日本の橋本龍太郎首相がクリントン大統領と会談。終了間際に大統領が「橋本さん、他に何か言いたいことがあるのではないですか」と持ちかけています。
米国は決して自分からオファーすることはしません。普天間返還も沖縄返還もそうです。沖縄返還は最初に佐藤首相が求めています。クリントン大統領に導かれるようにして、橋本首相は「普天間基地の返還を検討しないといけないですね」と言うと、大統領が「そうですね」と返したのです。その結果、普天間返還がいったん正式に決まり、これで米国側が狙った沖縄県民のガス抜きはできました。
しかし、普天間の移転先がなかなか決まらず、日米双方の協議は難航しました。その段階で、外務省は移転先を日本が決める、と請け負ったことが現在の困難な状況につながっています。防衛省が検討を重ねて出した移転先は辺野古でしたが、問題が多すぎるのです。
日本政府は普天間返還まで、米国側に実行させるべきでした。しかし、外務省は元々普天間返還に反対でした。その上、外務省には元々、移転先を決められる内政の行政能力などないのに、日本側で請け負ってしまったのです。現状ではもはや辺野古以外に決められる場所などなく、それで自民党政権は辺野古移転を強行するほかないということなのです。
本書から「日米同盟」の底流を読みとってほしい。そう思っています。
はるな・みきお
国際ジャーナリスト。1946年、京都市生まれ。大阪外国語大学(現・大阪大学)卒業。共同通信社入社。ニューヨーク特派員、ワシントン特派員、同支局長、特別編集委員などを歴任。在米報道12年。1994年度ボーン・上田記念国際記者賞、2004年度日本記者クラブ賞を受賞。『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル CIAの対日工作』上下(共同通信社)など著書多数。
担当編集者からのメッセージ
(株)K ADOKAWA ビジネスノンフィクション編集部
角川新書編集長 岸山征寛
ここ数年、田中角栄礼賛本が売れ、ある種のブームが起きていました。この背景には、「対米従属」という言葉が人口に膾炙(かいしゃ)するなか、「田中の自主外交路線を米国が許さなかった」という「陰謀論」の影響があるでしょう。また、長期にわたる経済の低迷から抜け出すために、田中のように決断力と行動力に富んだ政治家が欲しいという、当時を知る世代のノスタルジーもあるでしょう。むろん、そうした潮流に抵抗感を抱いていた人も多くいたと思います。当時の金権政治のひどさを知らない年代であっても、「田中の利権政治をそこまでもてはやすのはいかがなものか」と、疑問を覚える人も少なくなかったでしょう。この国で、連綿と利権政治は続いているからです。
今回の『ロッキード疑獄』は、上記のようにノスタルジックかつ一方的な田中礼賛に「もやもや」を抱いていた方々の気持ちをつかむことができたのではないか、と担当編集者として感じています。おかげさまで刊行後すぐに重版が決まり、現在まで版を重ねることができているからです。
ロッキード事件をテーマにした本は数多く出版されていますが、「決定版」といえる調査報道作品はなかったこと、また事件は角栄にとどまるものでないにもかかわらず、その全容を解明した作品がなかったこと。これらによる飢餓感が作品への評価につながっていると感じています。多くの方の期待に応えることができたとほっとしているところです。(談)
撮影/魚本勝之 取材構成/生活クラブ連合会 山田衛